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SS・featuring Sumika

'03年鑑純夏・聖誕祭SS「名前も楽譜もない、ありふれた母親の子守唄。」

柊町の住宅街の一角にある小さな公園。まだ日の高い時間。

胸に赤ん坊を抱き、傍らに二人の子供を連れた若い母親が公園の片隅にある真新しいベンチに腰掛けて赤ん坊に授乳していた。彼女の穏やかな、愛情溢れる笑みは見るものにもどこか安らぎを与えるように思える。
「……もう、翔(かける)ちゃんはほんとタケルちゃん似で甘えん坊さんだね」
優しい柔らかい声が乳飲み子にかけられる。母親の温かい抱擁と母乳がよほど嬉しいのか、赤ん坊の翔はにこにこしながら夢中で母親の右のおっぱいを吸っていた。横に連れ添っていた幼児二人は母親とベンチの回りをはしゃぎ回って追いかけっこしている。
「あー、もう、やめてよー、わたるちゃん」
「にはははは」
一番小さな息子をしっかりと、しかし優しく抱きながら、母親は一番大きい娘の薫と二番目の息子の航(わたる)の追いかけっこを見守る。過ごしやすい季節になり、太陽も柔らかく暖かい日差しを母子に注いでいる。母親は、昔の自分が思い描いていた以上の幸せを毎日こうして享受していた。


  *  *  *  *  *

彼女が夫となった男性と出会ったのはもう物心着く前から。言わば幼馴染み同士。

お互いの両親がお隣同士で家族ぐるみで仲が良かったため、自然と二人も一緒に育てられた。そうなると朝も、昼も、夜も二人は一緒の時間を過ごす。この公園だって、彼女が「彼」と小さい頃よく一緒に遊んだ公園だ。「彼」は、時には自分の好きなテレビ番組より自分との約束を優先してくれた。子供の頃、みんなが見てる番組を見ないというのは子供心に肩身が狭かった筈だ。それでも、「彼」は自分と一緒にいてくれた。
そんな些細なこと、「彼」との他愛無い子供の遊び。遊びの内容自体は残念ながらよく覚えてないが、 それでも「彼」と遊んだという事実は今でも胸の奥に大切にしまってある。

そうして小さな出来事がひとつ、ひとつ、積み重なって大切な思い出となり、その思い出の積み重なりが自然と「彼」への想いとなって少しづつ、しかし着実に彼女の中で育っていった。
「彼」の方はあの子がいい、この子がいいとあちこち目移りしてたこともあったが、彼女には「彼」 のことしか見えなかった。迷わず彼女はずっと「彼」のそばにいることを選んだ。


  *  *  *  *  *

いつまでも「彼」と一緒にいられる。それを疑わずにいた日常が突如変化したのは、白陵大付属柊学園での生活も卒業まであと数ヶ月に近づいた、ある秋の日のこと。

「彼女」が「彼」の家に押しかけてからの毎日は一言で言えば無茶苦茶だったけど、今思い返せば大事な大事な楽しい思い出。 「彼女」が用意するお弁当に負けないようにと、自身も毎日頑張ってお弁当を作った。
休み一日使ってクラスメイトとの料理対決なんてこともやった。その勝負に勝ったご褒美として「彼」とデートしたのが、今にして思えば初めてのデートらしいデートだったのかも知れない。
(あの時は確か、迷子の子供を見つけて、わたしがあやしたり宥めたりしてたんだよね…)
心の中で昔語りをする自分に、思わず笑みが漏れる。あの時、こんな幸せな毎日は予想できなかった。    
 
  我に返ると髪を束ねた黄色いリボンが後ろから引っ張られる感触があった。
「こーら、わたるちゃん、だめだよ! すみかちゃんのおリボンひっぱっちゃぁ…」
「あはははーっ」
まだ言葉のうまく喋れない航は、誰かさんに似て腕白だ。つい昔を思い出して笑みが零れてしまう。
「…おっとっと」
なんて昔の「彼」を思い出してるうちにも、次男の航は本当にリボンを解こうとしてる。片手でしっかり翔を抱きながら慌てて片手を後ろに回し、悪戯坊主の頭を撫でながら、
「駄目だよ航ちゃん。そんなことばっかりしてると、おっきくなってから、女の子に嫌われちゃうぞ?」
咎めるでもなく穏やかに声をかけた。すると航はリボンにかけた手を離して小走りに母親の前に回り、母親の長いスカートの裾に甘えて纏わりつく。さっきまで元気に駆け回っていたけど、やはりそこは幼い子供。母親が弟に取られたようで面白くなかったらしい。


  *  *  *  *  *

母親のスカートを弄って遊んでたかと思えば、小さい息子は上目遣いで母親を見ながら指を咥える。どうやら彼も弟同様、母親の柔らかい膨らみに存分に甘えたい模様。母親はそんな息子のおねだりの視線にゆっくりと頷き、優しい声を返す。
「うふふ…もう、しょうがないなぁ。航ちゃんも甘えん坊さんなんだね」
腕白だけど世話がかかる。本当にこの子は「彼」にそっくり。母親の力添えを受けてよちよちとベンチの上に上り、航は待ちきれないとばかりに空いた左のおっぱいに吸い付く。

一応食事の上では乳離れしているんだが、母親の胸の感触が安心するのか甘えたいのか、折を見てはこうしておっぱいをねだってくる。本当はこんなに甘やかしてはいけないのかも知れないけど、母親は息子可愛さについ乳房を差し出してしまう。
息子が甘えん坊なんだか、母親がつい「彼」との子供可愛さを甘やかしてしまうのか。
それにしても二人とも気持ち良さそうに、慣れた口運びでおっぱいを吸っている。
「ほーんとおとこのこって、いつまでたってもちちばなれしないわね」
母親の足許で娘がおしゃまな言葉を投げかける。娘のこんなところは誰に似たのだろう。そういえば 「彼」のお義母さんが、こんな感じの言葉遣いをしていたように思う。
内心娘の言葉に同意しながら、母親は自分がちゃんと子離れできるか少し心配でもあった。二人とも、こんなに可愛いから…


  *  *  *  *  *


二人の息子におっぱいを与えながら、母親はまた「彼女」のいた昔を思い返していた。
言うこと為すこと大袈裟というか大真面目というか、どこか常識はずれな娘だったがそれでも「彼女」 はどこか憎めないものがあった。ある日「彼」を起こしに部屋に入ったら突然仲良く添い寝してた、そんな彼女が「彼」との距離を次第に縮めていったのは正直面白くなかった。「彼」が身に覚えがない「彼女」とある日突然同じ屋根の下で住んでいたのだから、怒りたくもなる。
しかし「彼女」は決して不当に自分を貶めること無く、「彼女」と自分を対等の存在と見なしてくれた。
あのラクロスの練習や試合の時もそうだったが、何より強く印象に残っているのはあの冬休みを前にした温泉旅行のお風呂の中。
あの時「彼女」と二人で自分の想いを語り合い、二人共が昔から「彼」のことを想って向かい合ってた事実を再確認し、お互いのことをライバルと認め合った。
相手にとって不足なし。あとは「彼」がどちらかを選ぶだけ、そんな状況になっていったっけ…

 
いつしか二人の息子は母親のおっぱいで満腹のか、軽い寝息を立てて母親にもたれかかっていた。
息子達を起こさないようゆっくりとブラジャーの授乳ホックを交互に片手で戻し、ブラウスの授乳口をゆっくり戻した。その時ふと、母親は懐かしい名前を口にしていた。
「冥夜…」
久しく呼ぶことを忘れていた響き。懐かしい「彼女」の名前。でももう「彼女」と直接会うことはないだろう。お互いの人生は余りにもかけ離れすぎている。

母親は大好きな幼馴染み=「彼」と三人の子供、五人家族を毎日頑張って支える小さな社会の住人。
片や「彼女」は世界に名だたる一大企業グループの現当主。国内海外問わず飛び回る毎日。母親も何度となく 「彼女」のことをテレビや新聞で目にしたくらい大きな世界の住人。
(でも、できれば冥夜に会ってあの時のお礼ができたらいいんだけどなぁ…)
そう母親が思ってから数呼吸ほど間を置いたところで、
「私を呼んだか、純夏?」
母親は声の主を見上げた。その姿を認めた瞬間、母親は驚いて数瞬硬直してしまった。
そこに、母親の傍らに立っていたのは、外見こそ年齢相応の女性のものであったが声色も表情も昔と変わるところの無い「御剣冥夜」その人であったから。
「冥夜……って、え、うそっ!」


  *  *  *  *  *

二人が同じ人に想いを寄せる礎となったこの小さな公園で、図らずも白銀純夏と御剣冥夜はおよそ十年ぶりとなる再会を果たした。

再会の瞬間二人の間に交わされたのは無言ながらも穏やかな、互いの存在を許しあった笑み。心から再会を喜んでいる、そんな笑み。
「……久しいな、純夏。すっかり母親の顔になっていたので、暫し見違えたぞ」
「そうだね…わたしもこの歳で三人も子供ができるなんて思ってなかったよ。でもどうしてここに?」
「この近くに私が世話になってる絵本作家が住んでいて、娘のため書いて貰った絵本の礼にと、その者の住いに立ち寄ったところだ…それにしても純夏、そなたはとても満ち足りた顔をしている。それに…よい指輪をしている」
「あ、えっと、これは…結婚指輪じゃなくてね、学生の時に、タケルちゃんから貰ったんだよ。冥夜が、いなくなって…丁度、一年経った頃かな」
冥夜はただ微笑んで指輪を、指輪のことを穏やかに語る純夏の横顔を眺めていた。
二人がお互い本当の事を伝え合い別れたのは確か何年も、或は十数年も前のクリスマスイブだったか。
それから再会してみれば一人は世界的な名家の当主として世界中を駆け回り、一人は大切な夫と家族の ために日々自宅で奮闘していた。それでも二人にお互い時の懸隔も地位や身分の懸隔もない。二人が久 方ぶりに再会した相手に見たのは、今の生活に対する充実感。自分に合った幸せの色。


  *  *  *  *  *

「幸い今の私には、少し時間がある。隣に座ってよいか?」
「え、うん…」
純夏は二人の息子を抱っこしたままちょっと間を置いて答えた。
「ねえ、すみかママ。このおねえさん、だあれ?」
純夏の右手に立つ女性の事を、左手に立つ薫が尋ねる。純夏は間に立ってお互いを紹介しようとしたが、すぐに冥夜が腰を下ろし頭を薫の目線に合わせて、ちゃんと薫の目を見据えて自己紹介を始める。
「私は、そなたの母上の親友の御剣冥夜だ。以後、見知り置くがよい」
冥夜が今でも自分を「親友」と呼んでくれることに純夏は感謝し、内心涙していた。
「……なんか、へんなしゃべりかた」
慌てて娘に説明しようとしたが、冥夜はそれを素早く手で遮り目の前の娘に笑って答えた。
「ふふふ、そうだな…子供にはよく言われる。私の癖だ、許すがよい。して、そなたの名前は?」
「…あ、えっと、わたしは『しろがね かおる』だよ。よろしくね、えっと…」
「冥夜でよい。…親に似て利発な子だな、薫は。我が事のように嬉しく思うぞ」
言いながら冥夜は薫を抱き上げ、薫を抱いたまま純夏の左隣に腰掛ける。
冥夜の抱擁はまるで我が子を抱きしめるかのように手馴れており、母親のそれ同様優しく柔らかい。
薫はその居心地のよさのためかすっかり安心して自分の身を冥夜に委ねていた。彼女も嬉しそうに薫を抱いたまま純夏の方に向き直った。


  *  *  *  *  *

冥夜と純夏は二人とも子供を抱きながら青く晴れた空を見上げて言葉を交わした。
「…まさか今日ここで、このようにして純夏に会うとは思わなかった」
「そりゃここに連れてくるよ…わたしとタケルちゃんが小さい頃遊んでた、思い出の公園だもん」
そう語るのは健やかな子の成長を祈る母の顔、少女時代を懐かしむ女性の顔。何れにしても真っ直ぐな想いが純夏の言葉には篭っていた。それを受けてか薫が冥夜を見上げて、
「すみかママとたけるパパはがくせえのころからラブラブなんだよ。すみかママのほうからだきついてっておかえりのちゅー するし、なにかあったらすぐたけるちゃん、たけるちゃんってあまえるんだよねー」
「…って、薫ちゃん、それはママの大切なお友達に言うようなことじゃないよぉ…もう」
娘を叱ると言うよりは、惚気ぶりを暴露されて恥かしがってる少女の口調。まるで諌めていない。

確かに結婚しても子供が出来ても、お互いの呼び方は昔から全然変わってない。と言うより、他の呼び方を試してもお互いしっくり来ないので、結局最後には「純夏」「タケルちゃん」と呼び合う格好になる。
「すみかママ」「たけるパパ」とは辛うじて子供たちに躾たよそ行きの呼び方。 そんな母娘の様子を見守りながら冥夜は笑って、
「ふふふ…そなた達は本当に仲の良い家族なのだな」
二人のやり取りを楽しんでるような視線を二人に対して交互に向ける。純夏は苦笑混じりに答える。
「仲がいいって言うのかな、これ……」
「私には、そう見える。安心するがよい」


  *  *  *  *  *

ほんの短い間の気のおけない談笑も、公園の出口から聞こえたクラクションに遮られる。

冥夜は腕時計を一瞥して薫を抱いたまま立ち上がった。
「すまない、もう時間だ…純夏、薫、今日は楽しかった」
手短に言葉を交わし、薫を自分が座っていたベンチの位置に下ろす。それから純夏が抱いた、眠ったままの男児二人の頭をそれぞれ軽く撫でながら名前を呼び、
「そなたの夢が明るく健やかであるように」とそっと囁いた。
純夏と子供達への挨拶が終わってから公園の出口に向き直り、優雅に歩み去ろうとする冥夜。薫はその背中に対してめいっぱい手を振り見送る。
「めいやちゃん、ばいばい!」
そう言って手を振った娘の言葉を、横から純夏は優しく訂正した。
「…違うよ、薫ちゃん。また会いたい人にはね、『またね』って言ってお別れしなきゃ駄目なんだよ」
「えー、そうなの!? えっと、じゃあ……めいやちゃん、またね! またあそんでね!」
薫の訂正の言葉とお別れのジェスチャーが通じたのか、背中を向けていた冥夜は振り返って応じる。
目を細め、口元を綻ばせた表情は彼女が今日浮かべた表情の中で一番輝かしいものだったろう。

「うむ……『またね』、薫…それから、純夏」


#Fin. (何だか意味不明なものになってしまったなぁ…まあ、いいや)
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