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SS・featuring Sumika

'03年鑑純夏・聖誕祭SS「白い聖夜の空の下に響く、穏やかな二重唱。」Page.4

12月24日 夜 白陵柊

「…はぁ、はぁ……やっぱり、ここか」
すっかり暗くなって冷え込み始めた空の下。白陵大付属柊学園の一角にある、小高い丘の木の下。曇ってるせいか星もあまりよく見えない。
息を切らして駆けつけた俺は、そこで拗ねて立ってる純夏を見つけた。
流石に走り続けて息が切れた。俺は両手を膝に置き荒い呼吸を整え始めた。乱暴に吐かれた呼気が夜空の下で白く煙る。息を整える暇も作らず、俺は純夏に話しかけた。

「去年もさ、俺たち、こんなこと…して、なかったか?」
俯き加減でこちらを見やる純夏に応じる様子はない。相槌がないのも、息が切れて肺が悲鳴を上げそうなのも構わず俺は言葉を続けた。
「……お前に、渡したいものがある。ここまで、来たら…隠すこと、ないしな」
「…いいよ、もう。だって……」
蚊の鳴くような声がした。けど、その言葉を遮って俺は続けた。漸く呼吸が纏まり始めて言葉も途切れなくなった。
「よくない。俺は今日、お前にそれを渡すために今月色々準備してたんだからな。渡しもせずに断られたら、今月のバイト代が無駄になるだろ」
「そんなの、知らないよ…わたし、そんなお金のかかるプレゼントなんかより、今日 ずっとタケルちゃんと一緒の方がよかったよ……ほんとは昨日、今日の分のお料理も用意してたんだよ?…ケーキだって、頑張って焼いたし……」
さっきの電話口のような激しい叱責の口調はなかった。どちらかと言うと拗ねて泣きそうになった感じ。純夏はまだ俺と正面で向き合おうとせず、木に寄り添ったまま俯き加減で俺の方を盗み見るように窺っていた。

俺はそんな純夏を正面に見据えて、まだ息が収まってない上体を起こした。
「…そっか。悪かった、やっぱ、お前に隠れてプレゼント用意するなんて、俺には似合わねぇよな……今日、この時間までお前に嘘ついて期待に添えなかったのは、謝る」
「プレゼント……わたしに?」
「え、ああ…」
白い息を吐きながら上着のポケットに手を入れる。そこから取り出されたのは、今日夕方に選んで買った指輪のケース。そのケースを右手の上に乗せて、俺は木の下で佇む純夏の許へ歩み寄っていく。
「ほら…お前、前に欲しがってただろ?それで、まあ、ここんとこバイトばっかして、肝心の今日までお前のことお留守にしちまったけど、今日やっとその成果が出たって訳だ…受け取ってくれるか?」

 
 
 
漸く純夏の体が俺と正面に向き合った。でも、すぐに指輪を手に取らなかった。彼女の不安が堰を切ったその発端、誤解の引き金のことがまだ彼女の心の中では解決していなかった。本当に自分がそれを受け取っていいのか、まだ不安だったから。
「でも…でも、さっき一緒に歩いてた女の人、いいの?」
俯いてた顔を上げて純夏は武の目を見た。武の目に映る自分の顔が見えた。泣いてむくれた自分の鏡像。
そんな自分を今、目の前の「タケルちゃん」は真っ直ぐ見据えてる。自分だけを見てる。

「あの人とは、マジで何でもない…」
その先を言おうとして、俺はほんの一息の間を置いて言葉を選び直す。
「あの人は、俺の知り合いのお姉さんだ。別に、お前が思ってるような関係じゃない。つーか、ちゃんとあの人には恋人がいる。お前が見たっていうあの時は、あの人が彼氏との待ち合わせまで時間潰すっていうから、付き添ってたんだよ。そんで、そのついでに、指輪選ぶの手伝って貰った。…正直、俺じゃあ女の子の好み、全然分かんねぇし」
懸命に言葉を返してから俺が目の前に意識を戻すと、純夏はまた俯いていた。俯いて小声で「……んね」と呟いた。
「え、ど、どうしたんだよ……俺、何かマズいこと、言ったか?」

純夏は黙って首を横に振る。続けて両手で顔を覆う。覆ったそばから嗚咽が漏れる。 そしてもう一度、
「……ごめんね、わたし、タケルちゃんのこと全然聞かなくて、疑ってばっかりで。 でもね、あの時、タケルちゃんがあの女の人と一緒に歩いてたのを見たとき、わた しすっごく怖かったから…でも、駄目だよね、あんなの。タケルちゃんのこと、信じなきゃ駄目だよね…去年だって、タケルちゃんは冥夜じゃなくて…」
「もういいって」
「あ……」
半ば必死になって言葉を紡ごうとする純夏の肩に、俺は右手をそっと置いてやる。
それから背中に回りこみ、右手を回してそっと体を抱いてやる。

上着を通してもお互いの温もりと鼓動が背中越しに伝わってくる、そんな感覚。俺の鼓動が自分の耳から、胸から、純夏から聞こえてくる。安堵の色が窺える白い息。
「…最初からお前と一緒に店に行って、選んでもらえば最初からこんなことにはならなかったよな…折角付き合い始めて一周年ってことで、お前に指輪を買って驚かせてやろうと思ったのに…慣れないことして失敗したな」
「……そんなこと、ないよ。プレゼントの予約、ちゃんと覚えててくれたんだもん、嬉しいよ…なのに、ごめんね」
「じゃあさ、これ…クリスマスのプレゼント。それから、一日遅れになったけど、 俺たち、付き合い始めてから……一周年の、記念のプレゼントだ。一年目だから、 出血大サービスだ。来年は期待すんなよ…」
俺は半ば押し付けるようにして純夏の顔の前にプレゼントの乗った掌を差し出す。

 
 
 
促されてプレゼントに手を伸ばした純夏だが、不意に 「…あ」 と声を漏らして途中で手を止める。
それから溜息をつき項垂れて手を下ろし、ゆるゆると首を何度も横に振る。俺は前を覗き込むようにしながら、極力柔らかく聞こえるよう声をかけてやった。
「…どうした?さっきも言ったけど、これは『お前に』買ったんだから、遠慮すんな」
「…違うんだよ…タケルちゃんにプレゼント買ったのに、あの電話の後、わたし、何がなんだか分からなくなって走り出して、その時にプレゼント、どっかに落と しちゃったよ……ごめんね、お返しできないよ…」
何だ、そんなことかよ。俺はてっきり「やっぱりいらない」って言われたらどうしようかと思ってたんだぞ。
ったく、お前もお前で、慣れないことしてたんだな…そう思うと、自然と俺の手は純夏の頭を撫でていた。
「…あ…」
「お前が謝らなくていいって…ほら、受け取れ。今日受け取らなかったら、もう渡してやらないからな…俺だって恥ずかしいんだぞ、指輪渡すのなんて…ったく」
「……ん。ありがと」
応えて純夏は胸元に見えた指輪のケースを受け取る。早速開いて中を確かめる。
「……あ」
中には想像した以上のものが入っていた。飾り気のない白金の指輪。品のある柔らかい曲線は夜空の下でも十分な輝きを持って見えた。素人目に見てもこれは…

 
 
 
「これ…プラチナ、だよね?」
普段から貴金属に馴染みのない純夏にも、流石にこの指輪のことは分かった。それにしても、最初に受け取る指輪がまさか本物のプラチナの指輪だなんて…
恐る恐る手に取り、そっと右手の薬指に填めてみる。優しい感触の重い指輪は指 に綺麗に収まった。まるでサイズを合わせて選んだような…
「すごい、ぴったり……どうして指のサイズ分かったの?その、知り合いのお姉さんが選んでくれたの?」
「それもあるけど、俺は俺で情報収集したつもりだ」
「そっか…タケルちゃんは、わたしの『薬指の』サイズを知ってたんだね…」
俺は今の声色に、単なる歓喜以上の深い気持ちが篭っているのを感じた。純夏が浮かべる含み笑いもこうして眺めると可愛いものだ。たった一年前まではどこにでもいるような、子供の頃からの幼馴染み同士だったなんて思えない位。

「薬指の指輪」が持つ意味はそういう方面に疎い俺でも知っている。けど、今背中から抱いてる「彼女」がこの指輪に対してどこまで思いを馳せているのか、今の俺には正確に想像し切れなかった。
「………」
さっきから純夏は何も言わずに右手の指輪を空に透かして見上げていた。白金の確かな輝きが純夏の指で存在感を見せる。そうして暫くの間二人で寄り添い飽きもせずに指輪を眺めていると、空に白いものが混じり始めた。
ゆっくりと舞い降りる白い雪。星の見えない空を彩る雪。その光景と掲げた指輪を二人見つめながら、どちらからともなく歌声を奏で始めた。

♪清し この夜 星は 光り 救いの御子は 御母の胸に 眠りたもう 夢安く…♪

二人だけの賛美歌を歌い終えると、どちらからともなく抱き合ったまま向き直り、
「ん……」
啄むように囁くように、そっと唇同士で温もりを交わす。俺は更にその温もりを求 めて離さない。寒空の下二人して立ち尽くし、求めて、触れて、絡めて、抱いて。
甘ったるい、言葉のいらない触れ合いをお互い頭が痺れそうな程に交わした。それでも二人は満ち足りることを知らず、互いの吐息を、唾液を、温もりを、唇の感触 を、優しく甘く寄り添い抱き合いながら交わし続けた。

深々と降り始めた白い雪と曇ってぼやけた月、そして丘の上に生え伸びた一本の木。それらだけが二人を静かに見守っていた。

今日は聖夜。静かに雪降る美しい夜。



 
 
 
12月25日 朝 俺の部屋

朝。突如フライパンを軽快に叩く音が部屋中に響き渡る。
「ほら、タケルちゃん、朝だよ、起きて起きて!」
布団の隙間から外をのぞき見ると、エプロン姿の純夏がフライパンを叩いて俺を起こそうとがなりたてる。
古き良きアメリカのホームドラマでなきゃ見られないような光景を、わざわざここで再現してどうする…昨日お互いに似合わないことはやめようって、二人して話し合ったんじゃなかったっけか、純夏さんよ?

「ん……んだよ、今何時……?」
布団を被ったまま枕元の(おそらく目覚ましとして使ったことが無い)目覚まし時計を手に取り、自分が包まってる布団の中に潜り込ませる。蛍光の文字盤を注視する、と…
「何だよ、まだ7時じゃないかよ…昨日遅かったんだからもう少し寝かせろよ…」
「駄目だよタケルちゃん、昨日わたしと約束したじゃない、今日は昨日の埋め合わせするから、一日中一緒にいてくれるって!だから、朝は一緒に朝ご飯だよ!」

この冷え冷えとした朝っぱらから布団を引っ剥がそうとする純夏は、随分と元気なものだ。
そこで俺は決心した。意地でも布団から出ようとしない。今決めた。例え純夏に薄情だと言われようが、この気だるさを取り除くには二度寝しかない。そう、この俺自身がそう感じてるんだ、間違ってるはずがない。
大体あんなに動き回った昨日の今日で、こんなに元気な純夏の方がおかしい。よし、二度寝決定。

「なぁ〜に、勝手にひとりで二度寝決め込んじゃってるのさ!…駄目だよ、タケルちゃんは今日一日、ずっとわたしの貸し切りって昨日二人で決めたんだからね!」
純夏の馬鹿力で布団が引き剥がされていく。まあ、俺は寝っ転がった状態だから立って踏ん張ってる純夏と綱引きして勝てる訳がない。面白いから遊んでやってるだけだ。
「ほぉらっ、起きてよ、タケル、ちゃんっ!」
「そう、簡単に、起きて、たまる、か、よっ!」

言いつつ俺は自分から布団を引っ剥がし、純夏の手を引いて体ごと引き寄せる。
「え、え、わっ!…」
あっさりと俺に捕まって嬉しそうに笑う純夏。こいつ、わざとだな、ったく…

それから俺たちは顔を近づけ、お互いの唇をそっと啄み合い朝の挨拶を交わした。


#Fin.
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