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「俺が望むマブラヴ」〜私が渇望し、希求したマブラヴのかたち〜

第十三章・前半

「世界にただひとつ、この邪な心を持つ人間に対抗できるものがいる。それは、別のいまひとりの人間だ。 恥を知る者にこそ、栄光はある。悪を為しうるわしらだけが、また、それに打ち勝つこともできるのだよ」

アーシュラ・K・ル=グィン『ゲド戦記・さいはての島へ』

   *   *   *   *   *


「水月!」
「うん……遙、いくよ。月詠さん、フォローお願いします!」
「畏まりました」
<武御雷>は両手の指の先端を頭頂の勇ましい角に合わせ、ティアマットを正面に捉え直した。
水月は巨剣を水平に構え、甲殻を持つ巨大な鬼、ティアマットに向かって跳躍する。流石にティアマットも大人し く彼女を近づけるつもりはないらしく、両手で<御門武>の胸襟をこじ開ける傍らで両肩の装甲板を上方にスライ ドさせ、猛烈な勢いで小型のミサイルを発射して水月を迎撃に掛かる。数十発、或は数百発は向かってきてるだろうか。
初弾の数十発は水月自身の軽やかなフットワークで回避され、続く数十発は水月がミサイルとミサイルの間を跳躍し、回避し、跳び移り、時には自ら切り払う。全く水月自身に被弾することなく、更にはミサイルとしての体を保つことなく悉くが水月が距離を詰めるための踏み台にされ、切り刻まれ、切り刻まれることを免れたミサイルでさえ同士討ちするよう水月に蹴り飛ばされて、遊ばれていた。

「随分あたしを安く見積もってくれたわよね、神無木頼子さん? ……あたしをあんな単純な手で騙したアゲくあたしを体よく操ってくれて、おまけに遙を始末するよう向けさせてくれちゃって…ここまでコケにされた、借りは返させて貰うわよ。きっちりと利子をつけてねっ!」
数多のミサイルを粉砕しながら跳躍を重ね、水月と巨剣の姿は天を衝くかと思われる程に高く舞い上がっていた。さながら巨剣を相方にしてゆったりと空に舞い踊る水の妖精。空中で華麗な宙返りを見せて体制を立て直すと視界の正面に<殲術鬼>を見据え、自由落下に従って急速接近。
落下を始めた水月に対して更なるミサイルの束が襲い掛かろうとするが、それら数十発は待ち構えた<武御雷>の頭頂から放たれたビーム光線で全てが薙ぎ払われ、水月自身が手を下すまでもなかった。ビーム攻撃は更に威力余ってティ アマット本体・左肩口の装甲板を吹き飛ばすほどの戦果を発揮した。それでも怯むことなく<御門武>のコクピットを力任せにこじ開けて、コクピット内部の武と霞を曝け出してしまうティアマット。凶暴な牙をむく鬼。月詠の顔が険しくなる。
一方では巨剣から滴る水滴に体を濡らした瑞々しい肢体の水月が、空中から勢いをつけたまま落下を続けキャノ ピー目掛けて巨剣を突き出し、落下の勢いを殺すことなく特攻してゆく。束ねられた水月の長髪が美しく靡き空中に踊り、あと数瞬で剣が直撃…

「はぁぁぁぁっ!!」
水の巨剣の先端がキャノピーを捕らえる。流石にティアマットも危機を感じたのか<御門武>から手を離し、禍禍 しい両手で水月を捕獲しようと掌握をかけ始める。凶悪な掌が迫る。
「ぐっ、あと、あと少し……っ!」
ルビーを思わせる紅い巨大なキャノピーに微かに皹が入る。それを見て取って、水月は巨剣の向きを大きく変えて体を捻り一回転、剣の腹で叩きつけるようにして一撃。その衝撃によってキャノピーが破砕し、純夏の肉体が空気中に露見する。と同時にティアマットの左手が水月を捕らえ握り締めていく。
「は、遙っ! 今っ!」
「うん……」

遙の翼が大きく広がる。神々しい燐光と柔らかな純白の羽が彼女の周囲を満たし、瞬間張り詰めた高音のような響きが空間を圧倒した。腰元に下ろした両の手の先に小さな光の粒が宿り始める。純白の衣装と純白の翼が相まって彼女の姿が天使、或は女神の降臨を重ねてしまう。
胸を張り凛とした声で遙が詠唱を始める。それらは客観的に計ればほんのコンマ数秒にも満たない動作にも関わらず、見る側には数秒、或は数十秒を感じさせる荘厳さを持つものだった。

「夜空に星が瞬くように、
  溶けたこころは離れない…
    例えこの手が離れても、
      ふたりがそれを、忘れぬ限り……

        天の極を右手に、地の極を左手に… 『abyssus et axis』」

遙が光り輝く掌を互いに胸の前で重ね合わせると、彼女の胸の前に小さな砂時計の幻像が現れて忙しく回り踊る。
『gem guil gan gho gfho…nnっ!』
砂時計の幻像から微かな細い光の筋が迸り、その一端が純夏の胸の中央で止まる。
次の瞬間、遙の姿が突如転移し純夏の直前に現れる。
《な、何が起こってるの…? どうして、この私が動く前に涼宮が、動けるのですか…?》
一枚の金色の羽根が純夏の胸の上に音も無く舞い降り、そっと触れる。緩やかな時の流れ。静かな響き。そして一滴の水の音…その場にいた全員に水音が聞こえた瞬間、この広々とした海の空間は「涼宮遙」という法に従う世界を現出した。
平たく言えば、時が止まった。涼宮遙の許した者を除いて。

   *   *   *   *   *

霞が、俺の背中をつつく。
乱暴にこじ開けられた<御門武>のコクピットから見える光景が全くさっきとは変わっていた。
見事なまでに破砕されたキャノピー、しかしその中から傷一つ無く綺麗な裸体を晒す純夏。
更には禍禍しい甲殻の左手 によって握り締められ水の巨剣を振り上げたままの水月さん。そして、神々しい燐光を纏った純白の女神、いや、こ れは遙さん!?
一体今、何が起こってるんだ…
「これは…?」
(武くん、今私が<祝福>でこの状態を維持させてるの……急いで、霞ちゃんの先導で純夏ちゃんのところに行ってあげて)
「って、え、おい、霞!」
遙さんの声(と言うよりは念話のような言葉)を聞き取ったかと思えば、霞がすぐさま操縦席から立ち上がり俺の手を引いて<御門武>のコクピットから飛び出していく。俺は霞に導かれるがままにコクピットから立ち出て、そのまま霞と一緒に目を開けない純夏に向かって跳び込んでいった。
跳躍してる瞬間、視界の隅で遙さんの微笑が見えた。温かい時の女神の微笑。

遙さん。貴女の微笑に返す笑顔は今の俺には無いけど、純夏を連れ戻せる自信も正直言って無いんだけど、でもやれるだけの事はやってみます。
俺は、俺でしかないんだから。俺の言葉でしか、純夏に伝えられることはないんだから。
格好悪くても、情けなくても、自信が無くても、全部ぶつけて伝えるしか、ないんですよね……?


霞と俺が跳び込んだ場所は、純夏の胸の中でも<殲術鬼>ティアマットのコクピットでもなかった。
闇。ただ、全裸の俺と霞だけが視界の中に存在する闇の世界。普段顔以外の肌を滅多なことで露出しない霞の裸体が眼前に見えたせいで奇妙な昂奮を覚えていた。
しかし霞はそんな俺の心境や変化など意にも介さず、いつものように平然と俺の手を取り歩き始める。
「な、なぁ…霞? 俺たち、今、どこにいるんだ?」
素朴な疑問を投げた。いつもの霞の調子を考えると答えなど返ってこないだろうが、黙ってこんな暗闇にいて歩き回るよりは、独り言に似た質問でも投げた方がましに思えた。純夏の姿も見えないし。
折角決心しても、肝心のあいつが目の前にいないんじゃあ、不安にもなる…
「純夏の、心の中。『調律』世界」
霞の声が答えを返す。向き直った霞の真っ直ぐな視線が恥かしくて、思わず股間を隠す。
「…何も隠しては駄目です。有るがままに。何かを隠すことは、純夏への隠し事になります」
「……って言われてもさ、女の子に見られるのはやっぱ、恥かしいだろ?」
霞の端正な顔と滑らかな肌、それと澱みの無い真っ直ぐな視線が却って俺のナニを刺激した。こんな非常時に何考えてんだ、俺の体は…言いながらも膨らみかけの胸から目が離せない。
「純夏は、あなたに胸のうちを告白しました。恥かしいことも、ぜんぶ」
「!」
別段霞の口調や仕草は、俺を咎めてはいない。ただ事実を述べただけ。しかし、霞の言葉は俺の胸に真実という名の楔を打ち込んだ。今の俺にとって本当に大切なことを再認識させるのに十分な一言だった。そう、純夏は全部曝け出 した。自分の見られたくない筈の気持ちを。

<気持ちを押し殺して、泣いて、いけないこと思って、一人で抱え込んで、一人で疼いて、一人で慰めて、そんな自分が嫌になって、また傷ついて…>

そこまで自分をぶつけてきたあいつに、隠し事をする俺が会ったところで説得など出来るか?
いや、あいつの気持ちを動かすことなんてできないだろう。多分、あいつのことだから、耳を傾けるどころかまともに顔も観てくれないだろう。
俺も全部、晒さなきゃいけない。恥かしいこと、辛いこと、格好悪いこと、全部。
そう思えば、自然とナニを手で覆うのを辞めた。あるがままに屹立してる俺。
霞はそんな俺を正視しながら表情を全く変えることなく頷き、再び俺の手を引いて前へ進み出す。

やがて完全な暗闇から、次第に色々な光景が 浮かんでは消えていった。
ガキの頃の、俺と純夏の思い出。物心つく前からの、二人の思い出。
本当にくだらない出来事から、誕生日のお祝い、庭のビニールのプールで一緒に遊んだこととか、公園で一緒に遊んだこととか。やっぱりガキの頃だから、遊んだことの方が記憶に残ってるのかな。
「あっ……」
俺は気になった一幕を空中に見出して、思わず手を伸ばそうとした。
それは俺に面と向かって泣きじゃくってる冬服の純夏。何かプレゼントをねだってるように見える。
ああ、これは確か、いつかのクリスマスにサンタさん(=両親)からプレゼントが貰えないって、わあわあ泣いてた純夏だっけか。
何故か俺には、「その光景」を手にしたくなった。今すぐ俺からプレゼントを渡してやりたい気持ちになった。泣いてる純夏を見ていたくなかった。
しかし、すぐに霞の強い否定の声が俺の動作を制止した。
「駄目です……思い出に手を伸ばしたら、武さんは過去に囚われて、現在の純夏に会えなくなる」
言ってることはよく分からないが、過去の思い出には目もくれるな、ということか。
俺は霞の言葉に従い、黙って歩みを再開した。

ただ、今のこの光景は正直目に毒だ。誓って言うが俺は少女趣味じゃない。
しかし、全裸の少女が程よく肉のついた臀部を揺らして歩いてる光景には、どうしても「感じるもの」が芽生えてしまう。
いや、その、霞のそこをじろじろと凝視してるわけじゃないんだが、歩きながら時折ちらっ、ちらっと視界に入ってくると、どうしても意識してしまう。どうせ俺はまだ未経験ですよ…
誰に言うでもなく、俺は軽く心の中で毒づいて霞の方から目を逸らした。

暫くそうして歩いているうち、不意に霞が歩みを止めた。
気が付くと、今まで歩いてきた中でここだけが思いでも彩りも無い、しかしスタート地点のような暗闇でさえもない場所だった。辺りを見回す。不意にすすり泣く声が聞こえてくる。この声は、純夏か?
「霞…純夏か? あいつのこと、呼んでいいのか?」
こくり。霞は黙って頷く。俺は久しく使ってなかった喉から声を張り上げた。
「純夏! …純夏! いるんだろ、出て来いよ。話がしたいんだ。なぁ、出てきてくれ!」

   *   *   *   *   *

「…っく……っ、た、タケルちゃん?」
突然、目の前の闇の中から純夏の姿が現れた。何も身に纏わない、生まれたままの姿。俺の見たことのない(さっきのキャノピーに閉じ込められたのはなしにして、だ)純夏の姿が目の前にあった。
「…なぁ、俺、お前に言いたいことがあるんだ、今、いいよな?」
俺は勤めて優しく言葉をかけたつもりだった。いいも悪いもなく告白するつもりだった。だが。
「…嫌。聞きたくない。言わないで、タケルちゃん、黙っててよ…」
言いながら純夏は胸を手で、恥部を脚で隠して俺たちに背を向ける。
「って、何だよそれ……その言い草はないだろ? 俺たち、洒落でも冗談でもなく死ぬ思いして、ここまでお前を迎えに来たんだぜ?」
「知らないよ、わたしには、関係ないもん」
「関係ないって何だよ。彩峰も、たまも、委員長も、俺とお前を引き合わせるために身を呈して庇ってくれたんだぜ? 俺たちだけの為に、犠牲になってる人も世界中に沢山いる」
「……それが何? だったら、彩峰さんでも、壬姫ちゃんでも、榊さんでも、好きになってどっか行けばいいじゃない」
「何を言ってんだよ、お前人の話聞く気あんのかよ? 俺が言いたいのは……」
「いやっ!! 言わないでよっ!」
純夏は大声で叫んで、俺の言葉を遮る。何が何でも俺に告白の類をさせないつもりらしい。どうなってるんだよ、一体? こいつの中で何がどうなってるんだよ。俺には分からない。

でも、ここで俺が諦めたら、多分こいつは一生俺の気持ちを聞いてくれない気がした。分からないけど、とにかくしつこく食い下がる。
「なあ純夏、頼むから、俺の話を聞いてくれよ」
「嫌」
「なんで?」
「……聞きたくないから」
「なんで、俺の話が聞きたくないんだよ?」
「………………から」
純夏は俺に聞こえないように、ぼそぼそと呟いた。俺に言えないように、わざと聞こえないように喋る純夏なんて、俺は初めて見た。
そうか、今までもこうして心の中でこいつは、俺に言えないことを溜め込んできたのか。そんなこいつの気持ちに俺は全然気付いてやれなかったんだな。本当、バカだよな…俺って。
「何だって? 頼む、俺の言う事聞きたくないんだったら、せめて純夏の気持ちを俺に教えてくれよ…俺、お前のことが分からないまま俺の言いたいことが言えないなんて、納得できないんだよ」
漸く純夏は俺の方に顔だけを向けてくれた。目が潤んで真っ赤になってるのは、最初からだったのだろうか。
「…タケルちゃん、わたしのこと、幼馴染みだって、言うから」
「そりゃ、俺とお前は小さい頃からの…」
「違うよ、そうじゃなくて……わたしのこと、それだけでしか見てくれないってこと」
「それは違うって、俺はお前…」
「違うよ!! 冥夜のことだよ!!」
何とか気持ちを伝えようとすると、純夏は大声で俺の言葉を遮る。こいつ、自分の中で勝手に答えを出して、決め付けちまって、「自分の決め付けた答え」を俺の口から聞きたくないから必死になってるのか? 何だよそれ、待ってくれよ…
「冥夜のこと、どう思ってるの? タケルちゃん、小さい頃に約束したんでしょ? 冥夜のこと、好きだったんでしょ? それで冥夜、自分のこと投げ捨ててでもタケルちゃん守ったでしょ! …そんな冥夜とわたしなんて、比べ物になる訳ないじゃない? 冥夜はわたしのこと、ライバルだって思ってくれてるかも知れないけど、わたしが冥夜に勝てるわけないよ。わたし、だって、今までずっとダメだったんだもん。それなのに今更……」
ぼろぼろ涙を流しながら、ひとりで必死に喋ってる純夏がいとおしくもあり、腹立たしくもあった。けど、一番腹が立ったのは、そんな気持ちをうすうす感づいていながら何も出来ずに居心地のいい場所でずっと甘えてた、俺自身だ。

俺は俺に対して、腹立ちのあまり言葉を漏らしてた…らしい。
「今更じゃねーよ」
泣きながら独白してた純夏が俺のほうを見上げて一瞬ぽかんとした。
「えっ?」
「え、あ……今、俺、声に出してたか?」
純夏は泣き笑いしながら俺に答えた。もう顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってる。…でも、そんなこいつが可愛いと今思った。俺のために必死に叫んで、泣いて、それでこんなにみっともなくて可愛い顔するんだ、純夏って。今まで気付かなかった自分が馬鹿らしく思えた。
俺は少し嬉しくなって純夏の隣に腰掛けた。暗闇の床に座ると、少し冷たい感じがした。
「うん…タケルちゃん、いっつも思ってること口にする癖があるから」
「好きだ」
もういい、順序とか理屈とか状況とか、そんなこと考えて告白するなんて俺にはできねえ!だったら思ったことそのまま言った方が手っ取り早いじゃねーかよ。何で今まで気付かなかったんだ?
ってか、俺も恋愛に関してはまるでガキだから、無意識のうちに格好つけて言葉を選んで伝えようとしてたんだろうな。もう知るかよ、俺はバカで不器用でヘタレだ、こんだけ目の前で告白しなきゃならん相手を泣かせて、今更体裁もへったくれもあるかよ!
「……冥夜のことでしょ、それだったら…」
何故か、体裁を気にしなくなったら気持ちも言葉も軽くなった。こんな簡単なことだったんだな。俺が目の前の幼馴染みに対して言ってやらなきゃいけなかったことってのは。本当、バカだよな。
「バカ、お前の事だ」
「嘘だよ、だってタケルちゃん……」
「だから、俺はお前が好きなんだって! 分かってくれよ、それだけを言いにわざわざここまで来たんだよ」
俺は純夏の顔を覗き込んで諭すように声を張り上げる。でも純夏は穏やかに首を振り、俺から目を逸らした。さっき微かに俺に向けていた筈の熱っぽい視線を、自分からわざと逸らしたようだ。
「ううん、でも……やっぱり、タケルちゃんが何て言ってくれても、わたしじゃ駄目だよ……あの時、冥夜に 酷いことをした。もしかしたら、あのまま殺しちゃってた。わたし、ケダモノだよ……もう、今までの鑑純夏 に戻れないよ!」
純夏は体を崩し見えない床に倒れ込んで嗚咽を漏らし始めた。

>>つづく
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