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「俺が望むマブラヴ」〜私が渇望し、希求したマブラヴのかたち〜

十二章 (Another03:榊千鶴 vs 氷上有紗)

「てな訳だ、委員長、あとは任せた」

千鶴は、<御門武>と<武御雷>の姿が逆の通路の薄闇の中に消えていくのを見送りながら、通信を切り一人呟く。本来作戦行動中に通信を切るのは自殺行為だが、これから彼女が取る行動こそまさに自殺行為なのだ、通信 があったところで誰に助けを呼べるというのだ。
「全く…格好つけてないで、最初からそうしてれば良かったのよ、貴方は…」
自嘲気味にひとりごちてから、モニタに映る荒れ狂う八つ首の龍をやぶ睨みする。決して一定の場所に止まることを知らぬ八つ首。首の一つ一つが凶暴で、飢えており、そして生暖かい息を吐いて標的を求めていた。千鶴はそのうちの一つの口の中に、見覚えのある姿を認めた。
「……! どうして、あの人がそこに…」
その口の中では彼女の母親が十字架に貼り付けとなり、見せしめにされていた。
『簡単なことです、彼女が<EDEN>のプロレタリアートだから…具体的なことはあなたが一番ご存知ではありませんか、榊…千鶴、さん?』
「どうして!? 通信は切ってあるのに…」
薄布を身に纏い、幾重にも己の手足に艶消し革の枷を嵌めた黒髪の美女・氷上有紗の姿がコンソール上に大写しで表示される。落ち着いた顔立ちと日本人離れした美貌がどこか人形のような冷たい印象を与える。
『そもそも貴方達の通信の基礎になっているのはかつてのシオン…今<オシリス>と呼ばれる存在を礎としたプロトコルです。<オシリス>を私たちが掌握した今、それを私たちが利用しても不自然ではないでしょう?』
「…そうね。だけど、私が貴方を倒さなければならないことに、変わりはないわ」


心持ち険しい顔つきで操縦桿を構え右手を前方正面に向かって突き出す<素戔鳴>。操縦桿の下にあるボタンの一つを押し、強い掛け声で、
「ロケットパンチッ!」
右手半分がロケット噴射によって敵正面に飛来し突き進む。足許に生えているスティックを別途右手で操縦し、リモート操作でパンチの方向制御を行う。如何に自分にとって忌み嫌う存在であっても、人質という形で敵に何かを持たれるのはあまり気分のいいものではない。取り返さないと…そう、取り返さないと。
あの人の恥は、自分自身の恥でもある。あの人が敵の手の者で、更には人質に利用されてしまうなどという屈辱は、衛士として味わってはならない。…あと少し、あの人を口に含んだ頭まで…しかし。
『あら…そんなにお母様がお大事なら、どうして貴方は義務居行くが終わっても、まだなおお母様を働かせつづけたのかしら?』
他の頭のうちの1つが、ロケットパンチを咥え込んで動きを制する。
「……っ、そんなこと、私の個人的な問題よ」
【八岐大蛇】が口に銜えたロケット噴射の手を壁に向かって勢いよく吐き出し、叩き潰す。小さな爆発 が起こるものの【八岐大蛇】や<素戔鳴>には影響ない距離での出来事。

千鶴は歯噛みしながらも操作パネルのボタンを押し背中に収納していた円筒形のアタッチメントを右手の先に装着。この円筒は燃料の背嚢などではなく、右腕に装着するアタッチメント・最終兵器であった。
現在のステータスは計器によると「沈黙状態」。即時発射は流石に難しいようだ。


『そう…自分で働こうとは思わなかったのかしら? 母親の事を罵っておきながら、自分は家計を母親 に依拠している…子供じみた矛盾ではありませんか?』
「何のことかしら?」
『組織のプロレタリアートに関する情報なんて、集めるのは簡単ですわ…貴方の親を親と想わない態度、私が貴方の家庭教師として、 正して差し上げましょう。…と、その前に』
鋭い刺突音が<殲術鬼>【八岐大蛇】の頭の一つから生じた。その頭を覗き込む千鶴。
「っ!」
母親の左手の甲に太い一本の針が突き刺さる。いや、太い針に見えたのは【八岐大蛇】の牙だ。鋭く獰猛な牙…
『貴方、母親が嫌いなんでしょう? 自分にも母親の淫蕩な血が流れている事実を憎んでいるんでしょ う? …それならば、母親が人質になっていても見捨てて全力で戦える筈ですよね?』
「ええ、そんな人、いなくなるなんて願ったり敵ったりだわ…」
千鶴の返答を有紗は冷笑を交えて一蹴した。
『……貴方は嘘つきですね。嘘つきには罰を与えなければいけません』
冷ややかに宣告した有紗は一つの頭による千鶴の母への制裁を継続を継続した。一本、また一本、鋭利で繊細なな牙が千鶴の母親の手に、脚に突き刺さり、彼女の身体を針の筵へと閉じ込めていく。
『……37本、38本…まだ、意地を張るんですか?』
千鶴は苦虫を噛み潰した表情で肯定も否定も出来ず、攻撃もできずただ立ち尽くしていた。幸い、【八 岐大蛇】の方も彼女自身への直接的な攻撃は行ってこない。だが、千鶴の母親は体中に針を刺されて苦悶の表情を浮かべ、針の刺さった場所からは痛々しい血の染みが浮かび上がり、時には彼女の体の上に一本の血の筋を描いていた。

   *   *   *   *   *

>>>Another02の終わり、の続き。


千鶴=<素戔鳴>と【八岐大蛇】が人質を介した睨み合いを続ける最中、慧の<迦具土>が到着した。
《……委員長?》
通信に応答はない。千鶴の<素戔鳴>はただ立ち尽くして首だけをせわしなく動かしまわっている敵を眺めて…慧もその中の一つの首の異変に気付いた。人質、しかも針攻めに遭っている…このままでは危険だ。今のところ相手が急所を外して遊んでいるから針の苦痛を見せしめてるだけで辛うじて命に関わる負傷ではないようだが、いつ敵が人質を殺す気になるか分かったものではない。
《…委員長、なにしてるの?》
再び(珍しく)慧の方から通信を開いても応答がない。代わりに応じたのは有紗。慧の通信を通訳でもしているつもりだろうか。有紗の顔が通信画面に表示されても慧の表情に変化はなかったが。
『…彼女は自分の母親を救出することも出来ず、しかし見殺しにして私たちを倒すことも出来ないようで す。これがどういう意味か……あなたなら、ご存知ではないのですか? 彩峰、慧さん?』
《……さぁ》
一言呟いて大きく跳躍しようとする慧を、千鶴の通信が割り込んで止める。
「ちょっと、彩峰さん…どういうつもり?」
《決まってる…人質を助ける》
「勝手なことしないで。誰も、そんなこと頼んでないわ!」
慧と千鶴が揉め始めたところで黒塗りの長大なリムジンが彼女等の背後を疾走し、T字路を右手に曲がってゆく。その車影を認めたものの、【八岐大蛇】には二機の戦術機をかいくぐって攻撃する術がなかった。 かくして御剣冥夜を乗せたリムジンは、無事に<第三の月>最下層部まで到達するのであった。

(冥夜)>>>本編・第十三章に続く…

(リムジンは最下層に送り込んだ…あとは、委員長)
慧は背後を疾走するリムジンを見送りながら千鶴の片意地の相手を務めていた。
《……人質を殺せば、あいつらと同類》
「うるさいわね、あたし一人でやれるわよ、貴方はさっさと奥の白銀君を助けに行ったらどうなのよ!」
《……やれるように、見えない》
「失礼ね! …あたしがそんなに、信用ないわけ? 貴方はお一人でここまで来れる程お強いんですものね、ええ、でもね、 あたしだって貴方のように一人でだってやれるのよ! あたしに構わないで! これはあたしの個人的な問題よ!」
千鶴は最早敵や味方の判別以前に、「自己」と「他者」という線引きで物事を判断し始めている。
こと家庭の事情やプライベートな問題が絡むと彼女は慧同様、或はそれ以上に頑なに他人の介入を拒む。
「……貴方だって、他人と、関わりたくないんでしょ? だからいつも規則とか集団行動とか守ろうとしないんでしょ? だったら、こんな時だけ人質救出なんて勝手に善人ぶらないでよ! あたしはあたしでうまくやるわ。だから貴方は先に……」
次の瞬間、千鶴には、いや、敵の有紗でさえ信じられないような事態が起こった。慧=<迦具土>の右ス トレートが千鶴=<素戔鳴>の顔面にクリーンヒット、その威力のあまり<素戔鳴>は壁に吹っ飛ばされ激突させられた。転倒状態から半身を起こしながら千鶴は慧を怒鳴りつける。
「…なっ、あ、彩峰さん! 何の真似なのよ?」
《…前、作戦に私情を挟むなって、委員長が言った》
慧は冷ややかに言い捨てて、倒れた千鶴を無視して明鏡止水の構えを取り始める。慧と<迦具土>の全身に気が充ち、黄金の闘気を纏い始める。力強く半握りの右手を掲げながら、落ち着いて技の準備に入る。


《…私のこの手が、真っ赤に燃える》
「ちょ、ちょっと、彩峰さん!? ……あなた、勝手に何をしてるのよ!? ちょっと、やめなさいよ!」
千鶴は必死に叫びながら身を起こし、操縦桿を握り直し急いで<素戔鳴>を立ち上がらせようと奮戦している。有紗は二人の離反を興味深く見守りつつも、人質を楯にして<迦具土>が技を繰り出しにくいよう【八岐大蛇】の立ち位置をこまめに調整する。巨大な大蛇が這いずり回る音が周辺に気味悪く木霊する。
《…勝利を掴めと、轟き叫ぶ……》
「いやっ、お願いだから、やめてぇぇぇぇっ!!」
千鶴は今起こっている出来事に半ば錯乱していて技も攻撃も思いつかず、咄嗟に体当たりで慧の攻撃を阻害しにかかる。自分でも何故こんな行動に出ているのか理解できない。確かに「作戦の遂行=敵を倒す、その上自分達は可能な限り生存して白銀武のサポートに回る」これだけを目的に据えるなら、今の慧の攻撃を援護する理由こそあれ阻害する理由にはならないだろう。例え人質をとられていたとしても。 しかし、自分の中でそれではいけない、と叫ぶ声がある。…母親が人質だからか。やはりどんなに駄目で淫蕩な母親であっても、母親はやはり自分をここまで育ててくれた母親なのだ、と心のどこかで認めてい るのだろうか。それも嫌なのだが。
一方、体当たりを繰り出された側の慧は、その行動を予測していたのかあっさりと千鶴の繰り出した体当たりを回避し、<素戔鳴>の体当たり軌道から半歩下がって位置をずらし自分の前を通り過ぎた<素戔鳴>を喧嘩キックで【八岐大蛇】の待ち構える方向に向かって蹴り飛ばす。続けて技の再開。
《流派・東方不敗……最終奥義、》


千鶴は吹っ飛ばされた先で【八岐大蛇】の幾つかの頭部に散々攻撃を喰らいながらも、自分の目の前に母親の姿を見つけ、急いで<素戔鳴>の左手を操作して背中のブレードを抜刀、素早く母親を口の中に入れている大蛇の頭を切り落とした。切り落とされて宙に舞う頭。慌てて操縦桿を動かしたところで気付く、今の右手では頭を握ることが出来ない!
(っ! …どうしよう……どうすれば…)
《石破、》
「っ、こうなったら、一か八かよっ!」
千鶴は半ば自棄になり手にしたブレードで【八岐大蛇】の首の下の方を突き刺し、他の大蛇の頭に持っていかれないよう自分の体の側に引き込む。覗き込んだところ母親に危害は加わっていないらしい。
《天驚拳……》
慧が腰溜めの姿勢から正面に向けて真っ直ぐ<赤心の王>の気弾を押し放つ。迫り来る巨大な気弾に対して千鶴は一瞬逃げ場を見失うが、すぐさま天井の高さに気付いて高速ブーストをかけ飛び上がる。飛び上がった直後足許を強力な気弾が駆け抜け、引き遅れた片足が丸ごと引き千切られ霧消してゆく…
千鶴はそれを見ながら、慧の実力の想像以上の高さに驚愕し、かつ歯噛みしていた。

   *   *   *   *   *

慧の気弾が【八岐大蛇】に命中した後、<素戔鳴>で空中を浮上したままの千鶴が目にしたのは、千切れた頭を即座に再生している【八岐大蛇】の姿であった。幸い自分がブレードに突き刺している頭の側から再生してくる様子は見られない。切り落とした頭の口内を覗く。母親も何とか無事なようだ。しかし予断を許す状況ではない。このまま放置するのは危険だ。
《……委員長、首、パス》
何事もなかったかのようにおねだりのポーズで映像に映る慧の姿。千鶴はその変わらなさ加減に笑いかけたものの、一時は危険な状態に陥れられた側だったので、気付いて後から次第に怒りが込み上げてきた。
「……あ、彩峰さん…ちょっと貴方、やり方が強引過ぎるのよっ! ちゃんと事前に説明してくれなきゃ、 もうちょっとであたしが巻き込まれて彩峰さんにやられるとこだったじゃないのっ!」
言いながらもブレードの先に突き刺した首(と母親)を慧の方に差し出す。慧は大蛇の首を千鶴のブレ ードから引き抜きつつ、冷静に切り返す。
《…この通信、敵に傍受されてるけど》


確かに慧の言う通りだ。こちらは最初通信を切って相手と接触した。しかし向こうから通信を「入れて」 きた。通信のWakeOn信号まで向こうに知れているのだから、こちらの会話の内容も当然筒抜けだろう。 そこで改めて思い知らされる。慧の方が明らかに状況を見て的確に行動している。その事実を認める自分に少なからず腹立ちを感じるが、しかし千鶴は何とか怒りと焦りを抑えて冷静に会話を進めるよう自制心を働かせ言葉を返した。
「…それも、そうね。でも、ちょっと突然すぎない?」
《……敵を欺くには、まず味方から》
「まあ、それも一理あるけど…だけどっ!」
《…あと、あいつに私の攻撃、効かない。委員長、任せた》
片手を上げて脱帽の表情を見せ、本当に戦場から数歩引き下がる慧=<迦具土>。さっきの攻撃は本当に必殺の一撃だったらしい。背後で強まる気配に気付いて敵の方に向き直ると、全て首を再生させた【八岐大蛇】が遭遇した当初より勢いを増大させて首を蠢かせ、慧から千鶴に向きと狙いを変えている。
『…そのようですね。彩峰さんの攻撃、大蛇の体組織を焼き尽くす程の威力ではありませんでしたわ。さて、そちらの仲の良い喧嘩も終わったようですし、こちらの反撃といきましょう…』
「あ、彩峰さんっ!? あなた、逃げたわねっ!」
《……》
慧は沈黙で返す。都合の悪い時の彼女の常態。千鶴は舌打ちしながら身構え、敵の攻撃に備える。
計器を確認する。右手に備えたアタッチメント・最終兵器はまだ起動可能な状態にない。

『…榊千鶴さん、問題です。この攻撃はどのようにして防ぐのでしょう?』
冷たい微笑を浮かべながら有紗が問いかける。と同時に八つの頭が同時に容赦なく千鶴に対して襲いかかる。ブーストを強めて小刻みに回避運動を行うも、八本の首が一斉に飛んでくるとなると最初の数本を回避したところで逃げ場が失われ、残り数本の頭部が一瞬動きを止めた<素戔鳴>に命中、直撃。
「ぐぅぅっ!」 激しい衝撃が連続的に襲い掛かる。有紗が放った頭部のうち最後の一本が<素戔鳴>の胴体にヘビーブローを喰らわせ、攻撃した頭がそのまま<素戔鳴>本体を貫通して激しい損傷を与える。
「な、…何て相手なのよ…こんなの……」
『貴方は<EDEN>の存在と力を過小評価していました。…それが、敗因です』
コクピットの計器が乱高下を示し、異常な警告音がけたたましく鳴り響く。出力が低下を始め、動力の 維持が困難になり始める。…その結果が意味するのは、<素戔鳴>の完全沈黙。流石にその現実を認識した千鶴には焦りの色が浮かび始める。
「ちょ、ちょっと……ね、ねえ、彩峰さん! ちょっと、見てないで…」
《……ち、ちづ、る…?》
慧の通信コードで息も絶え絶えの声が入ってくる。これは…あの人?


《…ごめ、んね……さい、ご、まで……親、らし、いこ……と、でき、な……》
母親の弱弱しい声に、思わず強がりを返してしまう千鶴。
「…何よ、今更謝る気? …だったら、だったら、最初からもっとちゃんと親らしくしてくれたって、 いいじゃない…」
《……そ…だ、ね……》
次第に通信の音声が消え入るように小声になっていく。小さく、小さく…いつ途絶えて永遠に沈黙して もおかしくない。そんな状態。千鶴の操縦桿を握る手に力が篭る。微かに震える手足。
「私だって…私だって……」
言葉では強がりを言いながらも、耳にした弱々しい声色に少なからず動揺を覚える。流石に唯一の肉親 (例え認めたくなくても、事実は事実)の今わの際に普段通りの態度は保てない。そこまで非人間的な態度は、流石に取れない。…結局自分は、母親の温もりを求める子供なのか。
《……こ…な、母親……ら、いら……な、…い…》
「ちょ、ちょっと、何よそれ…勝手に決め付けないでよ! 私だって、母親に甘えて子供らしく過ごす時間が欲しかったのよ! 貴方のこと、お母さんって呼びたかったのよ! …でも、あんな生活されて、 私は子供で…どうしていいかなんて分かるわけないでしょ!」
叫びながら眼鏡の上に温かい雫を落とす。体が小さく震え続ける。自覚せずとも自分の口からは微かながらも嗚咽が漏れ始める。
《………》
「ちょ…な、何か、…何とか言ったら、どうなのよ……」
鼻にかかった涙声で問いかける。答えはない。胸の中が締め上げられるような重いもので自分が埋まっていく。
「ねえ、ちょっと、返事してよ……」
続いて出た言葉は、彼女が長らく意識的に口にしたことのない言葉だった。
「……お母さん…」
この一言を口にするだけで、こんなに胸が温かくなるものだったのか。今までそんなことを全く考えな かった自分に子供じみた恥かしいものを感じながら、口にしてみて吹っ切れたものを感じ始めた。


それに対し、この状況でも慧は普段通りに言葉を返してくる。
《…気絶、しただけ。…それから、<魔銃>、光ってる》
沢山の感情が詰まって息さえもうまく出来ない状態だったが、視線を右手の長円筒様のアタッチメント<魔銃(マガン)>に向ける。魔銃の中央部でランプが強く輝いている。
…これなら、いや、これしか【八岐大蛇】に対抗する術はない。最初で最後のチャンス、やるしかない。 千鶴は目元に溜まる涙を拭うことも忘れ、操作パネル中央のプラスチックで保護されたボタンを保護パネルの上から乱暴に叩き付けた。
「ソイル!……我が力…」
<素戔鳴>の右手が光輝を放ち、円筒の中心部にあるランプの位置からドリルが浮き出してきて、ドリルを軸として4枚の暗黒の羽が回転し、円筒の外甲殻が変質を始める。その中から現れた生々しい右腕、 そして右手に握られた巨大な黄金の銃。 銃身は三角柱を思わせる黄金の銃で、銃口がそれぞれ三角形の頂点に位置するかのように三つ開いてい る。銃の後方にはフラスコを思わせるガラス球体が装着されており、球体の内部では黒い心臓に似た機関が微かに赤々と脈打ち動いている。
「<魔銃>、解凍……」
巨大な黄金銃、<魔銃>の銃身を目の前の大蛇に向けつつ最後のチャンスに千鶴は体を震わせていた。慧の攻撃は通用しない。ならば、この最後の一撃に賭けるしかない…

   *   *   *   *   *

操縦桿を持つ手に力を篭めつつ、千鶴は目の前の【八岐大蛇】を睨み左手人差し指で指差して叫ぶ。 「貴方に相応しいソイルは決まったわ!」
腹部のハッチが開き、<魔銃>用の弾丸が十数発せり上がってくる。続けて一発目の弾丸が垂直上方に向けて射出され、<素戔鳴>の頭部辺りまで浮き上がって小気味良く回転して空中に静止する。
「陰惨な無限の日常からの開放、アメリア・オレンジ!」
一発目、オレンジの色砂の閉じ込められた弾丸が<魔銃>後部の銃口に向けて挿入される。続けて二発目の弾丸が垂直上方に向けて射出され、<素戔鳴>の頭部前で小気味良く回転して空中に静止する。
「美しき過去と輝ける生への回帰、カルム・グレー!」
二発目、グレーの色砂の閉じ込められた弾丸が<魔銃>後部の銃口に向けて挿入される。続けて三発目の弾丸が垂直上方に向けて射出され、<素戔鳴>の頭部前で小気味良く回転して空中に静止する。
「暗澹たる未来に対する死の決別、シエル・ブロンド!」
三発目、薄焼けた金色の砂の閉じ込められた弾丸が<魔銃>後部の銃口に向けて挿入される。銃弾装填完了。三発の弾丸を装填し終えた<魔銃>の銃口を【八岐大蛇】の体の中心に向ける。


『まだ悪足掻きをすると仰るのですか……これで最後です!』
【八岐大蛇】の七本の頭部が再び一斉に千鶴=<素戔鳴>に向かって荒れ狂い襲い掛かる。それでも千鶴は怯むことなく引き鉄を引き、三発の弾丸を射出する。三色の弾丸がそれぞれ螺旋を描きながら絡み合い纏まり、一筋の光の束となって、

「出でよ、自由なる民の巫女、イスファーナ!」

千鶴の号令と共に一つの光点となりイメージを描き出す。小麦色の肌を持つ、生き生きとした巫女。その巫女のイメージが【八岐大蛇】の全身を包み込み、赤子をかき抱くように【八岐大蛇】に対し柔らかい抱擁を交わした瞬間、空間が湾曲し【八岐大蛇】そのものが急激に収縮を始める。黒い光の球体が小さく、急激に小さくなっていき、やがて黒い球体は遊び飽きられた鞠のように所在無く<第三の月>の床に転がり落ちる。

収縮と消滅の過程の中で、氷上有紗は自らが「狂気と欲望の螺旋」=日常から解放され永久の眠りに就くことを自覚した。拉致、監禁、陵辱、狂宴、その遥か奥に埋もれた幸福だった頃の欠片を最後の最後で掘り起こせた自分に、我知らず涙していた。
(圭一さん…お待たせしました……私も、貴方のもとへ旅立ちます…穢れた私を、お許し下さい)
彼女の首に巻きついた太く禍々しい首輪が音を立てて切れ落ち、その音を合図にして有紗の肉体そのものが極度の収縮によって雲散霧消していく…最後に床に残ったのは、切れ落ちた首輪だけ。

「……終わった、わね」
<魔銃>を撃ち終わった<素戔鳴>は最早コンソール画面を表示するだけの活力も残しておらず、有 紗の首輪を下敷きとして半壊の機体を床の上に横たわらせていた。こうなったら内側から頭頂部のコ クピットを開くことは出来ない。ただ、外からの救援を待つのみ。
千鶴は不意に、自分の視界に靄がかかって意識が遠くなるのを自覚した。続いて五感の暗転。

ぼんやりとした意識の中で、千鶴の耳に人の声が届いて響く。
「……彼女も、貴方と似て素直じゃないわね。ねえ、慧?」
《……》
慧は黙って千鶴を肩で支え、<迦具土>のコクピットへ運んでいく。
「モトコせんせー、千鶴さんとお母さんは大丈夫なんですか?」
「お母さんの方は綺麗に急所を外してたし、止血処理も済ませてるんで、現状命に別状はないわ。千 鶴さんも、じきに意識が戻りそうだし大丈夫でしょ…私はこれから千鶴さんのお母さんを回収してちゃんとした治療を施すために <ウロボロス>に戻るわ。貴方達は頼りない白銀青年の手助けに向かって頂戴」

そうか、母親は無事だったのか…それだけを耳にすると安堵して千鶴は再び闇の中に意識を委ねた。


>>>本編・最終章に繋がる。
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