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「俺が望むマブラヴ」〜私が渇望し、希求したマブラヴのかたち〜

十二章 (Another01:彩峰慧 vs ミハイル・アレクセイヴィッチ)

射程から外れ、姿も見えなくなった<御門武>一行の背中に対し、慧の一言。
「ほんとタケルは、お馬鹿さんだね……」
彼女の口許には、滅多に見られることのない優しい微笑が浮かんでいた。


『ハッハッハ、お前、それで乙女の純愛を貫いたつもりかぁ? 少しはクールに物事考えて話のできる 奴が残ってくれたかと思えば…消えろ。お前のような小娘のおセンチな感傷は我々<EDEN>、ひいては人間が自らに神を見出す為にもならぬわ。百害あって一理無し』
三つ首の毒蛇がそれぞれの頭で慧と<迦具土>を睨みつけ威圧する。続いて三つ首を互い違いに繰り出 し慧を、<迦具土>を撲殺せんと暴れ戦う。<第三の月>の内壁さえも打ち砕かんとする激しい蛇頭の奔流、毒々しい装甲の<殲術鬼>の乱舞。 それでも慧は涼しい顔をして回し受けを繰り出して<迦具土>を立ち回らせ、毒蛇の頭部を殴り、受け流し、時には紙一重で毒々しい頭の打撃を回避した。そしてさらりと、
「……科学の犠牲者」
『何とでも言え、人が神を生み出せるのならば、それは科学者の最高の栄誉というものだ!』
必要以上に誇らしげに、かつ自慢げに眼鏡の青年はアジダハカのコクピット内部で叫びを上げた。その様を見てか見ずか慧は軽く蔑むようにぽつりと一言。
「…そうやって、人は自分に縛られる。だから、神は死んだ」
『ほざけ、小娘!』
三つ首が同時に<迦具土>へ迫り来る。しかしそれでも、慧は全く動じることなく身構えてそれぞれの頭部に対し注視を怠らない。<迦具土>の背中に装備された六本柱の動力噴射部が均等な角度間隔を持って開き、円環の後光がその噴射部を円で結ぶよう射す。光り輝く闘志の輪。慧の静やかな顔と構え。


慧は構えの状態から閉ざした目を開き、相手に右手の甲を向け半開きの手に力を篭める。右手の甲に浮かび上がる紋様。交差した剣、ハートの13。
「私のこの手が、真っ赤に燃える……」
慧の右手、<迦具土>の右手が赤熱し、輝きを放ち出す。
「勝利を掴めと、轟き叫ぶ……」
より力強く篭められる力。掌に昇る光輝と炎熱。その矛先は、毒々しい頭と視線を慧に向ける悪龍アジダハカ、そしてその悪龍を駆る狂人科学者・ミハイル・アレクセイヴィッチ。
胸当て部がせり上がり胸の中心部に燃え盛り輝くコアが露出する。
「爆熱、ゴッド…フィンガー…」
三つの頭の中央に向けて狙いを定め、一気に高々と跳躍し炎熱の右手で頭頂部を掴み取る。掴み取った即時で慧は、
「……ヒート、エンド」
宙を掴む右手を握り締めて、中央の頭部に爆殺をかける。爆風と炎が中央の頭頂から迸り、次第に中央の首を駆け抜けて炸裂と破砕が進行していく。慧がコクピットの床を踏んで飛翔をかけ、<迦具土>を アジダハカの尾部へ空中を駆け抜けている最中、アジダハカの中央頭首部は悉く破砕。アジダハカは頭部をひとつまるまる喪失した格好となった。しかし。


「……なっ!」
毒蛇の尾部は着地の瞬間を逃さず、自らの尾部を鞭とばかりに撓り叩き払う。流石の慧もこれには即応できず、辛うじてガードするのみ。巨大な尾部によって打ち飛ばされ、そのまま軽々と宙を舞い、残る凶暴な二つの頭部が待ち構える床に叩きつけられる。
「っ!!」
『どうした小娘……お前は自由な人間じゃないのか? それなら、私の操る<アジダハカ>からも自由なのではないかね?』
「くっ……」
とは言えこの程度の打撃は損傷に含まれない。慧もすぐさま立ち直り<迦具土>の体を起こす。再び向き直り構えを作る慧。頭ひとつは減らしたものの、まだまだ予断は許されない。敵は目の前。

   *   *   *   *   *

それから暫くの間、戦闘は膠着状態が続いた。
毒蛇の二つの頭が鋭い拳闘士の殺人拳よろしく慧に対して連打を加えるも慧は軽々と回し受けを繰り出しアジダハカに有効打を打たせないよう防備を固める。しかし慧の側から追撃を加えようと図れば、毒蛇がその口から毒と炎を吐き出して慧の有利な間合いを崩しにかかる。
毒と炎の息の吐かれるところ、物の数秒もしないうちに床が床の状態を維持できなくなる。そんな息を 直接<迦具土>が浴びたとすれば……損傷どころか融解して跡形もなく消え去ってしまうだろう。
「ちっ…しぶとい」
『どうした?…威勢がいいのは最初だけかい、お嬢さん?…なあ、本当は妬いてるんだろ?白銀青年が選んだ、鑑純夏に。本当は自分が彼に選ばれたかった、そうじゃないかね?』
毒蛇の頭部の連撃。右、左、左、右…ひとつひとつの頭を確実に回し受けし、防戦一方に陥らないよう時には前進して押し返し、常に反撃の機会と間合いを見計らう慧。
「……冗談」
『だったらっ! 何故君は落ち込んだ白銀青年を慰めに格納庫まで向かった?』
「…何のこと?」


連撃の合間に毒の息。回し受けから大きなバック転を挟んで回避、続いての頭殴打に対しては蹴り上げ殴り返すことで防御。 しかしアジダハカの方も追撃を避けすぐさま引き下がり、慧からの必殺の追撃は辛うじて免れる。そんな攻防の応酬の最中だと言うのに、ミハイルは慧に対する言葉の投げ付けを止めようとはしなかった。
『いや、違うか……君自身が無意識のうちに白銀青年に慰めの「調律」を求め触れ合った。…君は馴れ合うのは嫌いではなかったかね、それがどうだ…自らを調律してくれるエミールを前にしては気持ちが抗えぬか? 本能的に求めるか? 疼くか?』
声を上げ問い詰めながらも慧を追いかけ、攻撃の手を緩めることはない。
「…ゴシップを愉しむのは、ご自由に。でも、違う」
自分が壁を背負って後退を始めていることに、慧は気づいているだろうか。
『お前の心はそんなに強くない。お前はいつだって、大切なものを失い続けているしな…』
「…っ、言うな!」
『いいや、言うね…君のような嘘つきには現実を<認識>させないと、私の気が済まない』
ミハイルの口許が歪んだ笑みを浮かべる。彼自身の内面で燻っているサディスティックな感覚が少しづつ顔色と口調に滲み出てきているようだ。


『君の父親は<武神>強奪の際奪還のため出撃して、仲間に背中を撃たれ戦死』
「うるさい、言うな!」
いつものクールな物腰の慧ではなく、言葉に感情を込めた少女の声が<迦具土>のコクピットに木霊する。
冷静な回し受けの動作にも時折力の入った受けや拳が混じり始める。
それを見て取り言葉を続けるミハイル。<迦具土>が壁を背負うまで、あと2歩。
『<武神>設計者の母親は、仲間の裏切りに遭い責任を負わされ、冷凍刑……』
「…お前に、父の、母の、何が分かるっていうのよ!」
次第に受けさえも乱れ始め、毒蛇の強力な撲撃を<迦具土>の体で受け始める。続けざまによろめき、踏みとどまることも難しくなった慧。…あと1歩。
『そして、兄と慕った恋人は君を裏切り襲った挙句……<EDEN>の扉を開いた』
「黙れぇぇぇぇー!…ぐぁっ!!」
巨大な毒蛇の両の口が、<迦具土>を捉え噛み締め壁に叩きつける。…最早慧には逃げ道がなかった。

   *   *   *   *   *

(そんな事…どうして今更、私に言うのよ?)
慧の心の奥で、泣き叫びたくなる自分の姿を認めた。自分自身では決して認めたくないが、それでも慧の内面ではいつも『彼女自身』が、表の慧に見つからないようさめざめと泣いていた。
父も、母も、そして自分自身もが他人に、組織に、秩序に裏切られ大切なものを失って傷付いた。
そうして自分の中に大きな穴が開いて空虚になる度、慧は組織や秩序に刃向かって空虚な自分を埋めよう と躍起になっていた。そうすることで何かが得られる事もない、失われたものが失われた場所に埋められ るものではない。そんな事は最初から分かってる。だけど…
「っぐぅ……ああ…っ!」
双頭の毒蛇の凶悪な顎が<迦具土>の体に喰らいつき締め上げる。慧の体が強力な力で挟み込まれ苦悶の叫びと軋みをあげ始める。彼女の体に密着したボディスーツにも、蛇の噛み跡が次第にくっきりと刻まれ始める。腕を、肩を、腿を責め上げる噛みつき。振り解こうにも体の要所が噛み締められて力が出ない。
<彩峰さん、貴方はいつもそうやって、規則を破って勝手なことを…>
こんな時に限って委員長のお小言が耳元で響く。確かに彼女の言う通りだったかも知れない。いや、寧ろ彼女が正しかったのだ。だけど、それを認められるほど彼女は大人じゃなくて。少女が少女として過ごしていくことを考えれば、降りかかった現実は苛烈で裏切りに満ちて。
(…子供だったんだね、私……白銀、そうか、私、白銀に……)
慧は自分自身に襲い掛かる朦朧に抗うことなく、自分自身を投降させる弱気な選択を求め始めた…


「……全くあなたって子は、いつまで経っても、自分ひとりで何でも背負い込んで」


こんな時に、聞こえる筈のない声が聞こえた。力強く凛として、冷静だがしかし優しい、大人の女性の声。聴きなれた、優しく冷たく力強い、あの人の声。
「え、…こ、香月、先生?」
「ええ、いかにも、香月モトコよ……お久し振り。意地っ張りのお弟子さん」
声をした<迦具土>の左肩を見やると、いつもと変わらぬ白衣の女医・香月モトコが煙草を銜えて直立していた。更に<迦具土>とアジダハカが競り合っている背後の間隙を長大な60メートルのリムジンが疾駆し、先を進んでいく。


『なっ……この先には、何人たりとも進ません!』
ミハイルは背後の侵入者に対し追撃を行おうと尾部を振り上げにかかるが、
「どこを見て喋ってるのよ……あなた、親の躾がなってないんじゃない?」
<迦具土>の肩口から放たれたモトコの煙草が片方の頭部の左目を的確に焼き付けたため、その苦痛のフ ィードバックに仰け反り、ミハイル=アジダハカはリムジンを狙撃するチャンスを逸した。
長大なリムジンはその全長を感じさせない華麗なステアリングとスピードで、多大な質量と共に振り下ろされたアジダハカ尾部の床への一撃を回避、更には<第三の月>深部への侵入に成功する。
『貴様ぁぁぁ…たかだか<EDEN>の下級幹部の部下の分際で、私に刃向かうつもりか?』
「私が、一度でも<EDEN>に入ったって言ったかしら?……私は医者として、病院に勤務してただけよ」
冷静に言葉を返しつつニヤリと笑うモトコ。その笑みと白衣のポケットに両手を入れて立つ姿勢には並々ならぬ余裕が窺える。慧はそんなモトコに尊敬と、少しばかりの畏怖を覚えていた。
(…私は、先生のようになりたかった。強くて、一人で生きていける人間に…そう、あの時から)

   *   *   *   *   *

「っく……ぅ、うぁぁぁ〜〜!!」
慧はその時、生まれて初めて慟哭というものを知った。父を殺され、母は組織の裏切りで冷凍刑に処せられ、挙句父母が面倒を見てきた自分の兄のような存在までもが自分を裏切り、捨てた。
思春期の少女に突きつけられるには、残酷に過ぎる運命だろう。気づいたら彼女は着衣の乱れも気にせず欅町の病院の屋上で大声を上げて夕暮れの中泣き叫んでいた。
どれほど泣き叫んでいただろう、慧は自分の背後に立つ人の気配に気づいた。
「っ……誰よ?」 振り返ると、眼鏡をかけた白衣の女性が煙草を銜えて立っていた。白衣の下のボンテージにも似た黄色の服装は、およそ医師の着用する服装とは思えなかった。
女医は慧を特に咎めもせずに言葉を返す。
「誰、とはお言葉ね……私はここの医者よ、彩峰、慧さん?」
「っく……あ、あの…済みません。でも、どうして、私の名前を?」
医師はその問いに即答せず清潔なブランド物のハンカチを慧に差し出した。
「とりあえず、顔を拭きなさい?…可愛い顔が、台無しよ。それから、煙草、いいかしら?」
慧はこくりと頷いてから女医の差し出したハンカチを遠慮なく手に取り、涙と鼻水で濡れ汚れた顔を拭い始めた。女医はそんな彼女を静かに眺めながらポケットから煙草を取り出し、安物のライターで火をつけて深々と吸い始める。ひとしきり吸い込んだところで勢い良く煙を慧とは逆の方向に吐き出す。
「ふぅ〜〜…やーっと、一息つけたわ。そういえば、私のことを聞いてたわね。私は、香月モトコ。ここの医者よ。貴方のことを知ってたのは、貴方のお父様の担当だったからから」
「おと……父の、ですか?」
そういえば聞いたことがある。過去に戦術機同士の戦闘で深手を負い脳死寸前にまで陥った衛士=慧の父親を奇跡的に復活させた凄腕の医師がいたと。まさか、この人が…
「……そ、その節は、有難うございました」
改めて深々と頭を下げる。初対面で感じた存在感が、慧の中でより一層大きくなった。慧はモトコに対して頭を下げないと気が済まない気がして、自然と頭を深々と下げていた。しかし、モトコは肩を持って 彼女の頭を上げさせた。
「医師として、当然のことをしたまでよ。…それより、貴方こそこんなになるまで泣いて、どうしたの? おばさんでよかったら、聞いてあげるわよ?」
「……」
いかに父親の恩人とは言え、流石に初対面の人間に話せる事情ではない。自分の、問題だ。
「…ここ、一応フォロー入れるところよ?」
「…え?」
煙草を吸いながらモトコは慧を見つめる。二、三秒慧を見つめたところで煙草を指に挟んで、
「まあ、いいわ…貴方、明日から私のところに来なさい」
唐突にこう言い切った。それだけ言うとモトコは煙草を携帯灰皿に押し込んで無言で立ち去っていった。呆気に取られた慧は頷くことも拒否することも出来ず、ただ夕暮れの中モトコに渡されたハンカチを握って立ち尽くしていた。

それからモトコが待つ病院に顔を出すと、彼女は慧の両親が命に代えて守った<武神>、それを使いこなすための修練を自分がつけてやると言った。
彼女の裏の顔・流派東方不敗伝承者としての<祝福>が、彼女に遺された戦術機<武神>の要求する操縦技術に合致したから。そして気が熟せば、彼女を裏切った名前も呼びたくないあの男と、彼が身を投じた親の仇と言える組織<EDEN>への復讐も考えられるようになるから。それも視野に入れて慧はモトコに弟子入りした。
自分の力で。自分ひとりの力で、復讐は成し遂げる。そう、心の奥で固く誓って…


「いつまで棒立ちになってるつもり、慧?」
「…え?」
慧が我に返ると、先程の煙草が眼の中で燃え広がってのた打ち回っている毒蛇の噛み付き拘束が緩んでいたのに気づいた。上半身は振り解ける。これなら…!
「……んっ!」
力いっぱい上半身と腕に力を篭め、片方の頭の顎を振り解いた。続いて背中の光線状サーベルを抜き、手早く毒蛇の喉元に突き刺す。たまらずアジダハカは頭を引き、<迦具土>下半身の拘束を解く。 慧は<迦具土>が自由になったのを確認して横っ跳びして壁際を背負わないよう移動し、仕切り直す。
モトコは<迦具土>の急速の跳躍にも動じず、<迦具土>の左肩で直立の姿勢を崩さない。
「慧……いつも済ました顔してて、いざって時に感情を爆発させる癖。まだ直ってないのね。それでも、 あいつを倒すには『あれ』しかないわよ…分かる? 心を静めて、更にその先へ」
「…でも、先生…私には、まだ…」
白衣のポケットに両手を入れて直立したまま、モトコは慧の言葉を遮る。
「まだ、じゃないの。やるか、やられるか。……あんた、彼のこと、実は未練あるんでしょ?」
「…そ、そんな…先生には……」
心の中で彼が笑う。…はぐれ者の自分に対しても分け隔てなく一緒にバカやってくれた彼の笑顔。
口には出したことがないが、思えば学園生活で「彼」と関わっていることによって、慧は唯一年頃の少女であることを自覚で きた。彼のいるところ、不思議と笑いが起こった。そんな笑いが、内心心地よかった。
「あら、慌ててる?…意外と乙女ちっくなのね、慧も…それはさておき、今しかないわよ!」
「…は、はい……」
今はその想いに身を浸す時ではない。慧は気持ちを切り替え心を沈め、明鏡止水の構えを取った。

   *   *   *   *   *

初めて『あれ』=最終奥義を目の当たりにしたのは、彼女がたまたま橘町のホテル街を通りかかり、 <EDEN>の配下の集団に拉致監禁されかけた時のことだった。
彼らは最初から慧を標的として暗がりのホテル街で待ち構え、人通りのないホテルの前で彼女を取り囲んだ。襲ってきた集団は何れも手練の兵士ばかりで、流石の慧も多勢に無勢、敢え無く打ち倒され地下駐車場に連れ込まれ、輪姦の最中に追い込まれた。
あの時、あの男に裏切られた時、襲われた時の心の傷が再び強く乱暴に抉られ、心の傷の痛みに耐え切れず脚が竦み暴漢共の為すがままに…制服を剥かれ、取り囲まれ、手足を抑え付けられ…


そこで、彼女は師の最終奥義を初めて目の当たりにした。
彼女を取り囲む暴漢の群れを突如蹴散らした巨大な気弾の掌。その中央に現れた「驚」の一字。
最初彼女は何が起こったのか、心理的に追い詰められて恐怖心があったせいもあり理解・把握する ことができなかった。続く乱闘とその決着を見ることによって、漸く自分が師匠に救われたことを自覚できた。
「あなただって、武闘家の端くれである前に年頃の女の子なんだから、もう少し帰り道とかには気をつけなきゃ…それと、どんな状況でも、拳から気を抜かないようにしておかないと、今見せた奥義『石破天驚拳』の習得は、夢のまた夢。<武神>の力を発揮することなんて永遠に出来ないわよ」
そう諭して慧に白衣をかけてくれたモトコの顔は、彼女が知る中で最も優しいものだった。
慧は初めてモトコに出会った時のように、大声を上げてモトコの胸の中で慟哭した。自身の中の恐怖や至らなさ、悔しさを泣きはらしながら、彼女はこの最終奥義を習得できるまでは決して涙を見せてはならない、そう自分に強く言い聞かせた。


その時受けた衝撃、見えた気弾の強さ、声をかけてくれた時のモトコの静やかな心の動き、それらを思い出しながら次第に気力を全身に漲らせてゆく。
「…はぁぁ……」
彼女の体が、髪が、更には<迦具土>の全身もが黄金の輝きを帯びて気力の充実を見せる。だが。
『ふっ、私が黙って小娘にやられると思ったら、大間違いだぞ…秘技・暗黒双頭蛇眼突!!』
残った二つの頭を尾部中心にして円状に回転させながら瘴気を纏い、瘴気と双頭をドリル状にして慧に対して瘴気と毒気による射撃をかけようとするミハイル。対して。
「私のこの手が、真っ赤に燃える…」
背中の動力噴射部が均等に開き、円環の後光が射す。黄金の右手甲に現れる<赤心の王>の紋様。 さっきの取り乱した様子の慧はどこにもいない。
ミハイルの双頭が回転運動を強めながら瘴気充填を進めている。毒蛇の一角だけ空気がどす黒い。
『お前がこの私の前に破れ倒れた暁には、我が義妹を想いながら燃え滾る半身でお前を汚し善がらせ、永遠の幸福と快楽を与えてやろう!……覚悟するがいい』
滾り猛る半身がコクピット内部で屹立し、天をも衝かんと震えている。
その猛り狂う様にも慧は動揺一つ見せることなく、右掌に全気力を集中していく。
「お前を倒せと、轟き叫ぶ……」
『この間合いからでは、ゴッドフィンガーは届くまい…勝負あったな、死ねぇぃ!!』
胸当て部がせり上がり胸の中心部に燃え盛り輝くコアが露出する。コアに浮かぶ<赤心の王>の紋 様。更に次の瞬間、慧は両掌で右掌に集中させた気力を押し潰すように抱え込み、
「流派、東方不敗…」
腰溜めの姿勢から正面に向けて全力で真っ直ぐ<赤心の王>の気弾を押し放つ。
「最終奥義…石破!天驚拳!」
一方、ミハイルの毒蛇アジダハカも双頭の回転を止め、双口から毒液を吐き出し、
『邪淫の限り、ここに尽くさんっ!……秘技・暗黒双頭蛇眼突!!』
自らが纏い、巻き付けて育てた瘴気の渦を一気に慧=<迦具土>向けて解き放つ。襲い掛かる毒気の奔流。しかし、迎え撃つ<赤心の王>の気弾にが全てを打ち払い、巨大な毒蛇も含めて一切合財を雲散霧消させていく…ミハイル・アレクセイヴィッチの狂気の願望はこうして再び終焉の時を迎えた。
『私の何が至らなかったと言うのだ…義妹に恋心を抱いたことなのか、義母を抱いて慰めたことか、 或は発狂した父と共になって研究の同志に淫蕩の限りを尽くしたことかっ!! …滅びの詩を耳にして、正気でいられるほど人間は、強い生き物ではないのだっ…彩峰慧、貴様もそれは分かろう!!』
懺悔とも自己弁護ともつかぬ最後の断末魔をあげ、ミハイル自身も雲散霧消していった。


焼け落ちて消えうせた残骸を尻目に、慧は直立したまま次の階層の入り口を睨む。
「先生…どうして、こんな所へ?…地上の方が、大変なんじゃ?」
あれだけの激しい気弾が飛び交ったにも関わらず、モトコは涼しい顔をして<迦具土>の左肩に陣取 り、呑気に煙草を吸い直していた。軽い一息を吐き出して応じるモトコ。
「…まあ、そうなんだけどね。あたしがここまで来たのは、御剣のお嬢様のお守りよ。さっきのリムジンでこの煉獄の最深部まで突っ走ろうって魂胆な訳よ。慧、援護を頼める?」
「……はい」
いつもの無愛想なんだか冷淡なんだか判断の難しい声色で答える慧。だがその瞳には微かに潤んだ色 が見えた。


<迦具土>が神速の噴射で<the third moon>を進んでいくうち、出くわしたのは毒の天使サマエルに苦戦し、逃げ惑う珠瀬壬姫=<武八幡>の姿であった。


>>>Another02のどっかと繋がる。
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