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「俺が望むマブラヴ」〜私が渇望し、希求したマブラヴのかたち〜

第十二章・後半

榊千鶴の<素戔鳴>が迫り来る八頭の巨大<殲術鬼>、八俣大蛇と対峙していたその時。
白陵柊の地下基地では、慌しさを通り越した音と記号と光の羅列が飛び交っていた。長時間の戦闘指揮が続き、各地から悲観的な情報ばかりが飛び交っている状態であり、普段は全体状況を伝え聞いて指示を出すだけの香月夕呼司令も、普段は自宅の弓道場で愛娘の姿を捜し求めるだけの<正典>事務次官たる珠瀬氏も、作戦指令室に篭ってお互いフル稼働状態で次々に流されてくる情報を受け取り状況を把握し、然るべき措置や指示を次々に手元のコンソールに叩き込んでいた。

<ウロボロス>を<the third moon>に出撃させてからというもの、夥しい数の敵集団が地球上の各都市に襲来した。<正典>各支部に配備された戦術機や兵器によって辛うじて世界の主要な都市そのもののの陥落は免れているものの、配備も基地機能も十分でない地方に関しては地域ごとの壊滅・占拠という状態も発生している。

一番被害が甚大なのはアメリカ合衆国で、これは敵の襲来より寧ろ、9月の同時多発テロの後遺症から国家も国民もまだ癒え切ってない状態の上で<EDEN>との全面戦争=<メギドの丘の戦い>に巻き込まれ、<EDEN>によって反射された対宇宙雷砲<ミョルニル>がアメリカ中央平原部に落下・爆発、更に広範な被害を蒙った為である。そして更に悪いことには、<ミョルニル>で被害を蒙った地域を拠点として敵の生命体・<殲術鬼>が地球の占領に向けて発生・拡散していくため、自然とアメリカ全土が世界の中で最も戦闘を重ね疲弊していくという次第だ。まさに「弱り目に祟り目」と言える状況であった。

このような状態の為、通常であれば軍事行動の先陣を切って指揮を取るような国柄のアメリカが自国の防衛以外軍事中枢として機能しないため、一部の指揮系統が日本に割り振られている。
日本とて、<殲術鬼>の覚醒と暴走によって首都機能が著しく減退し、国内の軍事中枢がこの白陵柊に大幅に移管されている状況であるのに、だ。
極端に言えばこの二人だけで日本とアメリカ一部の軍事行動を指揮している状態。常人の為せる技ではない。

「ったく……御剣が行くのは兎も角、姉さんまで一緒に行くことないでしょ…この殺人的な現場、手伝ってもらおうと思ったのに」
両手を激しく動かしながら夕呼が毒づく。その時、折り悪くコンソール近くの内線電話がけたたましく鳴り響いた。夕呼は乱暴に電話を取りながら片手でコンソールの操作を継続する。
「はい、 香月。…あんた、そのくらい自分で判断しなさい! 犠牲を最小限度に、可能な限り民間人救出を優先。いつも言ってるでしょうが。このクソ忙しい時に、くだらないこと聞かないの!」
力任せに内線受話器を叩きつける。横から珠瀬事務次官の宥めの声。
「仕方なかろう…彼女の力、最大限発揮できるのは戦場だ。……はい、珠瀬だ。なに、<武八幡>の反応が消えた!? それで、たまはどうなった!!……そうか…」
「涼宮、その一帯の指揮、あんたに全部任せたわよ!」
『ちょ、ちょっと、先生! 私達だって、化け物の群れと交戦中なんですよ……っっ! また後で!』
「珠瀬だ。…シベリアからの敵勢が北海道を占拠しつつある。中国から何とか戦術機を手配してくれないか」
次々鳴り響く電話を取りながら、二人はコンソールを操る手を休めようとしない。

二人にはここ数日、まともに休む暇も満足に食事を取る時間もなかった。
それも仕方のないことだろう、ここ数日地球上は、限られた人間の指揮系統で漸く支えられるような危うい綱渡り状態を続けていた。戦力の絶対数に差がありすぎるのだ。


一方、突撃してからの<ウロボロス>はというと、突撃させた戦術機の回収の必要があるため突撃状態で待機していた。
<the third moon>外周部から出生する<EDEN>の落とし子達が少なからず襲撃をかけ、自らの母なる人工の星から異物を排除しようと努力を重ねていたが、予備兵力として搭載していた<吹雪>たった1機が一騎当千、いやそれ以上の働きを見せて<EDEN>の落とし子を悉く退けてた。

当然、<ウロボロス>自身が搭載している兵装・火器の類も敵の駆逐に役立っているはが、それ以上に<吹雪>の戦闘力が圧倒的なのだ。その<吹雪>を駆る衛士とは……

「あたしだって、昔は最高ランクの衛士として鳴らしたんだから、これくらいはやるわよ!」
今や<正典>極東の重要拠点である白陵柊基地の副司令=神宮司まりもであった。彼女の駆る<吹雪>の銃器の扱い、刀剣類の捌き回し。何れも一流、いや神業。
彼女の赴き先、敵の姿はひとつとして残らなかった。しかし<吹雪>自身は無傷。

まりもの姿を見た者は、彼女の<吹雪>の左肩に描かれた死神に導かれ散り行くと言われる。
それだけ神宮司まりもの戦術機操縦の技量は鬼気迫る超人的なものであった。
「白銀君…早いとこ戻ってきなさい。たっぷり英語の補習、してあげるからね」

   *   *   *   *   *

第七層の扉を開こうとした時、<武御雷>から通信が開いた。搭乗してる三人がそれぞれ別窓で表示される。三人が同時に俺に話し掛けてるってことか。
「武くん、ごめんね…この作戦の内容、わざと黙ってたこと。武くん、孝之くんに少し似てるところがあったから、 もし作戦の内容を知ったら、たぶん、誰かを助けに入るんじゃないかって思って…」
いや、それは遙さんが謝ることじゃない。遙さんの考えてたことは正しかったんだし。
「武様、この場の我々全員がこの階層まで残り、直接<殲術鬼>ティアマットを停止させることが唯一の勝利の可能性です。鑑様をお助けする上でも、世界の危機を免れる上でも…」
「遙、月詠さん、そろそろ…武くんにも、話といた方がいいんじゃない?」
「うん、そうだね」
「私も速瀬様のご意見に賛成です」
女性三人は手早く意見を纏め、代表として水月さんが俺への説明を引き受けた。
「それじゃあ…私から話すわ。武くん、いい、よく聞いて?
香月司令の持つ情報からいくと、連中の最終兵器、 <殲術鬼>ティアマットを制御できるのは純夏ちゃんの持つ生命だけ。つまり、ティアマットには必ず何らかの形で純夏ちゃんが乗っている。そいつが最接近した瞬間、そこがチャンスなの」
そこで遙さん、月詠さんが頷いて言葉の左記を促す。
「その時のどうするかだけど、遙が<祝福>で時間を止める。あたしが今持ってる力でコクピット、もしくは純夏ちゃんがいる場所を剥き出しにして純夏ちゃんに触れられる状態を作る。最後は霞ちゃんと武くんで、純夏ちゃんを『調律』し、元に戻す。こんな流れね」
力強く言い切る水月さんの言葉を、遙さんが柔らかい声でフォローする。
「…聞いてると簡単に思えるかもしれないけどね、わたしが止められる時間は武くんが『調律』してくれ強化された状態でも 2、3分がいいところ。…だから、純夏ちゃんを説得できるチャンスは、1回だけだと思ってね?」

失敗の許されない一発勝負、か…まあ、自分ではそういうのに弱い方だとは思ってない。
何とかなるさ。いや、 何とかしなきゃならねぇんだ。ずっとずっと、それこそガキの頃から待たせたあいつのためにも。やるしかないんだ。
全身に想いを滾らせながら、俺は力の篭った手足で操縦桿とフットペダルを操り<御門武>の両手で最終層への扉を押し開いた…


扉を開いて足を踏み入れると、そこは暗く垂れ込めた雷雲で重苦しい曇天の海岸だった。果てしなく遠い水平線の向こうに見える半球状のものと、海岸と、どんよりした重く暗い色した無駄に広い海、そして<御門武>と <武御雷>。それだけがこの空間に存在していた。
純夏は、ティアマットってのは、どこだ…?
敵影がないことを確認するが早く <武御雷>はコクピットを開き遙さんと水月さんを外に出した。
遙さんは翼で宙に舞い、水月さんはコクピットから直接地上に飛び降りて地上に降り立つ。こうして見てると季節はずれの海岸に海を見に来た俺たち、そんな呑気な感想さえ浮かんでくる。
「月詠さん…なんで中央部分だけ、海があるんでしょうね?」
「ティアマットというのは、古代バビロニアの塩水、つまり海を意味する女神のことです。彼女が望む棲み家ということでしょうか…」
『遙、何か見える?』
砂浜に立つ水月さんは空を舞う天使=遙さんに呼びかけ訊ねる。
『……今、海の中で何か動いたかも』
遙さんが敵影の存在を声にした瞬間、装甲に覆われた巨大な機械の鬼・<殲術鬼>ティアマットが海から跳び出したとは思えない速度で海中から浮上・跳躍し、俺=<御門武>に向けて急激な速度で落下してきていた。

「何だ、早いぜおい!」
「武様、武器を構えて応戦して下さい!」
月詠さんは叫びながら<武御雷>の腰に挿されている小刀を抜いて身構える。だが俺には抜刀する暇も与えられず巨大な敵影が空中から衝撃的に降り注いできた。<御門武>の顔面で膝蹴りをまともに受けた格好だ。余りの衝撃に俺の操作を待たず <御門武>は軽々と吹っ飛ばされ、海岸に押し倒された。
倒れた瞬間コクピット正面にティアマットのキャノピーが見えた。…そこには、巨大なビロードの中に封じ込められた全裸の純夏の姿があった。
「な、なんで、純夏が……あれ、何だよ…」
『どうしたの、武くん?』
「す、純夏が…裸で…」
『女の子の裸くらいで大騒ぎしないの、そういう場合じゃないでしょ!』
「そうじゃなくて、だから、そのっ、<殲術鬼>を操縦してる人間が別にいるんです! 純夏はキャノピーに、だから、裸のまま閉じ込められてて……」
流石にこんなマジな状況で女の裸見て動揺や昂奮してる場合じゃない。慌てて俺は操縦桿を激しく動かしまわり、倒れた状態から慌てて<御門武>を立ち上がらせ飛び上がる。
その数瞬後、俺が倒れていた場所に<殲術鬼>の膝蹴りが着地して海岸を抉り砂が激しく舞い散る。 もう少しの時間キャノピーの純夏に意識を回していたら、ティアマットの膝蹴りで<御門武>があっさりやられてたかも知れない。

こちら側の通信画面が慌しく開く。
『遙、ちょっとあいつ、速過ぎるんじゃない?』
上空の遙さんが俺の方に迅速に飛んでくる。柔らかい顔立ちからは想像できない凛々しい表情を浮かべている。俺のサポートに回った、ってことだろうか。
『うん…水月、月詠さん、どうしよう?』
「…少々危険ですが、武様を囮にして<武御雷>と速瀬様で動きを抑え、涼宮様のお力を開放するのが妥当かと」
『了解、それじゃ、本気出さないとね』
水月さんが軍服を脱ぎ捨て、競泳水着の姿になる。あまりのスタイルの良さに、戦闘中ながら俺は思わず息を呑む。こればかりは男の本能だ、仕方がない。
続いてレイピアを握って海に翳すと、水流が勢い良く渦を巻いて束を作り、海から水月さんのレイピアへと一直線に積み上がっていく。次第にその水塊は「巨大な両手剣」を形成していった。

それは、剣と言うには余りにも大き過ぎた。
流動的で、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それはまさに、巨大な水塊だった。全長5メートルはあろうか。

剣の形を維持しながらもその内部で激しく水流が起こりチェーンソーを思わせる巨剣を、水月さんは両手で軽々と振り回していた。流石にもう俺の水月さんを見る不純な視線は、驚嘆と畏敬のそれに変わっていた。
『OK、いつでもいいよ!』
叫んで水月さんが巨剣を水平に構えたところで、<殲術鬼>は凶暴な顎を開き牙を剥き俺たちの方に向き直る。
《うふふ…皆さん、ようこそ<the third moon>最終煉獄・邪淫の層へ。私は<EDEN>の園の主にして<殲術鬼>ティアマットのドミナス、神無木頼子。尤も貴方達がこの私の名前を知ったところで、口にする機会などもう二度とないでしょうけども…ところで、白銀武くん》
ティアマットがこちらを見据える。俺は遙さんを<御門武>の左掌に載せ奴の射線正面に入らないよう守りつつ移動を止めない。
「何だよ…お前、純夏をどうしやがったんだ?」
《鑑純夏さん?……どうもしませんわよ。彼女はプリエ。人々の祈りから生まれた人のあるべき姿。彼女が望む世界を、私たちがお力添えして創り上げる。ただそれだけのことですわ?》

しれっとした顔してろくでもない事をほざきやがる…
俺は<御門武>の剣=チェンガンを右手で身構え、斬りかかれる体勢を作る。そしてモニタ上で冷ややかに笑う気味悪い眼鏡の女に向かって問い詰めた。
「純夏が望む? どういうことだよ!? 純夏が人類皆殺しを望んでるっつーのかよ!」
『武様、お気持ちを確かに…EDENの神無木頼子の言葉はまさに<楽園の蛇>。彼女の言葉に呑まれてしまえば武様ご自身も蛇の甘言の前に凋落を免れません』
<御門武>の傍らに立ち砂浜を踏みしめる<武御雷>が、短刀を両の手に構えて倍以上の身長を持つ<殲術機>ティアマットに対峙する。

それでも巨身の殲術鬼は<武御雷>など意に介さず俺の方だけを見て言葉を続ける。
《あら、御剣の犬が随分喧しいですわね…やはり、主人の躾がなってませんわね。あら、ご主人は死の床でしたわね。お気の毒に》
『神無木、言葉を慎みなさい。…例え神であれ、冥夜様への悪口雑言、この月詠が許しません』
口調は鋭く厳しいが、月詠さんの表情・仕草は冷静だ・静かに怒る。我を忘れることなく。
俺は月詠さんのその態度に敬服しつつ、自分でもそれを見習おうと内心努力した。
《まあ、いいですわ…白銀君、私から逆にお尋ねしますけど、貴方は純夏さんのお気持ちを袖にしたのではなくて? 彼女が今抱いている気持ちは、貴方と、世界に対する拒絶ですわ…この意味、幾ら貴方が鈍感でも、お分かりではなくて?》
「純夏を、振ったって?…俺が? ふざけんな、俺は純夏を連れ戻しに…」

[もう遅いよ、タケルちゃん…だって、タケルちゃん、あの時わたしを抱いてくれなかったじゃない]
俺の言葉を遮ったのは純夏の声だった。通信の映像、音声、どちらも間違いなく純夏だ。

[タケルちゃんって、私の何? 恋人? 違うよね、タケルちゃん、わたしのことただの幼馴染みとしか思ってないよね。どうせわたしのこと、女として見てないよね、そうでしょ? だったら、こんな所に迎えに来たりして、 思わせぶりな言葉をかけないでよ! もうわたしのことなんか放っといてよ! 知らないよ、タケルちゃんなんて! ……もう、わたし、疲れたよ。ずっと、ずっと好きでいたって、わたしの気持ち、届いてないんだよね? だったら、 もう、わたし、タケルちゃんに会いたくないよ。会ったって、わたし、傷ついて、気持ちを押し殺して、泣いて、 いけないこと思って、一人で抱え込んで、一人で疼いて、一人で慰めて、そんな自分が嫌になって、また傷ついて…もう、わたし、タケルちゃんのことを幼馴染みとして見ていることなんてもうできない。我慢できない。だって、冥夜はあんなにもタケルちゃんのこと想ってて、自分の地位も名誉も横に置いてタケルちゃん一人を守ろうとしてたんだよ? そんな子がタケルちゃんと一緒にいたら、もう、自分の気持ちを抑えて幼馴染みの顔してタケルちゃんの前になんていられないよっ! タケルちゃんを取られたくないよ! だって、わたし、ずっと一緒にいて…ずっと、一緒だったのに。タケルちゃんが冥夜と一緒にいるんだったら、わたし、もうここにいなくていいんだよっ!! タケルちゃんといられない世界なんか、わたし絶対いらないよっ! 今のわたしに世界を壊すだけの力があるんだったら、わたしもタケルちゃんも冥夜も全部、何もかも壊しちゃえばいいんだよっ!!]

俺の目の前の画面で大写しにされた純夏の泣き叫ぶ様と慟哭に、俺は言葉を無くしていた。
お前にとっての俺って、そんなに大きな存在だったのか? 何が、どこがそんないいんだ?
分からないよ、俺には分からない…俺の「好き」とお前の「好き」って、全然大きさが違うのか?

《ほら、ご本人がこう仰ってるのよ?…この純粋な祈りのご意志を我々が執行している。何か問題でもおありになって?》
そりゃ、俺だって鈍感だけど、あいつが俺のこと好きなんじゃないかとは思ってた。うすうす感じてはいたんだ。けど、それは俺があいつにとって身近な存在、幼馴染みであって、親友のような感情と親子姉弟の親愛の情がないまぜになった感情だとばかり思ってた。少なくとも俺の側では、純夏に対してそんな感じの感情を持っていた。
でも、あいつの方は違ってたんだ。俺が思ってた、告白してやろうと決意して抱いた気持ちなんかより、ずっと真っ直ぐな恋愛感情を持っていて、女としての肉欲も伴っていて、俺を男として欲してた。
あいつがそこまで、俺のことを… そんなあいつの気持ちに俺が何も答えを出さずに日常を過ごしてるうちに、あいつはこんなに自分の想いを溜め込んでいたのか。
「……」
『武くん』
だけど、あいつは俺を拒絶してる。俺の言葉も、俺に会うことも拒絶してる。俺に何が出来る?
『武くん!』
「……あ、はい…」
多分、俺は今、今まで生きてきた中で一番情けない弱々しい声を出しただろう。辛うじて通信に応じた俺を叱咤激励してくれたのは、遙さんと水月さんだった。
『あんた、あそこまで本気で好きだって言われて、なにヘタれてんのよ!そんなヘタれたままで泣いたり逃げ出したりしたら、…あんたのこと、絶対許さないからね。もっとシャキっとしなさい!』
「え、でも……」
『武くん、まだ、諦めたりしちゃ駄目だよ…純夏ちゃん、きっと待ってるよ。心の中では』
『そうよ、あんたがビシっと決めて、泣いてる我等がお姫様を連れ戻すのよ。分かった?』
『……武くん、ティアマット、来るよ!』
「…っ!」

気付いた時にはもう遅かった。というより、奴の移動速度が尋常じゃない。
気付いて逃げようとした時には、奴の手に<御門武>の左脚が握り締められていた。飛行状態の<御門武>の脚はそのまま強く引っ張り下ろされ、力づく左脚がもぎ取られる。
必死に飛んで逃げようとした反動から<御門武>は軽く錐揉みして空中へ自律性なく浮上する。崩したバランスを何とか意地で持ち直し、見下ろす。<殲術鬼>ティアマットは<御門武>の左脚を握り締めたまま悠然と砂浜に降り立つ。隙もなく、余裕の態度で。
「つっ……桁違いだぜ、ありゃあ……」
俺の数少ない実戦経験だけでどうにかできる相手じゃないのは最初から分かってるつもりだったが、それでも俺が頑張って奴に接近しない限りは純夏に触れる機会も、誤解を解く機会も得られない。それだけは、避けないとな…

「こうなりゃ、特攻覚悟でやってやるぜぇ!」
片脚を失って少しばかり不安定な<御門武>を無理矢理制御して暴れないようにし、剣を突き出したままティアマットに突っ込んでいく。そのまま奴に……っと!
「なにっ!?」
こっちは全速で飛ばしてた筈なのに、ティアマットの方が先に動いて空中に舞い上がり、俺たちの左側に突如出現した。奴はそのまま<御門武>の横っ腹に力任せの右フックを叩き込む。回避や防御の操作に移る暇もなく、<御門武>は空中からぶん殴られた勢いを殺すことなく砂浜に叩き込まれ、二、三秒の間海岸を転げ回っていた。打撃と衝突の強烈な衝撃が俺に襲い掛かる。霞も相当 強い衝撃を受けたようだが、気絶とか朦朧状態にまでは至ってないようだ。
「……っ、霞…大丈夫か?」
こくり。まだいけるようだ。 しかし、このままではいいように嬲られるだけだ。早いところ起き上がらない……とっ!
見上げると奴が降って来た。俺に向かって跳び膝を落としに来てる。…っ、一体何て速度で動いてやがるんだ、この<殲術鬼>は!
余りに速過ぎるのか、水月さんも月詠さん=<武御雷>も さっき身構えていた場所から全く動けないでいる。数瞬後、そのまま<御門武>が膝蹴りの直撃を喰らう。両肩を完全にやられたらしい。何度操縦桿を必死に動かしても腕から先の部分が殆ど動かない。流石に俺も焦る。いや、正確に言うと余りの急な出来事に感情がついてこない。それを感じてやっと焦りが回ってくる。そんな感じだ。
「くそっ、まだだ、まだ動いてくれなきゃ困るんだよ!」
このままでは、負ける。いや、死ぬのかもしれない。だが、このまま死ねるかよ。せめてあいつに謝らないと。俺の気持ちを、何としてでも伝えないと、俺の気が済むかよ!…死ぬに死ねない!

そんな俺の焦りや足掻きも空しく、<御門武>の上ではマウントポジションを取った<殲術鬼>ティアマットが顎を大きく開いてけたたましい咆哮を上げていた。獲物を捕獲した獅子の咆哮か。
そして続けざまに両手で<御門武>のコクピット上の胸板を掴んで力づくで乱暴に剥ぎ取り、腹を引き裂く獰猛な手つきでコクピットをこじ開けにかかっていた。
「ちっ、これじゃあ嬲り殺しじゃねぇかよ!」
思わず俺は大声で怒鳴り叫ぶ。俺の悲鳴に合わせるようにコクピット内部のあちこちから悲痛な軋みの響きがあがり始める。コクピット内部のコンソール画面が次々と停止・終了し始める。
次第に操縦桿を動かすことによるレスポンスも鈍くなり、やがて反応を失っていく。くそ、くそ!動かせなきゃ逃げようも戦いようもないだろうが。

流石にこのままじゃヤバいって。遙さん、大丈夫なのかよ、こんないきなりヤバい状況になっちまって…俺はそこで、自分ひとりだけがこの<御門武>の操縦席に座ってたわけじゃないことを思い出す。
「……! 霞、お前、逃げなくて大丈夫なのか?」
…こくり。今のところ霞も何とか大丈夫そうだが、いつまでこのコクピットが破壊されずに無事なままなのか微妙な状態だ。やがてコクピットを包んでいた腹部の装甲・人工筋肉のような繊維質の隔壁が暴力による無残なご開帳を強いられた。

完全に俺たちの前の防護壁=腹部装甲は取り払われた。流石に俺の額に冷や汗が流れる。
正面にルビー色をしたキャノピーがあり、その中央に裸の純夏が包まれていた。こうして見ると純夏は本当に悲しそうな顔をしている。
俺にさっき俺を拒絶した純夏が助けられるのか…いや、俺はあいつに会って謝らなきゃ、俺の今の気持ちを包み隠さず伝えなけりゃいけねぇんだ。怒られるかもしれない、俺が純夏に愛想尽かされて振られちまうかも知れない。最悪あの凄まじい力で、俺の命が奪われるかも知れない。

でも、俺は逃げるわけにはいかない。途中で投げ出すことも、死んじまうことも許されない。
ここから先は俺の、俺の純夏に対する気持ちとの戦いなんだ。例え誰かに助けられて背中を押され続けた格好悪い旅路であっても、最後の一歩は俺自身の足で踏み純夏に会わないといけない。

純夏の悲しみと憂いを称えた表情を見て、俺は改めて意を決した。

(第十二章・おわり)
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