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「俺が望むマブラヴ」〜私が渇望し、希求したマブラヴのかたち〜

第十一章・後半

<the third moon>中枢部。華美な装飾の広間、人呼んでベアトリーチェ。

the third moonは外層部から大きく分けて七つの階層に分かれており、その中央階層の更に中に位置する場所。
「なぁに、わたしをこんな場所に呼びつけて?」
黒のドレスが映えるスミカは乱暴に扉を開き、神無木頼子を主とする広々とした洋間に駆け込む。
「あんた、わたしがいなかったらこの<the third moon>も打ち上げられなかったんでしょ? よくそんなので、自分が神になろうとか、自分の望むエデンの園を創ろうとか…ああ、あんたのはソドムの街だったわね、失礼」

「言葉を慎みなさい」
ベアトリーチェの主、神無木頼子は不機嫌ながらも丁重な物腰を崩さずスミカに反駁した。いつもの白 いドレス姿で、広間の中央に設営された無駄に広いベッドに腰掛けてスミカを冷ややかに見据える。
そのベッドには上気させた肌を惜しげもなく曝して荒い息を吐いている水代葵が横たわっていた。
「それに、貴方は私が指定した時間の20分も前にここを訪れました。私、約束を守らない人は好きではありませんの」
「ああ、それなら願ったりね。わたしもあんたのこと、大嫌いだし。反吐が出るわ…大体、人と会うなら、その前に自分の寵姫弄って遊んでる方が非常識なんじゃないの?」
「…お黙りなさい」
微かに照明が照り返す眼鏡の奥で彼女の眼が細くなり、険しい視線を放つ。

「…頼子様?」
流石に頼子も平常な対応を崩した。その女性とは思えない重苦しい声色に葵も畏れ驚き、濡れ光る裸身のまま寝台から跳ね起きる。首に巻かれた歪な首輪が鈍い光沢を放ち、後ろの張り形から愛らしく垂れ下がる尻尾が異様な存在感を示している。
しかし頼子はそんな葵に対してもすぐさま普段どおりの物腰を取り戻してさらりと声をかける。
「葵さん…あなたはお休みになっていなさいな。その間私は、そちらの躾の為っていない子猫ちゃんに 礼儀作法を躾けますから」
頼子の涼やかな笑みに反駁するなど、葵には出来るはずもなかった。黙って頷き寝台に横たわる。頼子は手袋を外した右手で優しく何度か髪を梳き、頬を撫でた。それからスミカに向き直り鋭い一瞥。

「……今私にお詫びすれば、全て水に流して差し上げますわよ? それとも、今ここで貴女の身の程をお知りになる?」
「あらあら、可愛いペットには猫撫で声で媚売って、気に入らない野良猫はお仕置き?」
スミカの挑発を無視して、頼子は腰元から短銃を取り出し真っ直ぐスミカを狙う。スミカは口許を綻ばせ両の拳を構える。静謐な空気の中に緊張感が漂う。二人の言動が怖くて直視できない葵。
「お休みなさい、そして、我らが<殲術鬼>の依り代とおなりなさい…」
頼子が短銃の引き鉄を引く。瞬間、余裕綽々の態度で構えていたスミカが絨毯敷きの床に音もなく崩折れる。それを見て取った頼子が冷たい笑みを浮かべ、高らかに笑う。

「うふふふ…銃が常に弾丸を放つ野蛮な道具とばかり思わないことですわよ。この『レメゲトン』の弾丸 たる魔の力は、如何に貴女が強大な力を持つ祈りの子、プリエでも容易に捕縛するわ…どう、スミカ?」
それからベッドに置かれたベルを手にして冷淡な高音を奏で、
「有紗さん、有紗さん。その入り口で寝ているじゃじゃ馬さんを、手筈通り着せ替えてあげて下さいな。 荒れ狂う海原の神の依り代として……うふふふ」
用を告げ終えると、スミカの相手は飽きたとばかりにあっさりそっぽを向けて、頼子は有紗の到着を待たずに遊びなれた玩具・葵へ再び手を伸ばした。

   *   *   *   *   *

漸く<the third moon>を視認できる距離(既に宇宙空間なのだが)まで到達したが、その周囲 を取り囲むように夥しい黒点、<殲術鬼>ティアマットの子供達が待ち構えていた。その奇妙な 生物は蠍と人間を足したような歪な形をし、皆一様に殺意に満ち溢れて宇宙空間を埋めていた。
「神宮司艦長、<the third moon>を守る敵、識別名ギルタブリル多数。敵数計測できません!」
「敵は既に本艦を目標と定め、一気に襲来。現状被弾状況から判断する限り、このままでは <ウロボロス>、目標まで到達できません!」

鎧衣姉弟のどちらとも区別の付かない声色が厳しい戦況を告げる。ブリッジ艦長席で必死にコンソールを睨み十本の指を際限なく駆使し続けているまりもは、その厳しい戦況にもさしたる動揺は見せなかった。虎の子である戦術機を用いなくても何とかなる手立てがあるようだ。新たなコンソール画面を開き通信で白陵柊地下基地で待機中の夕呼を呼び出す。
「夕呼、<ミョルニル>は手配できた?」
「まりもぉ……戦時中は『香月司令』でしょ? まあいいわ、あんた達が予定コース通りに進行してるんなら、そろそろ近くに…」

「衛星軌道上より高エネルギー反応接近!」
「ほら、来た。それじゃ、あとよろしく」
ものの数秒で通信終了。遅れて<ウロボロス>近郊を巨大な光の柱が迸る。シオンの遺産の一つとして有史以前から存在していたが、その存在がつい最近まで確認されていなかった対宇宙雷砲<ミョルニル>。それが起動できたということは、<IZUMO>による<ミョルニル>制御が(一時的であったとしても)達成できたのか。
巨大な、余りに巨大な光柱が<ウロボロス>を掠めかけた時、ブリッジ全体に強い衝撃が起こる。
まりもはベルト着用が間に合わず肘掛を握って衝撃に耐えようとする。何とか落席は免れた、が。

光柱が<the third moon>に最接近してものの1分もしないうちに、光柱がこちらに向けて跳ね返されてきた。幸い<ウロボロス>を狙った訳ではなく、そのまま弾き返されたような格好で発射点=<ミョルニル>発射装置へ真っ直ぐと迸る。流石にシートベルト無しでは二度目の衝撃に耐え切れず、まりもは艦長席から放り出される。
「っ!……」
咄嗟に受身を取る。無闇に広いブリッジの床を二、三回転がって腹ばいの状態で止まるまりも。

そんな状態でも鎧衣姉弟は冷静かつ迅速なオペレーションの手を休めない。
「<ウロボロス>、敵によるミョルニル反射攻撃からの直撃は回避、周辺通過の高エネルギーの放射に伴う装甲被弾、ごく微少。装甲板による 放熱・熱吸収は順調。実質被害はない模様です」
美琴が状況報告を述べ終わる頃には衝撃も納まり、まりもも館長席に着席し直した。
「まったく…律儀にミョルニルを投げて返すことないでしょ。…今のうちに全速前進」

咆哮にも似た加速の響きを鳴らしつつ、<ウロボロス>は穴の開いた敵集団の中央へ突進する。
突進しながら<ウロボロス>本体側部射出口から遠隔操作型無人移動砲台を一斉射出、その数およそ数千に及ぶ。それら全てを副艦長のまりもと<武御雷>副搭乗員の社霞が分担して遠隔操作を かける。
戦力の絶対数では明らかに不利に見える<ウロボロス>だが、その戦力差を驚異的な遠隔操縦戦術と<ウロボロス>自身の火力で補っている。この調子で進めるならば、<the third moon>も遠くはなさそうだ。

   *   *   *   *   *

<ウロボロス>が<the third moon>に向けて全速力で突撃している最中。
格納庫中の渡り廊下を歩く俺を、誰かが呼ぶ声が耳に入った(単に俺がぼんやりしてただけだが)。
振り返った先には遙さんと水月さんが二人並んで立っていた。
「えっと、俺、ですか? 呼びました?」
「うん…あのね、ちょっとわたしの手を、握ってみてくれるかな?」
「……あ、えっと、はい?」
遙さんの唐突な申し出に、俺は戸惑いながらも手を差し出した。遙さんの衣装が衣装だけに、何かアイドル歌手と握手するような気分だ。そう考えると何か、少し緊張する。

遙さんが軽く力を入れて俺の手を握る。
「わたしが、いいって言うまで離さないでね」
そう俺に念を押すと遙さんは目を閉じて意識を集中する。と同時に俺の耳の中で確固とした時計の針の音が響く。遙さんの手が、いや俺の掌に何か温かいものが流れるような感覚がした。

瞬間心の中に見えた、柱時計と懐中時計のシンクロ。
今までばらばらの時を刻んでた時計がその瞬間に秒針の動きまでしっかりと同期する。
確かな感覚。心地よいリズム。

見回してみると、俺の周りで白い綺麗な羽根が舞い踊っていた。これは、遙さんの、翼…?
遙さんの背中から本当に綺麗な翼が生えていて、その翼が優しく俺に触れる。ちっぽけな言い回しだが、本当に目の前の遙さんが天使のように見えた。
少しの間惚けていた俺だが、遙さんのひと声で再び我に返った。もう時計の針の音は耳の中では聞こえなかった。
「うん、もういいよ、武くん。ありがとうね」
「あの、えっと、俺、何が…何を?」

自分でも何がどうなったのか全然分からない。格好悪いが少し狼狽えてしまった。遙さんの手と翼は俺から既に離れていた。あの心地よい感触が名残惜しい。
「武くんには、わたし達の持っているような特殊な力、<祝福>を導き出してその人の中に形作ってあげられる力があるの。例えば、道に迷った人を案内する地図みたいなものかな…水月?」
「なに、遙?」
遙さんは俺の手と水月さんの手を触れ合わせた。俺の耳の中で、再び強い時計の針の音が響く。

次の瞬間、水月さんの短髪が一気に伸び始めた。肩までかかって、胸元を通り、腰にまで届いて。
「え、何よこれ、ちょっと……もしかして、これって?」
「そう、武くんの『調律』の力だよ。水月が本来持ってる<祝福>の、再定義…はい、水月」
遙さんから水月さんに、お誂え向きの髪留め用ゴムが手渡される。水月さんはすぐさま手に取り、何の迷いもなく大きなポニーテール(何か矛盾した言い方って気もするが)を結わえる。
さっきの短く切り揃えた髪型も格好よくていいけど、こういう髪型も似合うんだなぁ。
「うん、水月はやっぱりこの方が可愛いよ……ね、武くん?」
「ちょっと、遙っ…あ、あはは、武くん、無理して褒めなくていいからね!」
「ええ、俺もそう思います…いや、マジで、水月さん美人だから何でも似合いますよ」

そう答えると二人は半ば真剣に、しかし嬉しそうに俺を励ましてくれた。
「武くん、そういう言葉はあたしよりも先に、言わなきゃいけない人がいるでしょ?」
「そうだよ。武くんが持ってるその力で……純夏ちゃん、連れて帰らなくっちゃ」
やっぱ女の人って強いんだなぁ、土壇場では。俺一人だったら、こんな時絶対に頑張れないよ。
多分女の人って、自分にとって大切なものを明確に持って信じられるんだと思う。男と違って。

なんて思ってるその時、ブリッジからの音声が大声で流れた。艦長、まりもちゃんの声だ。
『<ウロボロス>、敵目標突入2分前。総員戦術機搭乗の上突撃準備開始!』
俺たち三人は、急いで持ち場に戻って駆け込んでった。

   *   *   *   *   *

<ウロボロス>が<the third moon>に直撃し自らの体内から5機の戦術機を吐き出した頃。
< the third moon>中枢部、華美な装飾の広間ベアトリーチェの宴座が些か賑やかしくなる。

「頼子様、<ウロボロス>がペトロの門を突破し、<the third moon>に特攻。第二層まで貫通。中枢に向けて例の戦術機5機が突入しております」
幾重にも手足に艶消し革輪を施錠した有紗が報告する。絹のように滑らかな黒い長髪が物憂げな表情を演出する。

「現存の人類に未来などない。ただ絶望あるのみ…思い知らせてくれよう」
続いてスーツにハットで気取った道化の姿をしたミハイル・アレクセイヴィッチが嘲う。

「誰も私を幸せにしてくれませんでした…ずっと想ってた、鳴海さんも。彼が涼宮さんを選んだというのであれば、私も二人に贈り物をしなければ。…『とこしえの終末』を」
眼鏡を輝かせて看護婦・穂村愛美は広間の主・神無木頼子を見つめる。頼子は冷ややかな微笑を浮かべて小さく頷く。

「私は、頼子様のために身も心も捧げました…何なりとお命じ下さいませ」
体に密着した半透明のボディスーツの上から、体の要所を隠すようにリボンを巻いた水代(みず しろ)葵は妖艶な笑みを浮かべて頼子に寄り添う。寄り添われた頼子はおよそ場違いな純白の豪奢なドレスを庇いながら葵に肩を貸し涼しげに笑う。

「私たちに刃向かった愚かな正典の守護者達に、<the third moon>という名前の煉獄を差し上げま しょう。そして人類に真の智恵の実を与えましょう…皆さん、後ほどまたベアトリーチェで」

   *   *   *   *   *

同じく、<ウロボロス>が<the third moon>に突撃し外壁装甲を食い破っていた頃。

ベッドから半身を起こした白の寝間着姿の冥夜は、微かに顔を顰めながら薄闇の病室のベッドから身を起こした。
「私は……眠って、いたのか。このような非常事態に。そんな場合ではない、私もタケルと共に…」
ひどく鈍重な動作で傍らに置かれた皆流神威を手にとり、寝間着姿のままベッドから脚を下ろす。そして床を踏みしめ歩き出そうとして…無様に転倒してしまう。踏みとどまることはおろか、受身さえも取れない状態。体は正直だ。

気持ちだけが先走って冥夜は柄に無く焦りと苛立ちを顔に浮かべていた。
既に今の冥夜には戦うどころか、常人のように立ち上がることすら困難であった。スミカから受けた負傷は、彼女の御霊とでも言うべき生命の根幹を確実に奪い、削り取っていた。しかし、冥夜はそれを認められない。認めたくない。
不恰好に這いつくばったままでも、皆流神威から手を離すことなく少しづつ前へ、前へ。

「私には、わかる……タケルが今、苦しんでいる。私が、私は……」
行かなければならない。自分の想い人を守るために、自分に心からの笑顔を始めて与えてくれた「彼」を助けるために。自分が自分でいいと肯定してくれた、大切な人のために。例え自らの命に代えても。
「……何をしている、冥夜…この体よ…」
『お前、やっぱりこの世界でも、自分のことは後回しなんだな……』
冥夜の前に人間の足が立ちはだかる。言われたようなことなら自分が一番わかってる、だけど、行かせて欲しい。
自分よりも、自分の愛する人に、幸せになって欲しいだけ。その想いを守り実行する機会は今が最初で最後になる。だから…だけど…

「…その声、タケルか? だが、タケルは、確か……?」
『まぁ、間違ってはいないけど……お前の知らないタケル、ってとこかな』
部屋の照明が点る。浮かび上がった姿は黒鉄猛のものであった。軍服の所々に赤い染みや刀傷などが多数あり、 凡そ軍服と呼べるような代物ではなかった。しかし、改めて彼を見れば、白銀武の面影がそこここに見える。
猛は冥夜の両脇の下から手を入れて冥夜の半身を抱え上げ、向きを変えて床に座らせた。
「お前、自分の体がどういう状態か、分かってるのか? …そのまま行けば、死ぬぞ」

しかし冥夜は気圧されることなく向き直り猛の眼を真っ直ぐ見据え、言葉を返す。流石に体の衰弱が進んでいるせいか、語気は弱々しいが。
「私は御剣家当主…この戦、臥して見過ごしている訳にはいかぬ……行かせては、貰えぬか?」
「…『俺の冥夜』も、そういう奴だった。止めたって行くってことも、分かってる」
猛の瞳が幾分細まり、何かを懐かしむような哀しげな笑みを浮かべる。冥夜の目線が一瞬泳ぐ。続けて一言。
「あいつも、今のあんたみたいな思いで、あの時俺を宇宙(そら)に送り出そうとしてたんだな」
「…そなた、何を……?」
「本気で好きなんだな、あいつのこと。…あいつが純夏を選んだっていうのに、それでも」

見透かされたような一言に冥夜は少なからず動揺の色を見せてしまう。御剣家当主とは言え、色恋のことにかけては耳年増なところがあるだけで、寧ろ彼女の想いの中枢にあるのは純粋な少女のそれに近くて。
更に今の冥夜は、武の選択の結果を知ってしまっていて。思いを自分から言えなくて。選ばれなくて。悲しくて。 伝えたくて。悔しくて。いっそ面と向かって別れの言葉でも交わしているならば、まだ…
「!! 分かってる、タケルは、タケルは、純夏を救いに…だから、私は、せめて二人のために、と……私だって 分かっている、純夏の、邪魔は……」
不意に目から一粒の滴が流れ落ちる。冥夜は小さくかぶりを振って頭を落とす。滴は止まることなく床に落ちる。 一滴、二滴。思わず手で顔を覆う冥夜。皆流神威を手にしたまま。そんなことにも形振り構わず。
自分でも分からない。いや、本当は分かってるのかも知れない。だけどやはり、失恋したとはまだ思いたくない。 好きだから。結果がわかっていても、やっぱり、自分の選ぶ道は同じで。でも、何故か涙が止められなくて。
「……っ、…ぐっ……ぅ……」

そんな項垂れた冥夜の頭を猛の手がゆっくりと撫でる。少し荒れて傷のついた大き目の手が、冥夜の頭の上にそっと置かれる。
「俺の命の最後の灯火をお前に移してやる。…どうせ帰る場所もない俺だ。せめてこっちの冥夜だけでも、幸せにしてやらねぇとな…」
その一言に思わず冥夜は顔を上げた。泣き腫らした顔もそのままに。
「目を閉じろ。俺の最後の力でお前を『調律』してやる…その後何が起きても、迷わずお前は武のもとへ急いで向かえ。いいな」
武の下へ赴き助けとなれるならば本望。今の冥夜に、猛の言葉を断る理由はない。

今の台詞が猛の最期の言葉とも 知らず、冥夜は力強く頷いて猛に『調律』を促した。

(第十一章・おわり)
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