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「俺が望むマブラヴ」〜私が渇望し、希求したマブラヴのかたち〜

第十章・前半

「人間は天使でもなければ獣でもない。だが不幸なことに、人間は天使のように振舞おうと欲しながら、まるで獣のように行動する」

ブレーズ・パスカル

   *   *   *   *   *


幸運なことに、目が覚めるとそこは花畑でも三途の川でも天国でも地獄でもなかった。
白い、天井。よくある病院かどっかのベッドの上ってやつだ。どうやら俺は純夏の最後の一撃で死んだりせずに済んだらしい。とりあえず、安心した。
安心すると人間現金なもので、急に喉が渇いてきた。少し腹も減ってきたが、取り敢えず息苦しいのでせめて水でいいから一口口にしたい。ゆっくりと体を起こし、ベッドの上で上体を起こし周囲に水差しが ないか探す。ない。水差しがありそうなテーブルの上にも、水差しはない。
真っ白で殺風景な病室。俺は昔から、この場所が嫌いだ。 そういや昨日の夜、夢を見て思い出したが、あいつ(多分冥夜だと思う、昨夜のあの反応を見ている限り) にプロポーズして、一緒にどこか、そう、手をとってどこかに連れて行こうとした後、こんな感じでベッドに寝てたっけ…

コンコン。誰かがドアを控えめにノックする。俺は起きてドアを開けられる気もしたが、敢えてベッドから 出ずに声で応じた。喉が渇いてたため、少ししゃがれた声が出た。ちょっと俺の声じゃないみたいだ。
「起きてるぞ、どうぞ」
入ってきたのは委員長とたま。俺としては予想外の取り合わせだった。
「やっと起きたのね…別に怪我した訳でもないのに」
「タケルさん、飲み物もって来たよー♪」
たまからビンに入った透明の液体を受け取る。水…だよな、これ?
「…そんな顔しなくても大丈夫よ、湧き水を詰めただけだから」
え、俺、そんな怪訝そうな顔してたのか? そんなつもりじゃなかったんだが、そいつは悪かった。
「あ、ああ…じゃ、早速貰うぞ」
俺はビンのコルク栓を取ってラッパ呑みする。んぐ、んぐ、んぐ。ふぅ〜、生き返るぜ。
「タケルさん、ほんとに喉が渇いてたんだねー」
「ああ、丁度欲しかったとこだよ…たま、サンキュ」
自然とたまの頭を撫でる。丁度俺がベッドから手を伸ばすと頭があるんで撫でやすかった。
「えへへ〜♪」

「…っと、そういや、他の連中はどうしたんだ?」
たまの頭を撫でながら委員長に尋ねる。
「……」
意外にも、委員長が言葉に詰まる。ん、俺が倒れてる間に何かあったのか?
「なあ、たま? 他のみんなは何してるんだ?」
「ん、えっと…」
一瞬委員長の方を見るが、委員長が頷いたのを確認して言葉を続ける。
「えっと、純夏ちゃんはあれから意識を無くして休んでて、冥夜ちゃんはその付き添い。慧ちゃんは大事を取って先に白陵柊の方に戻って、それから…夕呼せんせーとまりもせんせーは緊急会議」
「緊急会議ぃ?」
「ええ…結局あの一件があってから訓練は急遽中止になって、先生二人ともずっと会議で…気付いてないと思うから言うけど、もう貴方、三日も寝てたのよ」
二人ともどうにも歯切れが悪い。ってことは、純夏機のアレは、単なる俺への腹いせとか戦術機のトラブルとか、そういう単純なことではないらしい。あいつに何があるっていうんだ?

   *   *   *   *   *

武が意識を無くした日のこと、温泉旅館の離れの個室。

ちゃぶ台にお茶と羊羹が置かれた状況で、落ち着いた黒の軍服姿の夕呼とまりもが向かい合って真剣に話し合っていた。傍から見ると些か滑稽だが、当の二人には浮ついた様子はない。

「…まりも、何でまた鑑をアレに乗せたりしたのよ? あんただって、鑑のことは…」
「夕呼…いえ、香月司令。その鑑さんの件なんだけど、私のところには最終決議が回ってないわ」
「でも、あんただって社と一緒にプリエのコードを見てたんでしょ?」
夕呼はかったるそうに答えて楊枝で羊羹を一切れ取り口に入れる。甘味に少し口許が緩む。まりも は大き目の湯飲みに手をつけ、お茶を一口啜ってから夕呼の問いに応じる。
「私が見たのは、コードの前半…ベースになった涼宮さんの概要だけよ。それ以上は私の目では追いきれない量だったんだから」
「そう…まあ、いいわ。取り敢えず今は白銀も『まだ』なんだし、鑑をあまり刺激しないように」
「……だったら、最初から鑑さんを連れてこなければ良かったんじゃないの?」
質問に対する夕呼の答えは、あからさまな溜息だった。視線が少し怖い。
「はぁ…あんた、鑑ひとりをどこに保護して貰うってのよ? 例の戦術機だって鑑がここにいるからわざわざ三機もお出ましになったんじゃないの? しっかりしてよ、副指令」
まりもは少し拗ねた顔をして羊羹を頬張る。楊枝を使わずに手で直接摘んで口に運び、そのまま大 口で。夕呼はそんなまりもを気のない視線で見つめながら内心不安を覚えていた。
(シオンが使えない状況で、あの子が<覚醒>したら…誰も止められないでしょうね)

   *   *   *   *   *

武が意識を取り戻す前日、純夏の病室。
ベッドに横たわって動かない純夏の隣で、冥夜は椅子に腰掛けて黙って純夏を見守っていた。
そうして見守りながら、冥夜は過去のことを色々と思い出していた。

小さい頃に御剣家の諸事情により柊町のある家庭に預けられ、そこでひとりの男の子と知り合っ たこと。彼と過ごした、細やかながらも心から楽しんだ日々。小さな公園。お別れの夕日。
そんな淡く懐かしい日々の思い出。地位も名誉も肩書きも必要とせず、自分のものと胸を張って言える、小さな硝子細工のような思い出。大切な思い出。
冥夜は自分の立場と決意を改めて自覚しながらも、甘美な思い出に暫し身を浸していた。

「ん、…んん」
どうやら純夏が目覚めたらしい。冥夜は椅子から立ち、純夏の傍に歩み寄る。
(やはり私は、この世界を救わねばならぬ。御剣の名にかけて、<kanon>を背負う者として)
心の中で今一度、お気に入りの硝子細工の思い出を、心の棚の「御剣冥夜」の段にそっと仕舞う。
そっと手に取り、眺めることしか許されない。それが彼女の、心の中の硝子細工。今一度心の棚に鍵をかけて、「御剣家当主」としての自分に戻る…

「ん、…あ、御剣、さん……?」
「大丈夫か、鑑?」
「うん、ありがとう…」
純夏は答えながらベッドから上体を起こす。色気のない白いパジャマ姿が必要以上に病弱な印象を与える。冥夜は手を添えようとしたがやんわりと仕草で断られた。黙って直立し純夏が起きて向き直るのを待った。
「あのね、御剣さん…わたし、質問…しても、いいかな?」
「あ、ああ。私に答えられることなら、何でも聞くがよい」

その答えに安堵したのか、純夏は穏やかな表情で冥夜に言葉を紡ぐ。
「御剣さん……昔、子供の頃に、タケルちゃんがプロポーズした相手だよね?」
「!!…な、鑑が、どうしてそれを…」
「やっぱり、そうだったんだ。時々、タケルちゃんが夢で見たって言ってたから…女の子とお別れの場面だっていうから、わたしの筈はないし…それで、何となく」
(どうして目の前で鑑はこんなに安心した顔をしていられるのだろう?)冥夜は疑問に思った。
冥夜には初対面で純夏の抱いている気持ちがすぐに分かった。自分と似たものを抱えている彼女。
そんな純夏が安心した顔で自分に向き直ることが嬉しくもあり、悩ましくもあった。

「でも、鑑、そなたは昔から…」『やっぱり御剣さんは今でも、』

二人が同時に口にした言葉。それはお互いの意思表示か、ライバル宣言か。

「タケルのことが好きなのであろう?」『タケルちゃんのこと、好きなんだよね?』

言い終えると、二人はお互いを見つめながら屈託のない笑みを漏らした。
「やっぱり、そうなんだね。……うん、ありがとう、…冥夜」
純夏は言い終えてから気づき、
「あ、ごめん、その……」
「冥夜でよい」
言い直そうとしたが冥夜に最後まで言わせてもらえなかった。寧ろ冥夜は喜んでいた。
「私はそなたの胸のうちに触れた。想いは同じ、それなら今更私に遠慮はいらぬ。冥夜でよい。
もちろん、そなたが呼びやすい呼び方が他にあれば、それで構わぬ」
「……それなら、私のことは『純夏』だね。じゃ、改めてよろしくね…冥夜。多分、わたしたち、ちゃんとした自己紹介って、初めてだよね?」
「ふふ…それもそうだな。すまない、かが……いや、純夏」
二人はお互いどちらからともなく手を差し出し、柔らかく握手を交わす。二人ともいい笑顔で 暫しの間握手を続けていた。

そして握手を離さずに、純夏は冥夜の目を見て口を開く。
「わたし…」
ツーツー……冥夜の時計から通信音が鳴る。
「冥夜様、只今ですが、宜しいでしょうか」
「あー…」腕時計の通信に応答しながらちらりと純夏を見やる。純夏は無言で頷いて答える。
冥夜も目礼を返して病室を後にする。
「分かった、直接そちらに赴く。場所は何処だ?」
病室の扉が些か慌しく閉じた後、純夏は力なく溜息をついて項垂れた。
「わたしには、もう…時間がないみたい。だから、冥夜……タケルちゃんのこと、お願いね」
頬を伝って零れ落ちる涙。一滴、もう一滴…

   *   *   *   *   *

その後、地下病棟に収容された白銀武は身体的問題が検出されなかったので、夕飯の後には元通り地上の温泉旅館へと帰された。夕飯だけは、時間の都合上病院規定の夕食を摂らざるを得なかったのだが…
「いや、確かに俺、晩飯頼んだけどさぁ…」
俺は流石に(病院の夕飯だけでは)腹が減ったので、旅館の食堂に顔を出して何か夜食になるもの をもらえないかとねだった。そこで出てきたのが、富士山も顔負けの山盛りカツ丼。
「なんだい、まだ足りないのかい、タケル?」
食堂(時間によっては売店の売り子も兼ねてる)のおばちゃんは恰幅のいい体を揺らして俺の前に立つ。おまけに両手を腰に当ててるもんだから、本人にその気がなくても必要以上に威圧的に見えてしまう。聳え立つ巨大な山岳を思わせる体格だ。

「あ、いや、そういうんじゃなくてさ、ちょっと、少なめに…」
「何言ってんだい、あんた男だろ、そのくらい食べなきゃ一人前の衛士にゃなれないよ!」
そう言っておばちゃんは勢い良く俺の背中を叩く。って、いてぇって、マジで叩いてるだろ!
「痛いって、おばちゃん…あ、あつ、あつっっ!!」
さっきおばちゃんに叩かれた勢いで、手に持った丼からカツ丼の汁が溢れて手にかかっちまう。
これ、本当に残り物なのか、おばちゃん? めちゃめちゃ熱いって。出来立てだろ?
「あっはっは、タケルはまだまだだねぇ…あんたがそんな甲斐性なしじゃ、純夏ちゃんも冥夜ちゃんもお嫁さんにするにゃぁ、全然釣り合わないよ。ほら、もっと頑張んな!」
「……そ、そんなんじゃねーって、二人とも!」
「あっはっはっは! 若いっていいねぇ…ほら、丼貸しな。よそい直してあげるよ」
俺が熱くて落としそうになったカツ丼の丼をおばちゃんは素手で平然と運んでった。つーかおばちゃんって、何者だ?
普通の人間じゃねーだろ、マジで…あと、激しく勘違いしてるぞ。俺とあいつ等のこと。

   *   *   *   *   *

結局、普通のカツ丼を出してもらって(いや、夜食でカツ丼は普通じゃないんだけどな)食後に縁側でひと涼みする。全く、あのおばちゃんは気前はいいんだけど、容赦がないんだよな。

なんて思いつつ、カツ丼食って火照った体が丁度冷えてきた頃、廊下を歩く足音が聞こえてきた。
「ん…? タケルか、どうした、こんな所で?」
「ああ、ちょっと、夜食食いすぎたよ……」
廊下で縁側に向かって腰掛ける俺の隣に、冥夜が座る。心持ち空気が暖かくなった気がする。
それとも、俺が暖かくなってるんだろうか。

月明かりだけが俺達を照らす中、冥夜が俺を見る
「タケル、そなた…戦術機を使いこなせることに、疑問を感じたことはないか?」
「いや、別に…あれって、ゲームみたいなもんだったからな、最初は」
「ゲーム? …ああ、あの娯楽式軍事教練プログラムのことか。そうか…なら、最初から戦術機がなければいい、とは思ったことがないか?」
今日の冥夜は、心持ちしんみりした雰囲気が漂っている。何かあったのだろうか。
「質問の意味がよく分からねぇけど、あってもいいんじゃねぇのか? そもそも、何か目的があって作られたものだろ? なら、その目的のために使ってやればいいじゃねえかよ」
「………」
冥夜は笑ってるのか泣いてるのかよく分からない微妙な表情を浮かべて、俺の言葉を受け止めていた。何だろう、この今にも俺の目の前から消えてしまいそうな、儚い顔は。
「そりゃ、戦術機って呼ぶくらいだから、戦争のための道具なんだろうな。それに、俺は、戦争の悲惨さをテレビとかでしか知らないし、現実として理解できてないと思うぜ。でも、その、何だ、<エデン>って連中が自分の住んでる町で暴れるのは納得いかねぇし、許せねぇ」


「ほう……なら、戦術機を持たぬ汝が、吾等<EDEN>にどう立ち向かう?」

>>つづく
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