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「俺が望むマブラヴ」〜私が渇望し、希求したマブラヴのかたち〜

第八章・前半

「人間のことをあの人は善い人だとか、この人は悪い人だとか、そんなふうに区別するなんてまったく 馬鹿げた話ですよ。人間は魅力があるか、さもなければ退屈か、そのどちらかですからね」

オスカー・ワイルド

   *   *   *   *   *


武と<御門武>が<蛇の尻尾>と交戦している最中。

地上の慧と千鶴は目に見えて苦戦していた。目の前の戦術機<獅子の頭>の圧倒的な近接戦闘力もさること ながら、二人の歩調の悪さにもその原因はあった。千鶴が射撃に入ろうとすれば慧が近接線距離に入って交 戦し、慧が離れて射撃を開始すると対面から千鶴の射撃が慧の近くを掠めたりする。
まりものリアルタイムでの指示がなければ、どこかで同士討ちしていてもおかしくない状態だった。
<獅子の頭>側もそれを承知してか、着陸当初見せた訓練場=温泉旅館への攻撃を一切中断し、可能な限り 慧との近接線に持ち込もうとしていた。
『ふふふふふ…見つけたよ、慧。まさか君が国連の側に立って、僕に立ち向かうとはね』
微かに狂気を孕んだ通信音声に、慧は即座に反応した。映像に映ったのは、眼鏡をかけた白衣の男性医師。
「……あなた、まさか?」
『ははは、そうだよ、慧。昔君達と家族同然に暮らし、君を欲した、僕だよ』
「……!」
慧は近づいてきた<獅子の頭>に対して<吹雪>の手のブレードを振りかざす。しかし元々彼女が駆っている <武神>とは力の勝手が違う。力任せに振るった一閃も篭手上の大きな腕に受け流されてしまう。
「くっ……!」
『どうしたんだい、慧? まさか、僕が憎いなんて言い出すんじゃないだろうね?』
最早彼女の操縦に精彩は見られず、力任せにブレードを振り回しては相手の篭手に軽くいなされるだけ。
ここまで来ると子供と大人の喧嘩に等しい。
「つっ……!」
『そんなに憎いかい、僕のことが?』
「……」
何度も何度も力任せにブレードを振るうが、受け流されるたび消耗するのは慧の振るうブレードの方だった。<獅子の頭>の機体には傷ひとつつく様子がない。
『君のお母さんが作り上げた最新戦術機<武神>を手土産に<eden>へ寝返った僕が、そんなに憎いかい?』
「……黙って」
『でも、考えてごらん、慧。既存の秩序や組織が君の味方をしてくれたかい? お母さんだって、<武神>の不始末を問われて反逆罪に処せられて、冷凍刑なんだろ?』
「……貴方のせいでしょ」
『…それは、違うね。僕と、君で、見解に相違が生じただけさ!』
それまで繰り返していた児戯を放棄し、<獅子の頭>が豪腕で慧の<吹雪>を殴打する。慧機<吹雪>は左上 腕部に拳の直撃を受け大きく吹き飛ぶ。受身を取ることも出来ず背中から地面に落下する。
「ぐっ……」 慧の口許に朱いものが浮かぶ。先程の衝撃で口内を切ってしまったらしい。起き上がろうとするが片腕にしか 動力が回らないため、うまくいかない。千鶴機が機銃で相手を足止めしながらこちらに回り込んで来る。機体が倒れた慧機の傍に立った時、呆れ声の音声通話が慧に呼びかける。
『……言ったでしょ? 何でも一人で解決できる訳じゃないって』
「……」
慧は答えない。不承不承ながらも千鶴機は慧機の両脇を抱えるようにして抱き起こそうとする。

<先生、患者の準備が出来ました>
<……よし、多少手荒に行くがご了承願おうか>

慧は千鶴機からの暗号化通信が拾われたのを察知した。これは、まさか…
視点を千鶴機から正面に戻すと、ニードロップの格好で落下してくる<獅子の頭>機影が目前に迫っていた。
「ちっ……」
慧は誰に対するものか分からない舌打ちをして赤いものが混じる唾液を飲み込んだ。

   *   *   *   *   *

「…あんたが訊きたいのは『俺のあの世界での役割』か?…『オルタネイティブ4が失敗した世界の行く末』 か? それとも…<楽園の蛇>と涼宮姉妹の関係か?」
孝之たちは黙考し、質問を返さない。猛は相手の返答を待たずに喋り始める。視線は水月に向けて。
「あんたにも事実を教えて欲しい、そう言われたが…どこまで知ってるんだ?」
有無を言わせない視線に一瞬たじろいだものの、水月は怯むことなく応じた。
「あたしが知ってるのは…遙が新たな人類の『雛形』で、孝之がその雛形を『調律』できる唯一の存在で、<楽園>が望む世界と人類を創造するために必要な存在。そのくらい…かしら。正直言ってシオンにどれだけの価値があるのか、今あんたが言ってた話は詳しく分からないわ」
「上出来だ。まあ、そこにちょっと補足をしておこうか」
猛は口許を綻ばせながら会話を続けた。遙と孝之は黙って頷く。

「1998年8月27日…あの日、涼宮遙が事故に遭ったのは偶然なんかじゃない、と言ったらあんたはどう思う?」

「それって…私が孝之に指輪をせがんだからとか、孝之が少し遅刻しちゃったからとか、そういう意味じゃ ないわよね?」
右手で左手の指輪を大事そうに隠して聞き返す水月。猛は宥める様な手つきを水月に見せる。
「勿論違う。遙の交通事故は<楽園>の計略だ。『雛形』を手に入れて自分たちで『プリエ』を産み出そうと、わざわざ事故を起こして遙を自分の配下の病院に入院させた。そこなら外部の邪魔もなくじっくり遙を解析で きる。<楽園>としては上出来の筋書きだった訳だ」
「な、なによそれ…でも、あんた、さっき、孝之が『雛形』を『調律』できる唯一の存在だって…」
猛は軽く驚いて口笛を吹いて水月を見つめる。心なしか嬉しそうな表情を見せている。
「いい線ついてるな。そう、遙だけじゃ『調律』は出来ない。孝之が必要だ。『調律空間』を産み出すシオンの助力も必要だ。シオンがどこにあったか、思い出せ」
「……『すかいてんぷる』。って、孝之のバイト先じゃない!」
「そうそう。あんた、なかなか頭が切れるな…シオンと孝之が結びついた。あとは遙だ。三つのカードを集めようと躍起になってたのは、何もあんたが手を貸してた<楽園>だけじゃない。<化石の歌>、通った名前で <カノン>という国連絡みの機関も一枚噛んでた。そこには大空寺・御剣両家が随分入れ込んでるらしい」
「!!」
不意に出てきた「大空寺」という名前に孝之が驚く。
「おい、その大空寺って…」
「何だ、知らなかったのか? 大空寺グループの系列だろうが、『すかいてんぷる』…って、この町の住人のあんた達の方が知ってるんじゃないのか、この辺り?」
猛が半ば呆れたような声を出して孝之を見る。だがすぐに正面、ベッドで半身を起こす遙に向き直る。
「まあ、その辺の事情は兎も角として、停滞してた遙をそこの孝之くんが長い長い時間かけて『調律』し、 三年かけて目を覚まさせたっていうのが、あんた達三人にとっての現実だったわけだ」

「で、なに、遙は孝之の『調律』のおかげで、前にもまして甘えん坊になったわけ?」
半分呆れたような顔をして水月は遙を眺める。続けて、半ばからかっているような声色で、
「さっきだって、『え、な、なんで水月なのぉ〜? ひどいよ、水月ぃ』って、泣きそうな声出してさ」
「もぉ、水月…いじわるだよ〜。孝之くん、何か言ってよぉ〜」
遙が大人気なく拗ねる。水月と孝之は同時に噴出し笑いを漏らす。
猛は和やかに笑いあう三人を見守りながら、窓の外を見た。夕闇が次第に夜の帳へと姿を変える頃合い。
その闇の向こう側を睨むようにして猛は三人から視線を完全に外した。そして一人物思いに耽る。
(『雛形』から産まれた『希望』があいつとはな…最後の最後まで会えない訳だ)

   *   *   *   *   *

(ワタシはあなた、『鏡のなかの鑑純夏』、だもの)
冷たい薄笑いを目の前にして、純夏は体に強烈な寒気と震えを感じた。思わず体を両手両腕で抱きしめる。
(ねえ、折角だから、ちょっと、外でお話しない?)
促されるままに立ち上がり、足を運んでいたらいつの間にか温泉旅館の外に出ていた。気がつくと 戦術機の剣戟音、銃撃音が時折強風のように純夏の体に当たっては響く。「聞こえる」とか「煩い」 といった範疇より更に音量が大きいと、こうなるのだろうか。初めて感じる音の感覚。

正面に目を向ける。旅館の裏口から出た庭園の大きな池にかかる石橋、その上に「彼女」の姿があっ た。自分じゃない、鑑純夏。髪形も顔の作りも同じ、だが漆黒の長髪と体を包む黒のボンテージ姿 だけは彼女自身と大きくかけ離れていた。
「あなたって……誰なの?」
「純夏って、つめたーい。せーっかく、こんな危ないトコ会いに来てあげたのに、そォゆう事言うワケ?」
「……わたし、貴方なんて知らないよ?」
内心の恐怖を押し殺した低い声で答え、険しい表情で黒髪の純夏を睨む純夏。黒髪の純夏は意味ありげな微笑で険しい視線を受け流す。
「ふーん…まあいいわ。私の事はスミカってことで」
スミカは右の人差し指だけ伸ばした右手を空中でくるくる回しながら小股で純夏に歩み寄ろうとする。

「じゃあ、私がタケルちゃんを貰っても、いいんだ?」
「な、何よそれ…大体、何で貴方がタケルちゃんを…」
回していた右手が純夏に向けて伸ばされ、人差し指が純夏を指す。スミカが浮かべる不適な笑み。純夏が一瞬たじろぐ。彼女が向ける視線は、どこかで見たような、自分の視線。
「私はあなた。…あなたが好きな人なんだから、私も好きなの。当然でしょ?」
「な、何よ…わ、わたしはタケルちゃんの幼馴染みで、そんな、好き、とか…」
純夏の視線が次第に正面から外れていく。段々と俯き加減になり、言葉を口にするのが辛そうになる。
「あーらら、そこで我慢しちゃうんだ? そうやって寂しい気持ちになったら、また夜中に疼くよ?」
「……っ!!」
言い当てられてか、思わず拳を握り頬を赤らめる。しかし視線は合わせようとしない。見透かされてる。 本当に自分の鏡像と見詰め合っているような視線が怖い。これ以上、心の中をこの娘に喋らせたくない。

まだ、本心は形にできない。壊れるのが怖くて。今の距離が心地よくて。でも、大好きで。

きっと睨むとスミカは肩を竦めてにやにや笑う。
「ふふふ…図星みたい。可愛い顔して、むっつりさんねぇ〜」
「な、何よ…貴方に何が分かるのよ? 知った風な口きかないでよ!」
思わず語気が荒らぐ。気持ちが昂ぶって熱くなる。拳に一層力が入る。同時に胎内の疼きを感じる。
「分かるわよ…彼が欲しいんでしょ? 自分に素直になりたいんでしょ? でも、積み重ねた時間が怖い。 積み重ねた思い出が壊れるのが怖い。人間、それ以上が欲しいけど今持ってるものは無くしたくない」
冷ややかな笑いと視線が純夏に向けられる。スミカの言葉一つ一つが浸透してくると、純夏の中で昂奮 の矛先が目の前の黒髪の自分の鏡像ではなく、自分自身へと向かっていく。言葉に詰まる。
「…それとも何、突然現れた『御剣冥夜』に愛しのタケルちゃんを掻っ攫われていい訳? 今のあんた じゃ、あのお嬢様に何一つ勝てるものないよ?」
「……」
そこまで言うとスミカは純夏に背中を向けて裏庭の奥へと歩き始める。純夏の返答を待たずに。
「自分に正直になりたかったら、私に呼びかけて。……純夏の背中、押してあげるから」
背中を向けたまま囁いたスミカの言葉は、今まで純夏に向けられた声の中で最も暖かく柔らかだった。 思いもよらない暖かい言葉のせいか、純夏は立ち尽くしたまま黒髪が見えなくなるのを見送った。

   *   *   *   *   *

慧の機体が<獅子の頭>に蹂躙される寸前。
冥夜と<武御雷>は目の前の敵、<山羊の胴>を捉え切れず戦闘が膠着していた。

「俺はどの敵に向かえばいいんスか?」
『そうね、地上の榊・彩峰両機のフォローに回って…御剣機は現状五分ってところ』
「了解!」
通信状況からして、武は既に敵を片付けて移動を開始したらしい。こちらもいい加減決着をつけないと地上の榊・彩峰両者の苦戦は免れないだろう。
「くっ!…一撃で仕留められようものが、その一撃さえままならぬ。何という速度だ」
自身を取り巻く円環のレール上で操縦桿を滑らせ<武御雷>で敵に飛び掛る。しかし<山羊の胴>は背中の翼を広げて素早く飛翔し一閃をぎりぎり回避し続ける。交戦開始からずっとこの調子。

『御剣機、飛び道具は装備してないの?』
「神宮司教諭…しかし、それでは…」
通信に応答しながらも冥夜は敵の動きを目で追い、隙あらば一閃を決められるよう構えている。
『いい、御剣さん? 武士道も確かに大切だけど、今のままじゃ埒が明かないでしょ? 飛び道具がある んだったら、足止めに使うだけでも使って。このままじゃ地上の榊・彩峰両機が持たないわ』
「…了解した。確かに、私の片意地で味方が全滅しては意味がない」
応じて、冥夜はコクピット左手壁側にある操作ボックスの蓋を開いた。指一本で押すサイズのボタンが 幾つか並んで配置されている。
「いい加減、鬼ごっこの鬼は卒業せねばな!」
叫びながら冥夜は操作パネルを片手で叩き押した。同時に<武御雷>の腰から錨の付いた鎖が2本<山羊の胴>向けて発射され、更に肩当が上にスライドし中からミサイルが一斉掃射される。

<山羊の胴>は先ず鎖を回避しようと旋回を開始。左に右に小刻みに飛び回って鎖の捕縛を回避していたが、一度向きを変え上昇しようとしたところ追尾式ミサイル数発に捕まり、被弾。怯んだ<山羊の胴> に対し鎖が追い討ちをかけ捕縛。捕まえた。最早逃げ道はない。
「いざ、成敗」
腰から鎖を切り離し、即座にフットペダルを踏みしめる。<武御雷>の背中のブースト噴射が加速。敵 への前進速度を落とすことなく突っ込んで抜刀、一閃。<山羊の胴>左腋から右肩にかけて切断。<武御雷>は加速・抜刀状態のまま敵左手を一気に駆け抜け向き直り空中停止。斬り裂かれた<山羊の胴> は勢いを失って墜落。

「少々手こずったか…」
操縦桿から手を離さず、冥夜は軽く息を吐いた。まりもの通信が即座に飛んでくる。
『御剣機、悪いけどそのまま地上に降りて。彩峰機が押されてるわ』
「了解、<武御雷>着陸態勢」
そのまま<武御雷>は腕組み直立状態で降下、地上の敵を目指す。

>>つづく
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