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「俺が望むマブラヴ」〜私が渇望し、希求したマブラヴのかたち〜

第七章・前半

「世界は粥で造られてはいない。君等はなまけてぐづぐづするな、堅いものは噛まねばならない。 喉がつまるか消化するか、二つに一つだ」

ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテ

   *   *   *   *   *


水月は、突如倒れた遙を何の気なしに眺めていた。遙に止めを刺そうと思えば、今すぐ可能なのに。
先刻自分の知らない筈の出来事が目の前に鮮明に浮かんだことが、躊躇いを生んでいる。
「あたしが、遙を…? 孝之が、あたしを…?」
水月の中の時系列が不意に揺らぐ。考えようによっては水月自身が揺らいでいるからそう見えるのかも知れないが、今目の当たりにしている回想は「彼女が経験した」出来事ではない…筈だ。
あの夏の日々、孝之は誰を選んだのか? 遙、自分、それとも他の誰か…? 自分を選んでくれた孝之と二人で暮らしてそのまま結ばれたようにも思える、遙が選ばれ、彼女の退院の日に泣いて抱き合ってお互いを理解できたようにも思える。

自分が、自分の過去が分からない。孝之が遙を選び、水月は自ら身を引いた。その筈だった。それから街を出て一人でゆっくり自分を見つめ直そうとしていた矢先、<楽園>へと通じる螺旋の回廊が彼女を引き込んだ。
『認識』することで自身を開放し、自身に眠っていた能力<祝福>を開放し、自身の望む<楽園>を築き上げる。 その考えに共感し、心血を注いだ結果<楽園>の幹部的待遇を与えられ邁進していた自分が確かにいた筈。
その自分とはどの自分なのか。孝之に選ばれた自分?選ばれていない自分?どっち?

水月が自分の記憶に混乱しかけていたその時、足許の遙が力なく呟く。
「みつき…おねがい……」
微かに呼びかける遙の声に耳聡く応じる。遙の声が、こんなに優しく聞こえるなんて。
「遙?」
慌てて水月は遙を抱き起こす。意識はあるようだが今にも壊れて消えてしまいそうな感じだ。
「いったい何がどうしたっていうのよ、遙? ねえ、ちょっと!」
「あはは、ちょっと、<祝福>を使いすぎたよ。ひと休みしないと、動けないみたい…」
「遙、まさか、あんた、このまま死んだりしないわよね?」
力のない笑みで遙は応じる。
「多分、大丈夫だよ…今までシオンに頼りすぎだったよ、わたし」
「そう、それなら…」
水月はふと出そうになった言葉に自身で驚き口を噤んだ。
(どうしてあたしが遙の無事を喜んでいるの?)

つい先程まで遙を消して自分だけが孝之の傍を歩けると喜んでいた筈の自分が、いつしか遙の無事を安堵していた。自分でも何がどうなっているのか分からない。でもそう「感じる」ことは事実だ。
遙が弱々しい手つきで水月の首筋に優しく触れる。柔らかく流れるような指使い。不意に胸が高鳴る。
「水月……<蛇>の柵(しがらみ)が取れたね…」
言われて水月は気がついた。いつの間にか首に巻いた歪なチョーカー----首輪と呼ぶべき形のそれ----が 途中で真っ二つに切れて足元に落ちていた。今まで自分は恥ずかしげもなくこんな物を首に巻いていたのか。 今更ながら、自分からそれを着けた事実が恥ずかしく恨めしい。
「遙…どうしてその事を? って言うか、あんたどこまで知ってるの?」
「………」
返事がない。心なしか腕の中の遙がぐったりしているように思える。素早く頸部に指を当て脈を取る。微弱 ながらも脈はある。規則正しく脈打っているから当座問題はないだろう。遙の胸に手を当てる。息はある。
どちらかというと失神に近い意識喪失状態、とでも言うべきか。

「全く、あんたにはほんっと振り回されっぱなしね、あたし…」
遙の頬に軽く口付けして、水月は両腕で遙を抱き抱え立ち上がる。彼女の背後に立つ人影を察知し、水月は振り返らずに口を開く。
「あなた確か、『黒い逆十字』…だったわよね?」
果たしてそこにいたのは、黒鉄猛だった。左手にはライフルを握り気障な笑みを浮かべている。
「あんたみたいな美人に渾名を覚えて貰ってるなんて、光栄だね」
「茶化さないで。あなたの目的は、このあたし? それとも……遙? どっちにしても容赦しないわよ」
「両方、だな。まあ、続きは家の中…で、どうだ? 何も俺だってあんた達を取って食おうって訳じゃない」
水月は黙って頷き、遙を抱き抱えたままゆっくりと歩き始めた。猛もそれに倣う。

   *   *   *   *   *

水月が遙の部屋の扉を開けると、部屋の中にパジャマ姿の孝之が立っていた。
「え、孝之!?」
「……水月? それに、遙? 水月、まさかお前、遙を…」
「……」
「その心配は無い。と、言いたいところだけどな…このままだとちょっとマズい状況だ」
即答できなかった水月の代わりに猛が答える。
「久しぶりにあんたの『調律』が必要になりそうな状況、って言えば分かるよな? 鳴海孝之?」
「あんた、一体誰だ?」
パジャマ姿のまま軍服の男に凄む孝之。だが猛の方は意に介した風もなく孝之の視線を受け流して部屋にあるパソコンの電源を入れる。続いて水月に対し、
「いつまでそのまま立ってるんだ? 早いとこそのお姫様をベッドに寝かせてやってくれ。着替えは後だ」
「え、そ、そうね……」

言われるがまま水月は遙をベッドの上に寝かせる。あの時のように静かに眠る遙。簡単には言い表せないほろ苦い感情が水月の中に流れる。あの三年の間で得たもの・失ったものは甘く優しいものではなかったが、それでも彼女にとっては絶対に手放せないものだった。
「これでいいの?」
「ああ。……ったく、トロくさいネットワークだなおい…」
猛はぶつくさ文句を言いながらも手早くキーボードで指を躍らせ、次々とコンソールを開いては閉じる。
ひとり作業に没頭する猛を横目で見やりながら、孝之は水月の方を見る。彼女の左手の薬指にはあの時の指輪がまだ残っていた。その事を確認できて孝之はなぜか無性に安堵した。水月も孝之の視線に気づき向き直る。
「あ、孝之…」
「……元気、そうだな」
二人の微妙な沈黙と間を打鍵音が埋める。久しぶりに通い合う視線と視線。
「ぅん…孝之も、遙とうまくやってるん、だよね?」
「ああ……お前のおかげだよ。本当、あり…」

何とはなしにいい雰囲気になり始めていた二人の間に割り込んで立つ猛。
「あのなぁ、お前らこの状況で、よく感動の再会シーンやってられるなぁ?」
悪態をつく割に顔はにやけている。『再会を喜ぶのは後にしろ』そういうことなのだろう。
「楽勝って状況じゃないぞ。シオンが封鎖されてる。<楽園の蛇>の差し金…だよな、水月さんよ?」
水月は黙って頷く。猛は肩を竦める。しかしその割に悲観した様子はない。
「<楽園の蛇>って、水月…? それに、あんた…」
孝之の独白にも似た呟きに猛が応じる。
「そういや、さっき、俺が誰だか訊ねてたな。『黒い逆十字』、<楽園>からにはそう呼ばれてる。
その呼び名だけじゃ分からんだろうが、俺の背負った十字架が『オルタネイティブ4』だと言えば、俺が誰だか分かるんじゃないか?」
「!!」

孝之が『調律』世界で見た中で、尤も苛烈で悲惨な世界。
その中で展開されていた作戦が『オルタネイ ティブ4』だった。その世界での『調律』中に感じた無力感が、遙を事故に遭わせてしまった喪失感に似て重く苦々しかったことは今でもよく覚えている。
遙自身が目を覚まさず、遙を目覚めさせるためだと、言われるままに応じていた『調律』でも思うような結果が出せず。
そんな行き詰っていた彼を全力で支えてくれたのが、水月。その水月とあんな別れ方をして、こんな形 で再会することになろうとは。

回想と感傷に浸りかけた孝之を、現実の猛の声が呼び戻す。
「あんたの『調律』ってのは、何もあんたに架空の出来事を体験させ、そのフィードバックとして遙の補修・再構築を図るものじゃない。俺はあんたが『調律』中に見た世界で実在する人間…そういう事だ」
「……」
「? ちょっと、どういうことなの?」
事情を掴みかねている水月が猛を睨むが、その視線は敢無く受け流される。
「悪いが、これ以上の話は後だ。孝之、『調律』はできそうか?」
「……頼まれなくても遙のためなら。ただ、あんたにひとつ頼みがある」
話しながら水月を見やる孝之。猛は余裕のある態度を崩さず応じる。
「まあ、何が望みかは分かるつもりだ。『調律』の後でゆっくり話す、それで構わないか?」
「俺はそれでいい…ただ、できれば、水月にも本当のことを話したい」
猛の口から反駁の声は出ない。孝之はゆっくりとベッドに横たわる遙に歩み寄った。

   *   *   *   *   *

時間は進んで昼下がり。
俺は丁度、温泉でひとっ風呂浴びて湯上りのコーヒー牛乳を堪能しようとガラスケースに手をかけていた。
”緊急事態、緊急事態、本館利用者は速やかに宴会場に集合せよ”
まりもちゃんの声で館内放送が鳴り響く。が、湯上りのコーヒー牛乳は外せない。もちろん瓶牛乳だ。パック牛乳は論外。まあ、フルーツ牛乳って選択肢も悪くないが。
俺は迷わず コーヒー牛乳を手にし、小銭を支払う。外の風呂に行くのに小銭は欠かせない。通なら分かるよな。
「はいよ丁度ね、毎度あり」
恰幅のいいおばちゃんが対応してくれる。この恰幅の良さにはプロレスラーもびっくりだろう。
「あんがと、瓶持ってってもいい?」
「いいけど、ちゃんと返しに来んだよ」
瓶を持った手を上げておばちゃんの言葉に応じると、俺はどこだか分からん宴会場に向かった。


「…白銀ぇ、お前遅れてきてコーヒー牛乳飲んでる場合じゃないだろう。ま、お前らしいけど」
割とこじんまりとした宴会場の襖を開けると白衣に軍服の夕呼先生が腕組みして待ち構えていた。他の連中は一同畳の上に正座して真面目な顔して待機してた。あ、純夏が呆れてる。
「…もしかして、マジで緊急事態ですか?」
言いながら俺はひとくちコーヒー牛乳を飲み、空いてる場所にどっかと腰を下ろす。
「すんません、続けてください」
「……あんた、ほんといい度胸してるわね。まあ、いいわ。私は上と話し合うことが出来たから、あとの現場の事はまりも、よろしく」
俺の到着を待ってただけなのか、先生は足早に宴会場を後にした。後を受けるのは軍服で決めてるまりもちゃん。
「はぁ…結局面倒事は私の仕事なのね…っと、それどころじゃないわね。状況を説明するわ。
緊急事態というのは、本訓練場に対する敵襲。戦術機3機が本訓練場に向けて直線的に向かってるわ。貴方達の任務はその撃退、及び本訓練場の防衛。
<武御雷>及び<御門武>は本練習場に配備してあるから、御剣、白銀両名は自機にて出撃。
榊、彩峰両名は訓練用汎用機<吹雪>にて出撃。
機体数の関係上、珠瀬、鑑両名は訓練場にて待機。
詳細は時間がないから各機出撃後、私が直接指示するわ。戦術機搭乗員は格納庫へ急いで」

俺以外の搭乗員は素早く浴衣のまま移動を開始する。俺は完全に出遅れた格好だ。コーヒー牛乳残ってるしな…
「えーと…格納庫はどっちスか?」
コーヒー牛乳を飲み干し、口元を右手甲で拭って質問。その場に居合わせた全員が俺のほうを見て思い切り呆れる。
「はぁ…行きのバスの中で説明したんだけどなぁ……今、指揮官の威厳を壊された気分…」
(宴会場から専用通路で一直線、って説明あったんだよ…)
純夏がご丁寧に小声で説明してくれる。辺りを見回すと…俺たちの後ろに1番から5番まで書かれた半身程度の高さの扉のようなものが用意されている。もしかしてあれが、あのお約束な飛び込み滑り台のような通路が、専用通路だ というのか?
つーか、まだ残ってるの俺だけだったりして。
「まりもちゃん、俺、何番に行けばいいわけ?」
訊ねながら俺は空になった牛乳瓶を純夏に手渡す。何も言わずきっちり受け取る辺り、さすが幼馴染み。
「白銀くんの<御門武>は2番。はぁ、もう、ちょっとは雰囲気出してよ〜」
「で、俺は浴衣のままあそこに飛び込んじゃっていいの?」
「……タケルちゃん、いい加減行った方がいいんじゃない? 先生灰になりそうだよ」
あーあ、まりもちゃんいじけて部屋の隅に座り込んで、畳に「の」の字を書き始めたよ。軍服着てるのにいじけないでくれよ…ホント、あの人俺たちの指揮できるのか? それはともかく。
「分かってるって…んじゃま、ちょっくら行って来らぁ」
「タケルさん、いってらっしゃ〜い」
(ふるふる、右手を小さく左右に振る霞)

おおう、戦場へ出立する俺、見送ってくれる女子。俺って格好いいかも?
立ち止まって幾つかポーズを取るがいまいち これという決めポーズが浮かばない。ああでもない、こうでもない…
「タケルちゃん、決めポーズ考えなくていいから早く行きなよ…」
うるさいな、純夏。帰ったらお前に決めポーズの何たるかを小一時間かけて説いてやる。逃げるなよ。

どうれ、そらよっと…俺はちょっとばかしおっかなびっくりで2番の穴に飛び込む。
しかしあれだ、大体どこの世界に浴衣でロボットに乗り込むパイロットがいるっつーんだ。情緒もへったくれもあったもんじゃねぇ。
「うわわぁぁぁぁっっっっ!!」
浴衣が擦れて痛いんじゃないかとか、途中で全裸になったら恥ずかしいとか、変なことばっか考えて飛び込んでみたんだが、垂直落下みたいな状態を想像していたら逆にほぼ水平に滑ってるじゃないかよ!
十秒くらい滑っていくと真っ暗な横穴の奥に光が見える。小さな光。それが段々と大きくなる。そして光に溢れた格納庫の通路に降り立った俺は…

「おいおいおいおい、浴衣のままかよ!」
<御門武>を前に叫んでいる俺に、通信音声があちこちから飛んでくる。
『ちょっと白銀君! 早く出撃準備しなさいよ。敵はすぐ近くなのよ!』
『タケル、今は冗談をやってる場合ではない。早く<御門武>に乗り込むが良い』
さっきまで温泉に浸かってのんびりしてた筈なのに、気が付いたら俺も<御門武>のハッチを開けてコクピットに座っていた。
腰辺りのコンソールが活発に稼動して画面をめまぐるしく切り替え、周囲のモニタ画面が明瞭になってくる。
俺は操縦桿を握り、ちょっとばかりマジになり気合を入れる。例えるならCPU戦を卒業しようとして、見知らぬ相手のいる対戦台に初めて乱入するような感じ。
「<御門武>、準備できたぞ」
言うが早く俺と<御門武>を乗せた垂直式のカタパルトは急速で打ち上げられた。でも、俺、浴衣なんすけど…

>>つづく
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