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「俺が望むマブラヴ」〜私が渇望し、希求したマブラヴのかたち〜

第六章・後半

一歩足を進めた水月の期待に反して、遙は凛として直立していた。
彼女の前で夥しい量の弾丸が静止し、徐々にそれらは本来の水の塊へと姿を戻しながらゆっくりと地面に向け流れ落ちてゆく。

直立して水月と対峙する遙にはいつもの柔和な雰囲気はなく、引き締まった表情で水月を見据える。
「水月、もうやめよう? もし仮にわたし達のどっちが勝っても、<anguis>の思惑通りだよ」
「そんなこと、どうだっていいわよ。あたしは、孝之と一緒にいられれば、それでいいわ。
…そのために、あんたを消さなきゃならないのなら、あたしは躊躇しない。そういうことよ、遙」
水月は手にレイピアを握り遙に向かってゆっくりと歩み寄っていく。
「それより、さっき『どっちが勝っても』って言ったけど、どんくさいあんたがあたしと戦って勝てるだなんて、まさか本気で思ってるわけ?」
「勝てるかどうか分からないよ…でも、わたしだって黙って孝之くんと離れたりしない。もう、離れ離れ になるのは嫌だもん。引き離すのが水月でも、わたし、許さないよ?」
水月は不適な笑みを浮かべて立ち止まりレイピアを水平に構える。
鋭利な尖端で遙の心臓を狙う。距離にして五歩。普通に考えれば一撃の届く間合いではないが。
「へえ〜、あんたでもそういう真顔するんだ」

遙の髪が微風に戦ぎ朧げな燐光が周囲に燈る。その顔に強い感情は浮かばない。
「わたしだって、怒る時は怒るよ。…もう、戦うしかないんだね」

遙は一瞬悲しみを見せたが、すぐに両手を胸の前で合わせ祈りにも似た穏やかな構えを取る。
すると背中から一対の光輝が生え、それらが輝きを失うにつれ美しい純白の翼に変わってゆく。広げると背丈よりやや幅があるくらいの、決して大きくはない翼。翼が生え拡がると同時に遙の長髪から微かな燐光が放たれ、両翼の先端が小さく何度か羽ばたき周囲に純白の羽根を散らす。

舞い散る羽根から垣間見える遙の憂いを秘めた横顔が水月には何故か神々しく見えた。
彼女の知っている涼宮遙のどれでもない、初めて目にする姿。笑ったり、照れたり、恥ずかしがったり、拗ねたり。そんな遙は彼女自身幾らでも見てきたし、昨日の事のように思い浮かべることも出来る。
でも、今目の前にいる遙には水月の知るどの遙も当てはまらない。一言で言うならば、息を呑むような感じ。

(これがシオンに選ばれた存在、遙の、本当の姿…? でもっ!)

だからと言って水月も引き下がれない。譲れない。傍にいたい。もう一度、ずっと。
「遙っっ!!」
飛翔にも似た高角度の跳躍で遙に対し急襲をかける水月。レイピアの尖端を容赦なく遙に定め降下していく。
遙は水月の到来を待ち構えるかのように涼やかに立ち尽くしていた。

   *   *   *   *   *

次の瞬間、遙と水月が零距離で接敵。しかし。
(なんで、レイピアが届いてないわけ?)
水月は遙の眼前で宙に浮いたまま静止していた。先ほどの弾丸が一発として遙に到達し得なかったのと同様、今度は水月自身が静止していた。突き出したレイピアも遙の胸元の柔らかな曲線を一寸たりと穿つことなく静止してる。
狙いは正確、そのまま遙に到達していれば彼女は間違いなく即死。迷わずの一撃。
その筈だった。それが。
(なっ…! 動かせない!? どうして…)
水月が懇親の力を篭めてもレイピアはびくともしない。いや、正確に言えば腕に力が届いてないのだ。力を入れようという意思は確かに水月の体躯へ巡っている。なのに実際腕や脚に篭るのは運動の負荷のみ。物理的な結果は全く伴わない。

静止したまま足掻いている水月を静かに見つめ、遙が話しかける。
「水月が水に形を与えられるように、わたしは時間の流れを止められるんだよ…あの事故で三年眠っていた影響で。でもわたし、こんな<祝福>なんか欲しくなかった」
(遙が、あたしの力を見抜いてる!?)
動けない状態のまま水月は遙の<祝福>の強さに愕然とした。これではまるで<anguis>、いや、それ以上…もし本当に遙の能力が今思っている通りなら、最初から勝ち目などなかったのではないか。
抗うことを忘れて停止するに任せ始めた水月に対し、遙は説得を始める。
結局遙には、最初から水月に直接攻撃を下す意思はなかったのだろう。

「……水月、このままだと完全に水月自身が<停止>しちゃうよ? お願いだから、もうやめよう?」
水月の目の前が次第に暗いものに覆われ始めている。確かにこのままだと全ての身体機能が停止してしまうだろう。長くは持たない。霞み始めた視界の中で小さな砂時計の幻影が揺らぐ。息が詰まる。苦しくなる。
(でも、あたしだって…)
「わたし、今でも水月のこと親友だと思ってるよ? だから、お願い、水月…」
水月の四肢から次第に力が抜けていく。手にしたレイピアが少しづつ元の水に戻り始めていく。次第に苦しいという感覚自体が失われ始める。或いは苦しすぎて感覚が麻痺しているのかも知れない。
「お願いだから、仲直り、しよ…あの時、の……っ!」
遙の声が途切れ途切れになる。水月は自身の聴覚の断絶の始まりを感じた。

不意に水月の視界が大きく揺らぐ。このまま本当に身体機能停止か…
そう思い遙に最後の一言を漏らそうと唇を動かし始めた時、水月は自分の足が地面に達していることに気づいた。一時的な酸欠状態のため足元が覚束ず片膝をつき思い切り俯いてしまうものの、すぐに呼吸を整え遙の次の一手に備えようとする。尤も先ほどの遙の言動からして、遙から積極的に攻撃を仕掛ける可能性は高くないだろうが。
「…っぁ、はぁ・・・」
しかし遙が動く様子はない。さっき彼女が見せた静謐で力強い空気は感じられない。
水月は飽くまでも警戒を解かずに立ち上がり、ゆっくりと顔を上げて遙の方を見た……が。
「なっ、遙!?」
水月の視界が再度捕らえた遙は、翼を生やしたまま頭を抱えたまま倒れ込んでいた。
ただ静かに倒れているだけ。先程までの存在感や力の差、自分が敵として対峙し認識していた遙の姿はそこにない。まるであの時、病室の遙を張り倒したときのような…

(そんなこと、あたしがした!? あたしが、遙に…?)

そんな筈はない。それは『自分がしたこと』じゃない。それだけは確かな筈。
遙がいなければ自分だけが孝之と…そう願ったことがないとまでは言わない。遙の存在そのものに不安や畏れを抱いたこともないとは言わない。しかし、自分の理性を振り切ってまで遙の存在を叩いたことは絶対にない。
その筈なのに。
今しがた自分が見たものに意識を奪われ、水月には遙に止めを刺すことも遙を抱き上げて介抱することも出来なかった。ただ、その場に立ち尽くして静かに倒れている遙を何の気なしに眺めていた。

   *   *   *   *   *

場所は不明、白銀武一行。

俺達はどっからか調達された(どうせ冥夜辺りの差し金だろうけど)バスに乗せられ、見覚えのない長ったらしいトンネルを進んでいた。さっき山間のどっかからトンネルに入ったのは記憶してるが、こんなに長いトンネルなんてあったっけか?
「先生、俺たちどこに向かってるんすか?」
「んー、まあ、着けば分かるから、それまで適当に遊んでなさい」
夕呼先生の気のない即答。何やらキーボードを激しく叩いてる音が聞こえるんで、どうせ俺の分からないような作業の最中なんだろう。
とは言われても、バスの中ですることなんてないし、すぐ着きそうな雰囲気でもない。ここは寝るに限る。結局朝もろくに寝れずに、部屋のエロ本漁られて大騒ぎだったしな。
「俺寝るから、着いたら起こしてくれ」
「ん、分かった」
隣に座る純夏か冥夜かに「起こしてくれ」宣言はした。あとは寝るだけ。3,2,1、ぐう…

ゆさゆさ。
穏やかに揺さぶられる。優しいのはいいんだが、こういう起こされ方って気持ちよくて逆に眠くなるんだよな。 んー、もう少し。もう少し寝かせてくれ。

ゆさゆさ。ゆさゆさ。
随分遠慮がちな起こし方だな。この起こし方は純夏じゃないな。冥夜か? だったらもうちょっと、俺の起こし方を勉強してもらおう。そんなことじゃあ俺は起こせないぞ。

ゆさゆさゆさ。ゆさゆさゆさ。
ちょっと揺らし方が変わった。けど、まだまだだな。何か、さっきより眠くなってきた。んー…

「いつまで寝てるのよ! もうとっくに着いてるわよ!」

俺の耳に直接叫んだ奴がいる。この声は…(俺脳内で声紋チェック)…照合。こいつは委員長だな。たく、容赦 しねえ奴だな、相変わらず。
「怒鳴ったなぁ! 僕を怒鳴ったなぁ〜! …純夏にもそんな起こされ方したことないのに!」
座席から跳ね起きて怒鳴り返したら、俺の周囲に人だかりが。で、その中心にいたのは…霞。
霞は俺の怒鳴り声にびっくりしたのか、文字通り目を丸くして立ち尽くしてる。

「え、あ、霞、わりぃ…今、俺起こしたのって…」
こくこく。霞が頷く。てことは、「俺を優しく」揺り起こしたのは霞で、「耳元で怒鳴った」のは委員長てことだな。くそ、何も考えずに怒鳴っちまったじゃねえかよ。
「…確かにこれじゃ、鑑さんが毎日一緒に遅刻しかけるわけね」
毎度毎度の委員長の呆れ口調。
「タケルさん、気持ちよさそうに寝てたね〜」
「……隙だらけ、だったね(にやり)」
彩峰の不適な笑み。思わず顔に手がいく。まさか、落書きとかしたんじゃねーだろうな。
「ふふふ、タケル、案ずるでない。寝ているそなたの顔に落書きなどはしておらぬ」
まあ、冥夜が言うなら嘘じゃないだろう。これが純夏だと…
「なにさー、わたしが何かしたっていうわけ?」
「俺はお前に起こしてくれと頼んだつもりだったんだがなぁ?」

すると純夏は不適な笑みを浮かべて胸を張る。大きくもないくせに胸張るなっつーの。
「ふっふっふー、わたしは『誰が』起こすかまで指名された覚えはないよ?そこで、起こしたそうにタケルちゃんを見てた霞ちゃんに起こしてもらったんだけど、何か不満でもある?」
「えー、その、だ…」
霞と目が合う。真っ直ぐ俺を見つめるその視線に対して、いつもの調子で返すのが躊躇われた。
「霞、あんがとな」
何故かは分からないが俺は霞の頭を撫でた。そういう気分だった、つーかそうした方がいいように思えた。霞は特に表情に変化を見せることなく、こくりと一度頭を下げた。何というか気分のいい頷きぶり。
「ふーん…タケルちゃん、わたしが起こしてもお礼言わないくせに、霞ちゃんには言うんだね?」
「そうだな、心なしかタケルが社に入れ込んでいるように思える」
「……変なおじさんに、ついてっちゃ駄目」
「あはは、慧ちゃん、ストレートだねぇ…でも、朝見た本には霞ちゃん似のコはいなかったよね〜?」
俺にはそっち系の趣味はないっての。つーか何気に朝のこと蒸し返すな、たま。

なんて騒いでいると案の定委員長が人の輪の外れの方から注意してくる。
「あのねぇ、貴方たち? 私達、遊びに来た訳じゃないのよ。早くバスを降りなさい」
「……すぐ仕切る」
「何、彩峰さん? 前回の作戦では随分ご活躍だったみたいだけど、一人じゃ機体補修なんて出来ないでしょ。 分かってるなら少しは組織的な行動を心がけて…」
「……選手、交代」
彩峰は俺にハイタッチをしてそそくさとバスを降りていく。って、俺が続きを怒鳴られる訳ですか?

そんな 不条理は受容できん。というわけであとは頼んだ純夏君、タッチ。
「え、わ、わたし!? えーと…壬姫ちゃん、交代」
「えーと、ミキはねぇ〜、冥夜ちゃんにタッチ」
多分、たまは鬼ごっこか何かのノリでやったに違いない。お前、分かってやってるのか?
「な、わ、私かっ?」
冥夜は周りを見回し、他に誰もいないことを確認して申し訳なさそうに霞の肩に手を置く。
「……社、許せ。あとは頼む」
彩峰から次々と選手交代で、最後に残ったのはちょこんと立ったままの霞だった。延々と委員長の説教を受け続ける霞。リアクションのなさ加減では委員長に対する彩峰といい勝負だ。そしてそんな説教が数分続いた後。
「大体貴方は…何? だんまり返ってやり過ごそうってつもり?」
委員長が落ち着いて前を見る。前に立っているのは霞。大人しくぽつーんと立ってる霞に委員長もため息をつく。
「はぁ…全く、言ってる傍からこれなんだから。社、貴方を責めた訳じゃないから誤解しないでね」
こくり。霞は大きく頷く。
つーか説教してるんなら相手を見てやってくれ、委員長。

そんな冗談はさておき。
バスを降り立った俺たちを待ち受けていたのは、山間の微妙に鄙びた温泉旅館だった。
空を見たところまだ正午前って感じだ。意外と近い場所だったらしい。
「……何だ、こりゃ?」
そうして呆気に取られている俺を出迎えたのは例の軍服姿のまりもちゃん。心なしかやつれて見える。
「あんな状況で熟睡できたなんて図太い神経ねぇ、白銀君…正直、うらやましいわ」
「いやあ、それ程でも…つーかここ、どこなんスか?」
「ちょっと近場の演習場…じゃなくて、温泉よ。まあ、予定してた会議はこっちの都合で遅れるから、先に お風呂でも入って寛いでらっしゃい」
そういや、夕呼先生の姿が見当たらない。どっか行ってるのか? …多分昨日のあの様子からして、夕呼先生が不在だから会議ってのができないということか。まあいい、折角授業がなくなって温泉旅館に来てるんだ。これを楽しまない手はないだろう。

この時の俺は、夕呼先生が留守にしてたことの意味など分かる筈もなくただ温泉を満喫しようとしていた。

(第六章・おわり)
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