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「俺が望むマブラヴ」〜私が渇望し、希求したマブラヴのかたち〜

第六章・前半

「疲れたら休むがよい。彼らもまた、遠くへは行くまい」

ツルゲーネフ

   *   *   *   *   *


怪我をして疲れきっていた孝之を介抱し遙のベッドに寝かせた後、涼宮姉妹は茜の部屋で向き合っていた。
「お姉ちゃん、私が水月先輩を足止めする、その間にお姉ちゃんはもう一度シオンと…」
遙は力なく首を横に何度か振る。
「駄目…シオンはたぶんもう、掌握されてるよ」
「でも、このままじゃお姉ちゃん自身の整合性が取れなくなっちゃうじゃない!」
「……そうだね」
下手をすると他人事のような口ぶりで穏やかに頷く。
「そうだね、って! ……そうなったら、お姉ちゃんがお姉ちゃんでなくなるんだよ!」
「大丈夫だよ、茜」
目の前の姉はどうして、これ程までに微笑みを浮かべられるのだろう。茜には理解出来なかった。
自分 が自分で無くなる。その意味を何度考えても怖くて仕方がない。

姉の遙は三年前、不慮の事故により意識不明 に陥ってそれから三年間眠ったままだった。
その事故と三年間の昏睡状態により、涼宮遙という人格に整合性が取れない状態が発生してしまった。担当の医師であった香月モトコからはそう聞かされている。 病院に入院していたとき、その整合性を維持するため使われていたのがシオン。茜の知っているのはここまで。

それ以上は当の本人である姉の遙と、担当医師=香月モトコだけが知り及ぶ事象。そしてその真実は姉の口からも香月医師の口からも語られることは今まで全くなかった。
茜には理解の出来ない、耐えられない状態としか想像がつかない。それなのに目覚めて退院してからの姉は本当に良く笑い、幸せそうに毎日を送っている。疑問と不可解さが感情的に目の前の姉に向けられる。
「お姉ちゃん、どうしてそんなに平然と構えていられるのよ!? 自分がなくなっちゃうんだよ?それでも平気なの? 私やお兄ちゃん達のこと、分からなくなっちゃうんだよ、私もうそんなの嫌だよ!」
「…大丈夫だよ、茜。私はプリエじゃないから、もうシオンは必要ないの。だって今は孝之くんだって茜だっているし、お父さんお母さん、……それに水月だっている。みんながわたしをわたし、涼宮遙にしてくれてるの。 だから、今のわたしは消えたりしないよ」

暫くの間茜は姉の言葉の意味を考えようとしていたが、やがて半信半疑ながらも質問を返す。
「よく分からないけど…本当に大丈夫?」
幾分不安げな声色を残しつつ茜は尋ねる。遙は余裕なのかどこか抜けてるのか、微妙な感じのする笑みを返す。
「茜より全然頼りないけど、たまにはお姉ちゃんを立てて、信じてよ。ねっ?」
改めて姉の眠っていた日々を思い返す。誰も笑わない、誰も上を向かない、誰も未来を口にしない。
憎みたくない人を憎み、恨みたくない日々を恨む。茜にとっては辛く長かった日々。

そんな日々はもう二度と嫌だ。もう二度と、姉の笑顔を曇らせない。

茜は心に強く誓いの炎を点し、次の瞬間からはつとめて普段通りに振舞った。
「お姉ちゃんがいっつも頼りないから、あたしは心配なんだけどな〜」
「んもー、茜、ひどいよぉ〜。わたし、真面目に言ってるんだよ?」
遙は子供っぽく拗ねて頬を膨らます。茜は遙の目の前で軽くてを振っておどけてみせる。
「はいはい、分かってますって。お姉ちゃんは子供みたいなものだから、ちょっとやそっとじゃ変わらないし!」
「もぉー、茜ったらぁ。……それはそれとして、茜にお願いがあるの」
「え、何?」

「白陵柊の香月先生に、渡して欲しいものがあるの」
姉、遙の表情は今まで見せた中で一番真剣なものだった。

   *   *   *   *   *

翌朝、午前六時。白銀邸の前で大きなクラクションの音が響く。どうやらお迎えが来たらしい。
「タケルちゃん、朝だよ、もう夕呼先生来てるよ! ほら、起きてよ〜!」
純夏の声が耳に響く。どうやら朝らしい。でもさっき時計を覗いたら午前六時過ぎ。ったく、何でそんな早くに 起こしに来るんだよ……って、まさか!
「おい、さっきのクラクションって、まさか!」
俺が跳ね起きると、既に制服を着ている純夏と冥夜が旅行カバンを手に立っている。よくこんな時間に起きれるなぁ。
「おはよう、タケル。先程から香月教諭がお待ちかねだ。早く着替えるがよい」
「そうだよ、夕呼先生ものすっごく不機嫌だったから、早くしないとマズいよ」
ものすっごく不機嫌…そんなこと聞かされて「はい、すぐ行きます」なんて言えるかよ。あの先生の不機嫌ってのは 俺の身の危険に直結するんだからな。お前分かってんだろ…

「そうだ、白銀……全く、汚い部屋だな」

言ってる傍からいつものきわどい格好をした夕呼先生が俺の部屋にずかずかと入り込んで来る。
「って、先生なんで俺の部屋に!」
「何でって…お前がグータラ寝てるから起こしに来てやったんだ。有り難く思え」
で、あんた背中に隠してるその物騒な杭と木槌は何なんだよ。いや、怖いから俺の口からは聞かないけどな。 俺は布団から出て完全に立ち上がってから着替えるために一同追い出そうと……って!
「ふーん、白銀の趣味って案外普通なんだな、つまらん」
「た、タケルちゃん、いつの間にこんなものを隠してたの……うっわ〜、縄で縛ってる! やっらしー…」
言いながら、先生の持ってる本に釘付けかよ。このエロガッパめ。
「(小声で)タケル…このようなものを眺めずとも、私に言えば幾らでも…」
って、お前もぶつぶつ言いながらしげしげと本を眺めるな。意味ありげに顔を赤らめて切なげに俺を見るな。
いやだから、お前ら俺の部屋を勝手に物色するな、つーか俺の部屋に縄で縛ってるようなエロ本なんてねーって。

いや、そういう問題じゃなかった。さっさとこいつらを部屋から出さないと着替えられん。
「着替えるから、みんな出てくれ〜」
「ん? この娘、鑑に少し似てないか?(じろっ)」
「ええっ!! わ、わたしっ!? え、え、あ、あわわわわ…」
「言われてみれば、確かに鑑に似ているような…(じろじろ)」
あのな、朝から女三人が男の部屋でエロ本囲んで何やってんだよ。どれどれ…って、おおいっっ!
「って、何で先生が俺の秘蔵のコレクションの場所を知ってるんだよ!」
あー、いや、断っておくぞ。秘蔵の本のそのページに「純夏に似た」女なんて出てないからな。たまたま少し体つきが近いようなだけだ。たまには、貧乳も悪くないもんだ。

「夕呼せんせー、まりもせんせーが待ってますよ〜」
「……先生にエロ本読ませるなんて、マニアックな趣味」
更に制服姿のたまと彩峰まで部屋に入ってくる…って何人入って来るんだよ、こんな狭い部屋に。つーか俺、 まだ着替え済ませてないんですけど。
「いやだから、俺に着替えさせてくれって!」
「流石に珠瀬タイプはここには載ってないなぁ……」
「夕呼せんせー、何の話なんですかぁ〜?」
「ん、ああ、白銀の女性の好みを見定めてるところだ。今のところ鑑に似てる女は確認した」
「タケルさんと純夏ちゃんは、仲いいですからねぇ〜っ。とゆーことは…」
「ふ〜む、今度は和服の寝間着か。御剣も白銀の圏内にあるわけだな」
「タケルさん、冥夜ちゃんには優しいですよね〜」
……たま、お前には夕呼先生が手にしている本の意味は分からんのだな。それならいい。てゆーか分かるな。さっきと状況が変わってないどころか、ギャラリーが二人増えて余計にタチが悪くなってるぞ。いや、それもあるが、俺、まだ着替えてないんですけど。

「いやだから先生、俺着替えますから、騒ぐのは下に降りてやって下さいよ…」
「あら、これって彩峰っぽくない? ほらほら、この右のページ」
「わ、わ、わ…かなり似てるよ、タケルちゃんやらしーよ、彩峰さんに似てるコ見つけて買ったんだ、この本!」
どうやったらそういう判断が出来るんだ。まあ、そのページのやつは似てないことも無いが。
「タケル、そなた女性の判断基準は乳房なのか……ふむ、なるほど」
「慧ちゃんは胸おっきいもんね〜。ミキも憧れるよ〜」
「……白銀の目つき、怖い。いやん」
頼むから話を膨らませるな。只でさえもう収拾つかなくなってるっつーのによぉ…はぁ。もう好きにしてくれ。 俺は二度寝するよ…

結局、俺達が「強化合宿」に出発できたのは、それから2時間ほど経ってからだった。
(つーか、強化合宿ってことすら目的地に着くまで教えられなかったんだけどな)

   *   *   *   *   *

白銀様ご一行が目的地へ移動中の頃。

水色のスーツに身を包んだ短髪の女性が蒼いバイクを駆って山手の住宅街へ向かっていた。さほど広いとはいえない住宅街の通路も苦にすることなく、スムーズに曲がり直進してゆく。
やがて女性の目的とする住居に到着したのか、バイクは速度を緩めて静かに停止する。
バイクを停止させてヘルメットを取った水月は、住居の門の前に人影を認め颯爽とバイクから跳び降りた。
彼女の脚をがっちり固める漆黒のロングブーツと首に巻いた歪なチョーカーが、朝の日に映えて不敵な照り返しを見せる。

「遙がわざわざ、あたしを出迎えてくれるなんてね。…待った?」
対する人影、涼宮遙はフリルとリボンに飾られた純白のブラウスとミニスカートに身を包んで穏やかに立っている。純白の長手袋に包まれた両手を胸の前で合わせて唇を開く。
「水月、訊いてもいい…? どうして、こんな事をしているの?」
遙の問いかけに対し切れ長の冷たい眼が遙に向けられる。その視線には親愛の情も容赦も感じられない。ただ、純粋に敵意だけが篭められた視線。水月が遙と真正面に向き合った瞬間、スーツの両袖から黒い殺意の塊=拳銃が装填される。
銃が掌に納まったのを確認して、水月は遙に対して吐き捨てる。

「決まってるじゃない…あんたが邪魔だからよ」

その口調にはかつての親友関係など微塵も感じられない。ただ静かに紡がれる拒絶。それでも遙は、自分の正面 に立ち隙のない直立状態を保つ水月に対し怯んだ様子を見せない。
「それは、水月が自分で決めたことなの? 水月、変だよ。わたし達が争っても孝之くん、喜ばないよ?」
水月の口元が歪に綻ぶ。侮蔑、嘲笑、嫉妬、悔恨、どれともつかぬ不愉快な感情。
「遙、あんたはいいわよね。在るべき歴史の流れに逆らって、孝之に選ばれて幸せに暮らして。 でもね、あたし……やっぱり孝之のこと、諦められないよ。あたし、何度も何度も考えたわ。いっそあんたがあのまま眼を覚まさなかったら、時間は正しく流れて、あたしは孝之と幸せに暮らして、この世界だってこんな不自然な膠着状態にならなかったのよ。あんたを軸にして世界が回ることがそもそもの間違いなのよ。 そうでしょう、プリエ? …それとも、『マリーツィア』って呼んだ方が正しいのかしら?」

「水月、違うよ、間違ってる。孝之くんは…」
「自発的意思でこうなることを選んだって言うつもり? あんた、自分と世界を天秤にかけて自分の方が重いとでも言いたい訳? まあ、あんたはシオンが選んだオリジナルだもんね、そりゃあそこら辺の出来損ないの人間とは大違いだわ。ごめんね〜、気づかなかった」
少しおどけて見せてから、銃を持ったまま両腕を真っ直ぐ遙に向けて伸ばす。二つの銃口が遙を見つめ冷たい視線を送る。
「だから言ったでしょ、オリジナルのあんたが邪魔なのよ、あたしにとっても、<楽園>にとっても」
「水月、わたしはプリエじゃないよ。それに、<楽園>は…」
「お姫様の出番は終わりよ! …親友の下ろす幕で眠りなさい、遙!」
遙の懇願にも似た説得を、水月の怒号と銃声が遮る。

冥夜戦で見せた銃裁き・弾道とは桁違いの精度で 銃弾の狩人を間断なく遙に放つ。
水月の動きだけを観察すると鮮やかな演武を見ている気分になる。間断なく、激しく、力強く、手加減など微塵も感じさせない手つきが腕の位置を変え、拳銃のマガジンを変え、更には引き鉄を引くリズムさえも変えていく。激しく、更に激しく。指先に殺意と変革の意志を乗せて。

(遙、おやすみ…)

数秒間激しく続けた射撃を止め、水月は大きく息を吸った。額に汗が光る。息を吐き、銃を再度両袖に収める。それから水月は遙の亡骸を拝もうと漆黒のブーツを前に進めた。

   *   *   *   *   *

水月が遙に容赦なく銃弾の雨を降らせていた同刻。

茜は香月夕呼に面会すべく、人気のない白陵柊への通学路を疾走していた。
飽くまでも常人レベルの疾走ではあるが、それでも彼女の年齢と性別を考慮すると速過ぎるくらいだ。尤も、それを冷静に指摘するような人間 が彼女とすれ違ってはいないのだが。

(お姉ちゃん、本当に大丈夫かな…本気の水月先輩を、どうやって止めるつもりかなぁ)

昨晩こそ姉の言葉を信じて別行動を選択したが、水月の気配を触覚毛で強く感じる今となっては姉の身が不安 になる。いくら遙が覚醒したからといっても、純粋な身体能力では水月に遠く及ばない。いや、正直言って遙の体力ではどちらにしても長くは持たない。
それに、あの部屋にはまだ孝之が、水月の最も求めているはずの人が眠っている。 もし近接戦闘、或いは長期戦になってしまった場合、遙は…

(ううん、私がお姉ちゃんを信じなきゃ。それに、このコードを急いで香月先生に届けないと)
茜は頭を強く振り、気を取り直して駆け足を速めた。

「せめて、別の部屋にして欲しかったんだけどなぁ…」
苦笑いしながら物理実験室の留守番をしていたのは、この混沌の巣窟に不似合いな柏木だった。
昨日部活の指導で遅くなって下校しようとした時、偶然まりもに捕まって今日の留守番を頼まれた。
頼んでいるまりもの背後に夕呼の姿が見えたので、何となく事情を察して引き受けたわけだが…

正直、暇を持て余していた。
この部屋で柏木が辛うじて触れたものは、乱雑な書類とメモと付箋紙に埋もれかけた机の上で何とか顔をのぞかせているパソコンのワイヤレスマウスとキーボード、それと薄型液晶モニタだけ。
それもせいぜいインターネットで時間を潰す程度。

「まあ、あたしが断ってたら、まりも先生が大変だっただろうし…(^^;」
退屈なのは仕方がない、と割り切ろうとした矢先。 コンコン。ドアをノックする音が物理実験室に響く。この部屋に来客らしい。
「はい、どうぞ?」
声に応じて開いた扉から入ってきたのは、涼宮茜だった。確か夕呼のクラスだったか。
「あれ、柏木さん、何で物理実験室なんかにいるの?」
「ああ、夕呼先生直々に頼まれてさ、留守番してたんだよ〜。丁度暇してたんだ…けど、涼宮は?」
一瞬返答が遅れたが、特に気にされた風はない。用件を話してもまあ、問題ないだろう。
「えーと、夕呼先生に直接用事だったんだけど…先生、どこにいるの?」
「今日一日ここを空けるからって留守番頼まれたから、今日は来ないんじゃないかな〜」
「んー、じゃあ、先生に連絡取れるかな? できれば急ぎなんだけど」

そう言われてから柏木はパソコンのデスクトップにあった「緊急呼出用」というエイリアスを思い出した。『もし、どうしてもあたしに連絡を取りたいって客がいたら、ここのエイリアスをダブルクリックして』 緊急呼び出し、と銘打っている割には真っ黒な正方形のアイコンなのが少し引っかかるが、臨時休校の日にわざわざ「急ぎで」来た茜のために、柏木はエイリアスをダブルクリックした。

>>つづく
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