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「俺が望むマブラヴ」〜私が渇望し、希求したマブラヴのかたち〜

第三章・後半

時を同じくして。柊町某所。
ちりんちりーん♪
山の手の住宅街を二人乗りの自転車がのんびり進んでいる。傍目に見てると歩行者の方が速い気がする。 それでも自転車が転倒してないのは、乗り手が器用なのか、あるいは後ろに座る少女が器用なのか。
「茜ぇ〜、そろそろ代わってよぉ〜〜」
見た目どおりほんわかした口調の漕ぎ手が荷台に座る制服の少女に訴える。どことなく危なげな漕ぎ方だ。荷台に腰掛けている茜は笑いながらその案を却下した。
「うちまで漕いでくれるって言ったの、お姉ちゃんだよ?『リハビリしたから、自転車だって大丈夫だもん♪』 って言って、坂の下で会った時には張り切ってたくせにぃ〜」
「ええ〜、だってぇ、茜、荷物多いんだも〜ん」
「お姉ちゃん、運動が足りないんだよ!……最近よくお菓子作って試食してるから、もっと運動しとかないと 太っちゃうよ?お兄ちゃん、すらっとした女の子が好みみたいだから、太ったお姉ちゃんは嫌われちゃうかも」
「え、でもでもぉ、孝之くんは『もうちょっとふっくらした方がいい』って言ってくれたよ?」
「……あー、はいはい、ごちそうさま。お姉ちゃん、昔よりのろけが多いんじゃないの?」
和やかな姉妹の会話と共に遅々として進む自転車の上を、突如巨大な影が覆う。
それとほぼ同時に自転車は漕ぎ手である姉の支えを失って倒れ始める。
「……」
「お、お姉ちゃん!」
一瞬で茜の髪から出ている触角のような癖毛(俗にアホ毛と呼ばれているようだが)が勢い良く立ち上がる。その後俊敏な動作で茜が自転車を支え、籠に載った大きな荷物を近くに投げ捨て、大事そうに姉を抱きかかえる。

一連の動作は明らかに常人の行動規範を超えた速度で行われていた。
数瞬の出来事、と言っていいだろう。

「お姉ちゃん、大丈夫!? どうしたの?……まさか、後遺症か何か?」
姉の柔らかい長髪と、両の側頭で結われた三つ編みが微かな燐光を放って揺れている。
「……ん…だめ、……駄目だよ、水月!いっちゃ、駄目…」
「みつき、先輩?姉さん、どうしたの!」
茜の呼びかけに漸く姉が目を開く。その時には髪が放っていた燐光も消えていた。目の錯覚だったろうか。
「……あ、茜?」
「姉さん、大丈夫?」
「うん、大丈夫…ちょっと『見えた』だけだから」
何でもないように答えて、姉はゆっくりと立ち上がる。立ち方までふんわりとした感じがする。
「見えたって…水月先輩が?」
その名前が出た途端、茜の癖毛は今まで以上に屹立し、姉の柔和な顔つきが険しくなった。姉は頷いて答える。
「うん……水月。たぶんもう、『堕ちてる』と思う」
「!!」
茜が驚愕に凍ったとき、二人を覆っていた巨大な影は消えてその影の主が視認できる位置まで移動していた。
形状は八面体様の鏡面を持つ立体、向かう方向は橘町方面。

   *   *   *   *   *

場所は再び『すかいてんぷる』店内。
冥夜がBGMに驚いて辺りを見回したとき、俺達の近くに見たことのある人が近づいてきた。
「貴方が、白銀武くんだったなんてね…こんにちは。彼女二人連れ?」
彼女は明るく平然と話し掛けてくるが、『すかいてんぷる』のウェイトレスにこんな背の高い女性なんていたっけ(いや、いないってのは分かってるけど)。冥夜と純夏が息を呑んで彼女を見上げる。最後の台詞に反応して、じゃないことを祈っておこう。今は。
「えっと、あなたは確か…日曜日に…」
日曜日、校門の前で佇んでいた人。顔と髪型は一致する。しかし服装が前回出会った時と余りに違いすぎる。 前回会ったときにはスタイル抜群のスーツ美女って感じだったんだが、今回はマジでやばい。こんだけのスタ イルの持ち主がぴちぱつの『すかいてんぷる』制服を着ているなんて、俺が隠し持ってるエロビデオでもないくらい刺激的な…って、誰かが俺の両足を踏んでますよ?
「タケルちゃん、目がやらしー」
「……私も殿方の嗜好に理解が無いわけではないが、その、食い入るように見るのはどうかと思うぞ」
あの、二人ともにこやかに笑いかけながら足に力を入れるのはやめろ。
「って、そういう問題じゃないだろ!…俺達、どうやら囲まれてるみたいだぜ?」
目の前のお姉さんが声をかけてきた時には、既に手遅れだったような雰囲気だ。連中妙に殺気立ってる。 格好は普通の『すかいてんぷる』の来客だ。手に手に武器を持ってなければ、普通と言い切れるが…

Aux armes, citoyens !
Formez vos bataillons !
Marchons ! marchons !…


「武くん、思ったより状況が見えてるみたいね。…まぁ、一度捕まってしまったから、警戒心があるのかな」
一瞬妖しい笑みを浮かべたかと思うと、彼女の両手には拳銃が握られていた。そしてそれを俺に向けよう…とした瞬間、冥夜が抜刀して屈した状態で俺と彼女の間に割り込んでいた。冥夜の眉間には銃口、お姉さん の首筋には刀、皆流神威。冥夜お前、さっきまで普通に着席してなかったか?…いや、でも、今こうして俺の前にいる訳だし。何が起こったのかよく理解できない。速すぎる。
「!!…あなた、何者?」
「無限鬼道流免許皆伝、御剣冥夜。事情は知らぬがタケルをそなたの自由にさせる訳には往かぬ」
「な、御剣の……?そう、わざわざ自分から危地に乗り込んできてくれるなんて、感謝するわ。でもそうね、 先に私も名乗っておこうかしら。私は速瀬水月。『楽園』からのお迎えってところかしら。あ、でも…」
右手の銃に少し力が込められる。冥夜も刀を正確に頚動脈(だと思う、俺も人体に詳しいわけじゃない)へ 向けて狙いを定める。
正直、今の俺には二人のこの姿を見ているだけで震えが走る。怖い。
「楽園に呼ばれているのは武くんだけ。冥夜ちゃんも純夏ちゃんも……楽園には入れないの。 ここでさよならよ」
「私を撃った瞬間にそなたも絶命するであろう。それでも引鉄を引くと言うのか?」
「私の左手…空いてるから、『純夏ちゃんも』道連れになるわよ?」
彼女の視線は鋭く真っ直ぐに冥夜に向けられているにも関わらず、左手の拳銃の銃口は正確無比に純夏の方へと向けられていく。流石に俺の向かいの席に座ってるあいつをどうにかすることもできないし、そもそも俺だってあまりの事態にどう動いていいかも分からない状態だ。

だからと言って目の前で二人が死んでもいいのか?
それじゃあ、二人を庇って俺は死ねるのか?
俺はどうしたい?何を守りたい?純夏か、冥夜か、俺自身か?
そもそもこの状況で、俺に「守る」って選択肢が、方法が、能力があるのか?

情けない話だけど、どの問いにも答えが出せない。
理屈の上では答えのひとつも出るだろう。だけど、今すぐ、この状況に対応して出せる答えなんて…
「な、鑑は関係なかろう。何故私だけではなく、鑑まで…」
「あんたに理由は無くてもね、こっちにはあるのよ…」
「っ!…タケル、鑑、テーブルの下だ!」
頭の中でもやもやとしたまま問い質し続けるものを一旦棚上げして、俺達は言われるまま机の下に潜り込んだ。 少し遅れて純夏の体もテーブルの下に入ってくる。テーブルの下に収まるようにすると、必然的にお互いが向き合ってくっつく形になってしまう。
「…お嬢様っっ!!」
それからの俺には、蹴りの音と、それに続く長い長い拳銃の咆哮を聞いていることしか出来なかった。


「…お嬢様っっ!!」
叫ぶより早く水月は冥夜を蹴り上げて銃を二挺とも冥夜に向けた。叫び声が響いたのと冥夜の転倒はほぼ同時 くらいであろうか。冥夜は素早く身を起こし、人垣の外まで軽々と跳躍した。
「それで逃げたつもり?」
水月の冷たい銃口は人垣を容赦なく捕らえ銃弾の雨を生み出す。
「味方まで巻き添えにするのか!?」
冥夜の眼前で夥しい数の血と肉と骨の散花が咲き乱れる。一瞬、もって数瞬。儚い命の花が次々と無慈悲な銃弾によって生まれ、崩れ落ちていく。断末魔を上げるでもなく、冥夜に向かって武器を振るう暇もなく。ただあるべき姿、あるべきなれの果てと言わんばかりに彼らは立ち尽くしたまま銃弾の雨をその身に浴びて倒れる。
ふた呼吸もしないうちに、冥夜の前にあった人垣の一部は轟音と閃光の後に醜く崩落していた。

Marchons ! marchons !
Qu'un sang impur abreuve nos sillons !


「そなたの武人にあるまじき振る舞い、許し難いぞ!」
冥夜は刀を片手で翳し、切っ先を水月に向けて非難した。水月は余裕の笑みを浮かべて殺気ごと台詞を受け流す。
「それは…貴方の『心の中で』見えるものでしょ? それが必ずしも現実と同じだと思わないことね」
「なにっ…?」
冥夜が目を凝らして周囲を見ると、無人の『すかいてんぷる』店内…最初から誰もいなかったかのような佇まい。そんな筈はない。確かに人々の気配はあった…!
「これは一体、どういうことだ?」
「敵を前にしてるのに、周りのこと考えている暇はないんじゃない?」
少しの間降り止んでいた、二挺拳銃からの銃弾の雨は緩むことなく冥夜に降りかかる。それでも冥夜は怯むことなく刀を躍らせ、雨霰と降り注ぐ銃弾を受け流す。
冥夜の周りで咲き誇る、閃光と硝煙と剣戟音。少しでも刀筋が誤れば、間違いなく彼女自身が先ほど見たような姿に朽ち果てるだろう(それが先程のような幻覚の類で済む保証は無い)。そんな状況でも雨霰の如き銃弾を寄せ付けないのは、彼女自身の鍛練の賜物か。
ただ、冥夜とて少なからず焦りを感じていた。

(何故あの銃は、弾切れを起こさない……?)
そう、先程から水月の手にある二挺拳銃は絶え間なく咆哮を上げ続けていた。冥夜が観察していた限りでは彼女がマガジンを交換したり、銃そのものを交換したような仕草は見せていない。最初に取り出した銃を、最初に取り出したまま撃ち続けている。そんな筈は有り得ないのだが。
(このままでは身動きが取れぬ…せめてタケルと鑑をここから逃がせれば、或は…)
冥夜の足が一歩、また一歩、鈍重ながらも水月の方へと踏み出されてゆく。

Pour qui ces ignobles entraves,
Ces fers des longtemps prepares ?


   *   *   *   *   *

水月と冥夜が戦闘を開始した頃、広々とした武家屋敷を思わせる和風邸宅の珠瀬邸。

邸宅の装いに合わせたかのような、随分と古風な壁掛け式電話機がけたたましく鳴り響く。
受話器を取ったのは勇ましい角のような髭----カイゼル髭とでも呼べばいいのだろうか、いやそれよりもっと牛角を思わせるような、立派で硬質な感じの髭である----の持ち主であった。
「はい、珠瀬ですが…なに?橘町にアレが出たと?……分かった、迎撃の準備にかかる。連絡ご苦労」
壁掛けの送話機に勇ましく答えたかと思えば、次の瞬間には少し不抜けたような呼び声で、
「たまぁ〜、たまは戻ってるかぁ〜?」
返事はすぐに返ってきた。屋敷の奥の方からだろうか。広すぎてよく分からない。
「なぁ〜にぃ〜、パパ〜?」
とてとてとて、と足音を付け足したくなるような歩調で壬姫が姿を現す。
「おお、たま!戻っておったか…よかった。お前ももう一人前になる時がきたのか、そう思うとパパは嬉しくて涙が止まらんよ…思えばあれは春先の雪の日のことだった、父さんは母さんに付き添って病院でお前が生まれるのを…」
「あ、あのぉ〜、パパ?何か用事だったのでは…(^^;;」
この父親が壬姫を溺愛してるのはいつものことだが、今日は少し様子が違うらしい。壬姫はそれを感じ取っていた。
早めに(しかし決して聴くのを嫌がる様子を見せず、これが難しい)話を遮って本題を促す。珠瀬父は和装の袖で豪快に涙を拭って我に返った。
「あ、ああ、そうだった。すまんな、ついお前が生まれた日のことを… 話せば長くなるが、時間がないので手短に言うぞ。たま、お前は今橘町に向かっている外世界からの侵略者を迎撃するのだ!先祖代々伝わる御神体の力を借りて!!」
「へ?あ、あのー、パパ…ミキ、話が急で全然分からないんですけど…」
「心配することはない。お前が御神体に『溶明』することで御神体とたまは同調する。御神体を動かすこと、それ即ちたま自身が体を動かすことと何ら変わりない。ささ、御神体の前に向かうぞ…本当に時間がないからな」
「???」
少なくとも壬姫からすれば、現時点では父がまた与太な遊びを持ち出しているようにしか見えない…これでも実は国際的な保安組織の事務次官(なのにやけに在宅している気がする)だというのだから、世の中分からないものだ。

何だかまた妙なことに担がれているのかもしれない、と思ったが、とりあえず壬姫は父の遊びに付き合うことにした。
「和を以って尊ぶと為す」先人の名言に素直に従って。

(第三章・おわり)
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