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俺が望むSS(駄文、SSの書庫)

'04年版 榊千鶴・生誕祝 「a cradle of grassplot」

「……もう、子供なんだから」
昼下がりの公園。穏やかな海風が運んでくる親子連れや若い男女の喧騒を聞きながら、芝生に腰かけて武に膝枕をして木蔭に背中を預けながら、私はひとり呟いた。
武の無防備な寝顔を見守りながら、私はさっきまでの武とのやり取りを反芻する。


私の作ったお弁当を無心に平らげる武と、それを見守りながら食を進める私の姿。いつの間にか当たり前になってきたこんな光景も今日はもうすぐ終わる。私たちの間に置かれたお重の最後の一品、さっき武が口に運んだ最後のお握りがなくなるから。
「いやー、美味かった…ごちそうさん」
「はい、お粗末さま。でも、あんなに急いで食べることないでしょ?」
そう答える私も、内心では満更でもない。だけど、自分が作ったものを他の誰かが食べてくれるのにまだ少し違和感を覚える。
「腹減ってる時に美味いもん出されたら、誰だってああなるって」
「そういうものかしら?」
「ああ、千鶴の弁当にかかりゃ誰だってああなる…そういや、」
彼は、武は、いつだって遠慮無しで、ちょっと大袈裟で、だけど都合のいい嘘は決して言わない。だから、私の料理を褒めてくれるのは、お世辞ではないのだろう。
「……」
「? どうした? 考え事か?」
声をかけられて我に返った。一瞬、私が『彼女』のことを考えたのに彼は気付いただろうか。
「あ、ごめん…えっと、何かしら?」
「いや、今日入ってた金平だけどさ、ちょっと味変えたか?」
「まあ、いつもとは違う味になったわね」
「ふーん…いつもより美味かったけど、千鶴ってああいう味付け嫌いじゃなかったか?」
二人で外食した時、私が何気なく呟いた言葉も彼は聞き逃してないようだ。その事に気付くと、私は何だか気恥ずかしくなってつい、
「たまたまよ、たまたま…ちょっとさじ加減間違えただけよ」
「じゃあ、今度からもさじ加減間違えてくれよ…ってのは、料理上手の千鶴に失礼かな」
「そうよ、武はいつでも失礼なんだから」
そう言い返すと彼は悪戯っぽく笑ってから、
「こりゃまた随分とひでぇ言い方だな…委員長」
「委員長言うなー!」
武がからかって、私がむきになって…そんな、いつもの風景。


そんな食後の会話を思い返し、ひとり笑みを零す私。武はまだ午睡の最中。私の膝枕の上で静かに寝息を立て、気持ち良さそうな寝顔を見せている。
さっきに比べたら、楽しそうな喧騒も公園内でよく見かけるカップルの姿も、あまり気にならなくなってきた。ただ、穏やかな木漏れ日と海風に包まれているうち私も少し眠くなってきた。
仕方ないか…さっきのお弁当だけじゃなくて、今日、五月五日のための準備もする為に早起きしてたし、昨日も練習で遅くなったし…でも、私は、武に膝枕を…


今朝、私はお重を手に武の家へ赴いた。
待ち合わせには随分早かったけど今日はいつもより時間に余裕があったから、起こしに行って驚かせてやろうと思って足取り軽く家へ向かった。しかし、彼の家の玄関から『彼女』が出てきた。
「おはよう、榊さん。タケルちゃん、もうすぐ起きるから」
そう言って『彼女』は、以前のクラスメイトだった時見せてた人懐こい笑みを見せた。
確か『彼女』は、武の家の隣に住んでいて、ずっと彼と一緒にいて、彼のことが…
気が付くと、私は武の家の玄関から立ち去り自宅に戻ろうとする彼女を呼び止めた。
「あの、ちょっと……さん?」
「どうしたの、榊さん?」
どうして私は、あの時『彼女』を呼び止めたのだろう。分からない。気が付いたら、私は『彼女』を呼び止めてた。彼女の気持ちを確かめたかったのだろうか。自分より先に武の家から出てきた『彼女』に嫉妬したのだろうか。…多分、どれもあの時の私が考えたことではない。
「今、貴方と話したいことがあるんだけど、いいかしら?」
私の語気が強かったのか、鋭い視線を向けたせいか、『彼女』は少し間を置いてから軽く頷いた。それから、私と『彼女』は武の家のダイニングへ足を運んだ。


「……ん、んん…」
不意に目が醒めた。視界がぼやけていない。どうやら、眼鏡をしたまま木蔭に凭れてうたた寝をしてしまったらしい。見下ろすと、武はまだ気持ち良さそうに眠っている。
私はひとつ息をついて周囲を見回した。連休の最後の一日だけあって、家族連れや若い男女がこの海沿いの公園に連れ立って楽しげに歩いて、はしゃいで、声をあげてる。
太陽が少し傾いたことを除くと、さっきまでとあまり変わらない風景。
膝の上の温もりが動いた。武が寝返りを打ったようだ。それを見てて、何故か可笑しくなった。
「…ほんと、どうして私、武と付き合ってるのかしら」
そう言ってから、そんな分かり切ったことを今更口に出す自分が可笑しくなった。そして夢現の中で見た『彼女』のことを思い返した。


「あ、座って…わたし、お茶入れるね」
『彼女』はまるでこの家の住人かのように私をダイニングに案内し、キッチンの棚に手を伸ばしてお茶の用意を始めた。私は武の家に初めて上がったから、右も左も分からない。今にして思えば、武は私と『彼女』をこんな形で会わせたくなかったのかも知れない。付き合い始めた時、三人は同じクラスだったのに。
「えーっと…お茶菓子はないか。タケルちゃんが買い揃えてるわけないし」
「お茶菓子になるものなら、持ってきてるわよ。お皿、出して貰える?」
その時私は『彼女』に『それ』を食べて貰いたいと思った。理由は巧く説明できないけど、多分、私は「委員長」という肩書きのない私を『彼女』に見て欲しかったんだと思う。『彼女』は最初「いいの?」という面持ちで私の目を見たけど、それからすぐに黙って頷き、程よい大きさのお皿を出してくれた。

私と『彼女』は薄めの煎茶を飲み他愛無い世間話をしながら、『それ』を食べた。
「これ、榊さんの手作り?」
どうしてそう思ったのか、彼女は美味しそうに食べながら尋ねてきた。
「え、ええ…変かしら?」
「ううん、すごく美味しい。榊さん、本当にお料理うまいんだねぇ…」
「…さん、『本当に』って…誰がそんなこと言ってたの?」
私は分かってた。きっと武のことだから、『彼女』に自慢でもしたんだろう。
「タケルちゃんが言ってた。お前のメシなんかと比べ物にならねーくらい美味いって」
そう答えながら『彼女』は笑っていた。その笑顔を見て、私は思わず声を荒らげ、
「そんな言い方、…さんに失礼じゃない!」
「……」
『彼女』の笑みはすぐに見えなくなった。
「貴方だって、武のために一生懸命作ったお料理なんでしょ! それをそんな…」
私がそうしてひとり怒ってたところに、折り悪く寝ぼけ眼の武が階上から降りて来た。
私は怒った顔のまま武を出迎えたけど、そこを『彼女』はうまく取り繕ってくれた。


「あー、よく寝た…」
丁度寝ぼけ眼の武を思い浮かべてたところで、膝枕をしてた武が目を覚ました。
「どうしたんだよ、そんな怖い顔して? 膝枕、嫌だったか?」
「そんな事はないけど…武は朝も昼も寝すぎよ」
怖い顔と言われても、他の女の子のようにうまく作り笑いを浮かべたりできない。
今朝だってそうだった。だけど武はそんな私に「笑え」と言わない。その代わり膝枕の上で甘えながら、
「寝る子は育つんだよ…そう言やさ、それ」
言いながら武は風呂敷を解いてない重箱を指差した。私が『彼女』に出した『それ』が詰められた重箱。私はそれを手にとって引き寄せた。
「そう、それそれ。何入ってんだ?」
「おやつよ…今日のためのお菓子」
一瞬武が「?」という顔をした。あの時、武は私と『彼女』が食べていたものを見て中身を知ってるものだとばかり思っていたけど、本当に武は知らないんだろうか。
それとも、またお芝居を打って私をからかっているのだろうか。
「今日って…五月五日? ああ、そっか、柏餅か」
「そうよ…食べる?」
「ああ、食べる食べる。しかし久し振りだな、柏餅食うなんて…」
私は風呂敷を解いて中から柏餅を一個武に手渡した。早速包んでた柏の葉を剥いて餅を頬張る武。
「美味いな、これ。でも、何でまた柏餅なんて作ったんだ?」
そこで私は、精一杯意地悪な作り笑いを見せて、
「だって今日は『子供の日』でしょ? だから、武のために柏餅作ったの」
武は口に柏餅を咥えたまま黙ってこっちを見てる。ずっと見てる。そのせいか私は何だか居心地が悪くなって武から目を逸らしてしまう。
「な、何よ…黙ってないで何とか言いなさいよ、もう!」
「いやさ、千鶴も冗談言うようになったんだなー、って思ってさ。いやあの真面目な委員長だった千鶴が、こんな手の込んだ冗談を…」
そう答えてから、武は柏餅の残りをひと口頬張る。
「だから、委員長言うなー!」
「……まあまあ…(ごくっ)…それじゃ、俺は柏餅のお返しをしなきゃな。ちょっと目を瞑ってくれないか?」
そう言う武の顔は、いつになく真顔だった。この顔は、最初から準備してたものを私に渡すタイミングを見つけたって顔だ。何となくそう感じた。だから少し意地悪な 返事をした。
「何でよ? どうせお子様の武だから、変なお返しなんでしょ?」
「まあまあ、そこはほら、お約束ってことで…頼むよ」
口調こそおどけてるものの、私を見据える視線は真剣そのものだった。私は頷いて目を閉じた。色々な可能性が頭に浮かんで、自然と胸が高鳴り始める。

何回胸の鼓動が鳴った時だろう。首筋の辺りに冷ややかな感触と手の温もりが触れた。
もう何回胸の鼓動が聞こえた時だろう。武は私に「目を開けて」と囁いた。今までに聞いたことのない、少し緊張した乾いた声だった。
私は言われた通り、目を開ける。首筋に目をやる。そこにあったのは、銀色のネックレス。胸元には深い翠の小さな石が光っている。
「これって…」
「誕生日おめでとう…もう委員長じゃないんだから、ちょっとはお洒落しろよな」
武の一言一言で、胸が詰まりそうになった。自然と目が熱くなる。こんな風に誕生日を誰かに祝ってもらうなんて、いつ以来だろう…思い出せない。
「余計なお世話よ、ほんと…」
そう言い返した私の声は、聞いてて恥ずかしい位の鼻声だった。続けて唇に、餡の味。
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