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俺が望むSS(駄文、SSの書庫)

'03年 榊千鶴・生誕祝 「言えないなれそめ」

「ねえ、おかあさん」
私が夕食の後片付けをしていると、長女の蛍がまだ台所にいて、私に質問してきた。
長女の「けい」という名前だけど、これは同じ名前の読みの同級生がいて、彼女から名前を借りた。
私個人として思うところがあって「けい」という読みを使わせてもらったが、この事は夫には内緒。
もっともらしい理由を言ってある。彼女を知ってる夫に事実を知られたら、また馬鹿にされそうで…

「ん、どうしたの、蛍(けい)?」
私は洗いものの手を止めてエプロンを外し、ダイニングテーブルの長女の向かいに腰掛ける。
蛍は何か言いにくそうな感じで時々「えーっと」とか「うーん」なんて小声を出して困っている。
大体こういう時は夫に似て、都合の悪いことを一人で考え込んでることが多い。
私から話を切り出してあげる。
「なあに、お勉強のこと? お母さんが見てあげるから、持ってきてごらんなさい」
「んーと、学校のことなんだけど、きょうかしょの問題とか、そういうのとはちょっと違うんだ…」
元々この子は、夫に似て学校でははしゃぎ回って勉強なんてそっちのけという性格なので、
私に勉強の話をするのはあまり得意ではない。だが、私から水を向けると素直に私の言う事を
聞いてくれる可愛い子だ。困り者の夫とは違って。
「あのね、『おとうさんとおかあさんのなれそめ』っていうのを学校で発表することになったんだけど、
『なれそめ』ってなあに?」


  *  *  *  *  *

そう言えば、私も小学校の頃社会科だったか生活科だったかで、家族のことを題材にして発表する機会があった。あの時の私は、母親のことが本当に嫌いで、片親だということを知られて同情されるのが子供心に大嫌いで、その都度「自分の発表の番が来なければいいのに」なんて思って恨めしく思いながら布団に潜ってた記憶がある。
そんな私も、恋人ができて彼と結婚して、子供ができて母親になった。そうしていくうちに、「せめて自分の子供には、そんな思いをさせたくない」と頑張ってきた。と言っても、夫のように子供と一緒になってゲームしたり遊んだりというのは、ちょっと難しいけど…
「そうね、馴れ初めっていうのはね、お父さんとお母さんが仲良くなったきっかけのことをいうの」
「うん、じゃあ、そのきっかけを教えてよ」
私は思わず苦笑いしていた。馴れ初めというと、夫との初めてのデートを指すのだろう、やはり。
正直今でも無茶苦茶な初デートだな、と思う。やっぱり私だって今思えば、もうちょっと告白らしい告白とか(どっちから告白、というのは置いといて)、もっと心置きない待ち合わせとか、初デートらしい初デートをしたかった。まあ、無茶苦茶なのは昔も今も夫の変わらないところなのだけど。
「うーん…蛍が学校で話すには、ちょっと恥かしいんだけど…」
「ただいまー」

  *  *  *  *  *

丁度いいところに夫の武が帰ってきた。今日は思ったより早く帰れたらしい。
「お帰りなさい、ご飯どうするの?」
「ああ、悪ぃ、職場で済ませてきた」
「…全くもう、いつも言ってるでしょ、夕飯がいらない時は…」
夫は何度言っても、夕飯を先に済ませた時に連絡を入れてくれない。
それでも毎食、夕飯の準備をしちゃう私も私なんだけど…
「悪ぃって、本当いつも感謝してるって、いやマジで…で、母さんと何の話してたんだ、 蛍?」
もう、そうやってすぐに都合が悪くなると話を変える…私が蛍に甘いの知ってて。…馬鹿。
「んとねー、なれそめの話」
「お! 蛍にも遂に彼氏ができたのか? 父さんに似てモテるな、蛍?」
「うん、おとなりの純夏おばさんには毎朝『蛍ちゃん、かわいーっ!』ってキスしてもらってる」
全く、父子揃って話をすぐ脱線させるんだから…毎朝、か。純夏、ありがとう。
「…って、そうじゃないでしょ! 蛍が学校で発表するから教えて欲しい、っていうのよ。
あなた、蛍に馴れ初めのお話をしてあげたら?」
「なっ! そ、そういうのは、昔委員長だった母さんの方が得意だろ?」
「え、だって…でも、本当のこと言っちゃっても、いいの?」
私はちょっと意地悪に聞き返した。案の定子供の前ではいい格好しいの夫で、私も多少は(子供の情操教育上)話を合わせて「いいお父さん」ということにしてあげてるので、「あの」初デートの話は正直には話せないだろう。

  *  *  *  *  *

「あ、ああ…まあ、いいんじゃないのか? あれだろ、学校サボって初めてデートした時の話だろ?」
「ちょ、ちょっと! 本当に話すの?」
やっぱり私としては、『お父さんとお母さんが学校サボってデートして、その末結婚した』なんて子供が学校で発表されるのは抵抗がある。両親が不良だと思われると、子供がどう思われるか可哀想だし…そう思って言い返したが、
「ああ、別にいいだろ? 父さんが母さんのこと気になって仕方が無かったから、無理矢理サボりに付き合わせたんだ。な、蛍、父さんの気持ち分かるだろ、母さん美人だしな、な!」
「ちょ、ちょっと…」
何よ、普段は兎も角、デートの時もろくに言ってくれないようなこと、さらりと言ってくれちゃって!
本当、適当なんだから…もう。
「うん、分かる」
蛍はにこにこして夫の言葉に同意した。娘に美人と言われたような気がして気恥ずかしい反面、夫の口先三寸にちょっと辟易しかけた時、蛍と夫の次の言葉にはっとさせられるものがあった。

  *  *  *  *  *

「お父さんは、お母さんのことがいちばん大事だったんだよね? …なれそめの時から、ずっと」
「ああ。さすが蛍、親に似て頭がいいな…でもあれだぞ、学校サボるのは良くないことだからな?」
夫は蛍の頭を優しく撫でる。父子共に、本当に嬉しそうな顔をしている。
「ん、わかってる…お父さんとお母さん、昔から仲良かったんだね、えへへ」
そうやって笑う蛍の顔を見ていたら、不意に頬を涙が伝った。昔、私はこんな笑顔を見せられただろうか。彼に出会わなかったら、彼との「馴れ初め」がなかったら、彼と今こうしてなかったら、
私は笑うことができただろうか。
今、こうして格好の悪いことや体裁の悪いことでも、胸襟を開いて笑って話し合える。
これが、家族というものなんだ。私が求めていたもの。私が、知りたかったこと…

「おかあさん…どうしたの、どこかいたいの?」
「おいおい…いや、俺、ちょっと調子に乗ってた。悪い。もっと、真剣に話さないと駄目だよな…」
私は涙を無理して止めずに、何とか笑顔を浮かべようと努力して言葉を返した。夫に向けて。
「もう…本当、馬鹿なんだから」
私はまだ、素直になれない時もあるけど、これからもよろしくね、武、蛍。…それからお腹の、雪。
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