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Ying/Haruka(友永遥香生誕祝)

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  「陽はまた昇る」  

「ふぅ…やっと終わり、かぁ…」
機械と配線で埋め尽くされた室内で、一人の女性がコンソールから顔を上げ安堵の声をあげる。所々煤けた汚れのついた頬と、目尻や額に微かに刻まれ始めた小皺を見ないことにすれば、およそこの作業場には場違いと言える美貌と肢体の持ち主。
作業を離れて伸びをする背中には、積年の疲労がどことなく見て取れる。

彼女は久我山若佳菜。人間の手に余ると言われ続けた「無機頭脳」のソフトウェア面からの研究の道を弛む事無く切り拓き続けている存在であると同時に、ロボットの自律的意思の可能性、機械と人間の共存のエバンジェリスト的存在である。
背中に懲り固まった「積年」が彼女の今携わっている作業から来るものなのか、或は彼女が今日まで関わってきた研究によるものなのか、読み取るのは難しい。
ちょうど彼女がキーボードから手を離して大きく伸びをした時、彼女の背後=機械と配線が渦巻いて混沌としている隙間から、黒く汚れ過ぎて元の色さえ分からない繋ぎ姿の少女にも見える女性が抜け出して来て声をかける。
「こっちも終わりぃ〜…結構かかっちゃったね、若ネェ。ここまでこぎつけるのに」少女と見間違えそうな彼女は若佳菜の妹、深佳。幼い外見とは裏腹に機械と名の付くものであれば何であれ魔術師的手腕と着想で稀有の一品を創り上げる職人芸の持ち主だったりする。
深佳が姉にかけた声だけを聴けば普段とそう変わりはないが、彼女の口元を見ると一朝一夕の成果では見られない満足の証が浮かんでいた。
「まあ、私や深佳が抱え込んだ技術的な問題よりも、外野からの政治的な制約が大きかったから。それでも、この子達がちゃんと完成できたんだから、よしとしなきゃ…そっちも作業終わったの? コーヒー淹れるわね」
姉、若佳菜がコンソールの傍に鎮座するコーヒーメーカーのボタンを押す。程なく紙コップに香ばしい液体が注がれ満たされてゆく。本来ならばコンソールの傍にコーヒーメーカーなど置かないものだが、作業が立て込んでたのか置く場所が作れなかったのか、この部屋で一番平面面積の多い場所でメーカーは働いていた。
注入が適量になってメーカーが止まったところで妹、深佳の手にコップが渡される。
「ん、ありがと」
受け取ろうとする手にコップが渡る寸前に、若佳菜は苦笑交じりに、
「……深佳、作業終わったんだったら、軍手くらい外したら?」
「あー、そっか…あはは、まだ作業気分が抜けてないや」
言われて気付いたとばかりに、深佳は慌てて真っ黒な軍手を外し繋ぎのポケットに押し込む。それから、手早くコップを受け取り湯気の立ち上る液体を一口。
その様子を何か言いたげに眺めながら、若佳菜もコップのコーヒーを口にする。


「しかし、政治家連中が結構根強く反対してた計画だったのに、よく最後まで中止されずに済んだよね」
軽く一口飲んだところで深佳は若佳菜に水を向ける。
「やっぱりこれも、奈都美さまさまかなぁ…あたし達の研究成果出してもいい返事 しなかったくせに、どいつもこいつも奈都美の遊説ひとつでコロコロ態度変えるんだもんなぁ…」
話を聞きながら一杯目を飲み干した若佳菜が宥めるような笑みを浮かべつつ、
「仕方ないでしょ、お偉い方々にとって見れば私たちは、一介の研究者なんだから… それに、奈都美さんは、未来の大統領なんて言われるお偉いさんなんだから。
ほんと、担任やってた頃には全然そんな風に見えなかったんだけど」
「そーだよねぇ…ぽけぽけしてトロくさい感じの、あの奈都美がねぇ〜」
昔を懐かしむようにその名前を呼びながら、二人は乱雑に詰まれた書類の上に覗く写真立ての少女の顔に見入る。一寸抜けてそうな、だけど不思議と和む顔立ち。
写真に写る女性陣の中で一番落ち着きがなさそうな彼女こそが『愛原奈都美』。
彼女は将来授かっていた才能をある機会に開花させその天才ぶりを遺憾なく多方面に発揮し、人間と人間外の存在との共存のため活躍しているという。
彼女の才能と意思を支えているのは、ある「一人の」彼。
「あとは、千絵梨さんの援助のおかげかしら」
「……正直ちょっと認めたくないけど、あの財力がなかったら、ボク達もここまでやってこれなかったのは事実だしね」
千絵梨の名前にはいい顔をしない深佳。どうも未だにあまり仲が良くないらしい。
「深佳、そういう言い方しないの…もう」
「別に嫌いって訳じゃないんだけど、話が噛み合わないんだもん」
写真立ての少女の顔に見入る。写真を見るだけで分かる上品な物腰、召し物。
写真に写る女性陣の中で一番「お嬢様」に見える彼女こそが『北条千絵梨』。
元々政財界に少なからず影響力をもっていた北条家だったが、壊滅的なあの災厄からの復興に際し資材の減耗も厭わず尽力したことが更なる発展に寄与した。
その北条家を現在取り仕切る千絵梨もまた、「彼」が残した世界と可能性を信じてやまない。そしてそのために自分の持つ財力と権力を惜しまない。


「でも、やっぱり…」
「ん?」
「…やっぱり、和樹くんのおかげかな」
写真を眺めながら、若佳菜の口から思わず言葉が漏れる。写真にその姿はない。
「ん、何が? 奈都美のこと? …それとも、この計画?」
独り言のように若佳菜の口から漏れた名前に深佳も耳聡く反応する。今の二人を語る上で外すことの出来ない「人物」の名前。友永和樹。
当時ならオーパーツとも言える「無機頭脳」を有し、人を知るために生まれ、人と触れ合い続けることで学び、そして機械と人間の渾沌が生み出した世界的災厄の中枢に殉じて人間の世界を辛うじて未来へ導いた、「一人の」ロボットの名前。
教科書的な解説からすれば彼のことはこう説明されるが、彼と直接触れ合った彼女達にとって、「友永和樹」という存在を「友永和樹」という名前と彼女達自身の声以外で語ることはおよそ困難なことのようだ。
「それもあるけど、私たちのことも含めて…全部、かな」
「全部、かぁ…そうだね、あたし達が今こうしてるのも、全部和樹の『せい』だね」
二人の会話尻だけを捉えると単なる昔語りに聞こえるのだが、二人の顔を見るとそれだけで終わらない何かが浮かんでいるようにも見える。
「『せい』って…まあ、私も否定はしないけど」
「そうだよ、若ネェが行き遅れたのだって、無機頭脳の研究にかまけてて…」
「深ぃ〜佳ぁぁ〜〜?」
調子に乗って口を滑らせたが、若佳菜の鋭い睨みに恐れをなしたか深佳は途中で言葉を止めて、ひきつった笑いを浮かべてお茶を濁した。
「あー、まあ、それは、置いといて、と…」
実際に置いとく仕草をして、
「この子達の起動作業って、どうなってたっけ?」
「えーと、確か、17日に警視庁から監査担当官が来て立会いの元、私たちが作業に取り掛かる筈だけど…17日って…今日じゃなかったかしら?」
覚束なげに答える若佳菜。問い返されても小首を傾げるだけで答えられない深佳。
二人の間に数瞬沈黙が流れたところで、部屋の外の方から足音が響く。
「誰だろ? こんな作業現場までわざわざ…」
「ここまで入れる権限を持ってるのって、私たち以外だと、その『監査担当官』だけだった筈だけど…誰かしら?」
「実は、私でした」
新たに機械と配線で埋め尽くされた中央制御室に足を踏み込んだ姿に、久我山姉妹が少なからぬ驚きを見せる。その『監査担当官』とは…


「純子さん!」
果たしてそこに立ち入ってきたのは、『監査担当官』というお堅い肩書きが想起させるものとは違った、深紅のスーツとミニに身を包む砕けた感じの美女、麻生純子。
過去にはサイバー関連のエージェントとして現場を奔走していた(現場を張っていたその頃の武勇伝も少なからずあるが、それは今は置いておこう)せいか、その立ち姿にはどこか勇ましいものが感じられる。
彼女は雑然と散らかった制御室のちょっとした壁の出っ張りに腰かけるようにもたれ、二人に懐かしむような笑みを向けながら、
「お久し振り、二人とも…こういう縁って、不思議とついて回るものね」
ここではない遠くに目を向け、思いを馳せながら感慨深げに切り出す。彼女の表情に暗いものはなく、寧ろその『縁』を快く受け入れている感じがする。
新たな来客を出迎える側の一人、若佳菜も疲れを見せながら心地良い笑みを返す。
「縁、ですか…そうですね、確かに」
しかし妹の深佳は少し穿ったような表情を浮かべ、
「年下好きが二人揃って『縁』っていうのもどうかと思うけどなぁ…」
あさっての方向に向いてぼそりと呟いた深佳の台詞だったが残る二人はしっかり聴いていたらしく、鋭い視線と無言の圧力が向けられる。
「こほん…それを言うんだったら、貴方が秘密裏に予算執行して進めてた『二足歩行型』のことを本署で詳しくお伺いしましょうか、久我山深佳博士?」
往時の彼女だったら、冗談交じりに手錠くらいはかけたかも知れない。そんな声色。
だが「年下好き」という言葉自体を否定しない辺り、純子にも思うところがあったと取っていいのだろうか。
「え、あ、いや、それは…だって折角を蘇生するんだったらって…ね、ねぇ、若ネェもフォローしてよ…あ、あはは……」
乾いた笑いを向けると姉は妹に対しあしらうような口調で、
「そうねぇ〜、私たちが純粋に人間と機械の共存を目指して推進してる計画に対して、仮に本当のことだとしても、『年下好き』って言い方はちょっと、ねぇ…」
若佳菜もまた「年下好き」という言葉を否定はしない。
「な、何だよ! 最初は若ネェだって乗り気だったじゃないか! 『和樹くんの顔はもう少し…』とか何とか、ボクが冗談半分で書いてた図面に大真面目に文句つけちゃってさ!」
「あれはちょっとした言葉のあやでしょ…」
「ふぅ〜ん…どうかなぁ〜?」
純子は不意に始まった姉妹喧嘩に苦笑しつつ、
「まあまあ…その辺の事は冗談として、」
二人の注意を本来の方向に向けることにした。
「どうして『二人』揃って、この秋葉原タワーに再生することになったのか、聞いてもいいかしら? …前任者がその辺のお仕事以外の事、全然引き継いでくれなかったもんで」
ここで『二人』と口にした時、純子の手が制御室の壁面の一角に優しく触れていたことに姉妹は気付いていただろうか。彼女もまた久我山姉妹と同様に、「友永和樹」という存在の大きさを雄弁に語れない女性のひとりのようである。


二人は暫くの間沈思黙考していたが、やがて自分が応えるべき言葉と想いを選び終えたのか、順番に穏やかな声で純子に応えていく。
「そうですね…やっぱり和樹くんが最後にこの場所で、人間の未来を願って自分の全てを賭けて戦ってくれたから、かしら…」
『彼』の担任教師であった女性、そして彼が持っていた無機頭脳の可能性・有用性を真剣に信じそのアーキテクチャの解析を本職とした姉は答えた。
「最後はああなっちゃったけど…とは仲のいい兄妹だったし、折角生まれ変われる機会を作れるんだったら、二人一緒の方がいいかなって…」
元々目指していた道、『彼』が支持してくれた道。その道を迷う事無く選択し邁進し、<ロボット工学の生きる伝説>とまで今では呼ばれる妹は答えた。
「……そう。それで二人一緒に…でも、」
二人の返答を聴いた純子は軽い安堵の表情を浮かべる。
「お役所が付けそうだった微妙な線の名前じゃなくって、本当良かったわ」
「微妙な、線?」
二人声を揃えての質問に対し、
「ああ…この計画、一号機に当たったのはあの時使われたがベースになってるでしょ? だから、二号機、三号機って感覚で安直な名前が候補に上がってたみたい。 護国のお宮に準えてとかとか、そういう線で命名されそうだったって いう噂は聞いたわね」
方向性として間違ってはいないが、こういうしゃちほこばった名前はどうも嫌よね。
口に出しては言わないが、二人には純子の表情にそういう色が読み取れた。
「ま、まあ…趣旨に反した命名って訳じゃあないけどさ…」
確かに「お堅い」と言われそうな命名のラインに深佳は苦笑で応じる。
それから、純子は意味ありげに若佳菜の方に視線を向け言葉を続ける。
「他にもお堅い連中は色々案を練ってたみたいだけど、若佳菜先生が思わず名前を使ったとで世論が納得しちゃったから」
悪戯っぽい純子の言葉と笑みに対して若佳菜は少し居心地の悪そうな表情を浮かべ、
「あ、あれは…つい、あの場で切羽詰って出た名前で…」
「でも、人間にとって一番親しみのある機械の名前、なのよね」
友永兄妹が人間の世から姿を消してから、いつからか兄和樹の遺した嘘偽りのない想いの丈が電子の海で漂い流れ、広く人々に読み語られたことがあった。
機械に世界を破壊され傷付けられ機械に倦んだ人間の目をもう一度機械に向けさせたのが、機械として生を受けた「友永和樹」の手記だった。

これが、人間と機械とネットワークの新たな仲介役との目覚めの朝。
機械の叛乱による混乱と破壊から立ち直った人間の選んだ、機械と人間の共存の道。
その希望の道の礎が築き上げられた場所がここ、秋葉原タワー…


三人して今は使われていない、秋葉原タワーの展望台から登り来る朝日を眺めていた。
皆黙って、ただ、10月17日の新しい朝を迎えていた。力強く差し込む朝陽が目に染みる。

「おはよう、遥香…それから、誕生日おめでとう」
『ありがとうございます、兄さん…でも、』
「でも?」
『でも、今日からは兄さんも、私と同じ誕生日になるんですよ?』
「ああ、そうか…言われてみれば、僕の誕生日は、遥香と同じ日になるんだね」
『ええ…お誕生日おめでとうございます、兄さん』
「ああ、ありがとう…それにしても、僕達の役目は随分な大仕事だね」
『確かに大仕事ですけど、二人一緒ならきっと大丈夫ですよ…私と、兄さんが、二人ずっと一緒なら』
「そうだね、遥香が一緒にいてくれるから、大丈夫だね」
『そんな…私はただ、兄さんの傍にいて出来るだけのお手伝いをするだけですから』
「頼りになる妹がいて、嬉しいよ」
『(妹…よりは、できれば…二人一緒だから…ふ、ふう…ふ……)』
「…遥香?」
『は、はい!? 何ですか、兄さん…?』
「誕生祝のお返しと言っては何だけど…これからもよろしく…遥香」
『はい、こちらこそよろしくお願いします…(大好きな)兄さん』

こんな会話が実際にとの間で交わされたかどうかは分からないが、 『二人』なら仲良く見守ってくれるはずだ。人間と、機械の、優しい未来を。
何故なら二人には携わった人々の多大な労力が、携わった機械の賜物が、そしてその中心にいた何人もの母親役の真摯な願いと命名が授けられているから。


今日は20xx年10月17日。
奇しくもの由来となった「友永遥香」の誕生日。
友永和樹の妹として生を受け、女として彼を愛し憎み、最後にはロボットとして人間の未来を望み息を引き取った彼女の、二度目の生誕の日。

願わくは、彼女と兄とが新しい生命で、新しい世界で、二人離れず幸せに暮らさんことを…
「友永和樹」と触れ合った人間達は、彼の妹のこともまた忘れずに想っていた。
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