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● Yang/Haruka(友永遥香生誕祝) --- 「she so cute」 ●

(1)

朝。いつもと同じように正常に起動。各種動作も全く問題ない。
僕=友永和樹に関しては、いつもと何も変わりのない朝だった。
ところが。
目を開けて部屋の中を見た途端、「変化」は訪れた。

「おはようございます、兄さん…朝ご飯、用意できてますよ♪」
歌うような声が僕を起こす。僕の場合、起こされる必要はないんだが「彼女」にとってはそういう気分なのだろう。
…皇路学園の制服、その上から淡いピンクのエプロンをまとった女の子。
流れるような白銀の美しい髪、赤味がかった優しい瞳、端正な鼻梁。制服とエプロンに包まれても十分魅力の伝わる健康的で女性らしい肢体。
他の誰とも間違えていない、今僕の眼の前にいるのは妹の遥香だ。それは正しく認識している。だが、昨日まで置かれていた状況、僕の記憶にある情報がその認識を否定している。
「……兄さん? もしかして、まだおねむですか? …あ、いけない」
とたとたとた…可愛らしく小走りにキッチンへ向かう遥香。
何かの料理の途中だったらしい。そちらに目を向けると、自然と何かを炒める香ばしい音と香りが伝わってくる。あまり意識していなかったが、僕 が目を覚ます以前から遥香は一人で起きて朝食を準備してたらしい。
状況認識クラスタに確認…間違いない。僕の記憶にも視覚にも障害はない。
平たく言えば、僕の記憶も機能も正常、しかし全てが正しいと仮定すると、昨日までの状況と今目の前にしてる状況の間に矛盾が存在する。

目の前の制服を着た少女は確かに妹(的存在のロボット)の遥香。
制服の上からエプロンを羽織り、フライパンを片手に部屋の中を慌しく動き周り、今まで使われたことのないキッチンで何か料理を作っている。
だが、遥香は昨日僕が休止するまで車椅子で移動することしか出来ない状態(どうして遥香がそうなったかを話し始めると長くなるので、ご存じない方は"Hello,World"本編で確認して欲しい)だった。

何故、いつの間に、遥香は自分の足で立って歩けるようになったのか。
どうして遥香が、僕の通う皇路学園の制服を着ている(持っていた)のか。
どちらも僕が昨日休止するまで全然知らなかったことだ。
…もしかして、遥香は僕に「自分が歩ける」ことを隠していたのだろうか。

気になった僕は寝台から起き出しながらキッチンで踊るように料理する遥香に声をかけた。
「遥香? …君はいつから、歩けるようになったんだい?」
僕の声に気づいたところで手際よく火を止めてフライパンを小躍りさせながら、遥香は振り向いて僕に答える。実に手馴れたフライパンさばきだ。…でもこの家にフライパン、あったかな?
「私はもともと歩けたじゃありませんか…でも、一度私が交通事故に遭って、三年間眠ったままの時期はありましたけど」
答えながらフライパンの上にこんがり焼けたウインナーを皿に盛り、僕の座った場所に差し出す。
僕(や遥香)は一応代謝系の機能を備えているが、別に食事は必要ない。
けど、今嬉しそうに準備してる遥香にそれを言うのは何だか気が咎めた。
と自分の状況を観察しているうちに漸く遥香の台詞に思い当たる出来事?が 確認できた。恋愛ノベルものの劇的な一幕のことだ。事故に遭うヒロインの名前は…『はるか』。そこで漸く遥香が『ボケ』発言をしたのに気づき、 お約束の『ツッコミ』を返す。
「…それは『はるか』違いじゃないか」
「うふふ、兄さん、ナイスツッコミですよ。その調子なら、薫さんの巧みなボケに対応できる日も遠くありませんよ?」
笑って応える遥香。
僕の記憶と経験的統計から言うと、この場合薫さんが相手だったら「和樹、ツッコミが遅い」という指摘と、ツッコミ返しのチョップが容赦なく飛んでくるだろう。
…いや、そういう話をしてたんじゃない。本題に戻ろう。
「そうかな? …そういえば遥香、どうして遥香が皇路学園の制服を着てるんだい? まさか、遥香…」
「ええ、その『まさか』です。私も今日から、兄さんと一緒に学園に通うことになったです。楽しみで楽しみで、昨晩はぜんぜん眠れませんでした」
満面の笑みを浮かべて応える遥香。学園に通うことが本当に楽しみなんだな。
(僕達ロボットは「眠る」必要がないから、遥香の言う「眠れなかった」は期待感や喜びを表す比喩表現と解釈した)
確かに、学園で過ごしてると僕の予想もつかない出来事が沢山あって色々と刺激がある。
普通の人間だったら、こういう毎日を「楽しい」と表現するのだろう。
しかし、一体何がどうなってるんだ? 一晩で遥香が車椅子を必要としない体になるようなことが、何かあったのだろうのか?
思索を巡らせネットワークの情報を漁る。小さなことでも、遥香のこの変化に繋がる出来事は何かないだろうか… 記憶を辿って数刻、思い当たることがあった。そういえば、つい最近深佳さんが「メンテするから」って遥香を数日間預かってたんじゃなかったか?
「…もしかして兄さんは、私が学園に通うの、反対ですか?」
僕が情報収集し始めた様子を誤解したのか、遥香は次第に表情を暗くし、声色も沈みがちになっていく。
「あ、違うんだ、遥香…ええと、遥香が僕と一緒に通学するのは全然構わない、いや、むしろ嬉しいくらいなんだけど…」
僕が慌ててフォローを入れると遥香は落ち込んでいた表情を少しづつ和らげ、少し拗ねて僕の方に向かってじと目を向けながら尋ねてくる。
「……本当ですか? 本当に私、兄さんのお邪魔じゃないんですか?」
「もちろんだよ遥香……そういえば、この間深佳さんのところでメンテ…」
僕が漸く思い至った話題を遥香に向けようとしたら、
「…あ、コーヒーが入りました、今淹れますね」
さっきまで曇らせていた笑顔を晴れやかに浮かべ直し、再び小走りにキッチ ンへ戻っていった。自分の足で軽やかに。
何だか間が悪いようだ、遥香の脚のことはひとまず置いておくとしよう。僕だって何も遥香が歩けることを咎めるつもりは無いし、深佳さんが僕に何も言わずに遥香を直したとしても、それは何より遥香のためなのだから。ただ僕は、遥香が歩けるようになった理由を「知りたい」だけなんだ。
「…はい、兄さん。えっと、お砂糖は…」
遥香も僕もロボットだ。コーヒーに砂糖を入れる意味はない。仮に砂糖で味が変わるとしても、その情報は推測可能な範囲の変化でしかない。
おそらく遥香は、僕との会話を楽しみたいのだろう。最近まで脚が動かせなくて立って歩くことも出来ず、あまり外に出ることもなく過ごしてたから、 自分の脚で歩けること、自由に外に出れること、そして何より学園に通えること、そうした変化が楽しいのだろう。
ここは遥香のノリに合わせてあげるのがいいだろう。
「ああ、いいよこのままで…ありがとう、遥香」
「いいえ…さあ兄さん、冷めないうちに召し上がれ」
僕たちは、二人で暮らしてきて以来初めてといっていい時間をかけた朝食を摂った。温かい料理とコーヒー、何気ない会話。人間の食事につきもののこうした小さな積み重ねが「美味しい」という感覚に結びつくのだということを、僕は遥香の仕草や笑顔から読み取ることが出来た。

ふと視界に入ったカレンダーの日付は、10月17日になっていた。
何か意味のある日付だったと思うんだが、その意味が僕にはすぐに思い浮かばなかった。


(2)

朝の涼やかな空気の中を、私は真新しい制服に身を包んで軽やかに歩き出す。
人々が日々暮らしている世界を、私が自分の足で歩けるようになってから二度目の外出。

昨日まで車椅子で出歩いていた街並みが、今日はいつもと違って感じます。
学園の校門に向かってゆっくり歩いている制服姿も、
通学路の周りに建って いる数多くの建物も、
聳え立つ建物と建物の合間から見える空や雲や太陽も、いつもより身近なものに思えました。
目線の高さが変わったから? 「歩く」という未経験の行動から受ける刺激?
…どちらも正解の一要素だとは思いますが、一番大きいのはやはり、私が兄さんと一緒に肩を並べて同じ学園に通っている、そのことだと思います。

もう、かれこれ一年の間ずっと私が望んでいたこと。
兄さんと肩を並べて、同じ風景に包まれながら、二人で歩くこと。
ただ、それだけができればいいと思っていたのに、いざ歩けるようになってみたら、色々と欲張りになってしまいました。

今朝、兄さんより先に「起きた」私が思いついたのは、私が作った朝ご飯を兄さんと一緒に食べる風景。もちろん、私も兄さんもロボットですから、人間のように「食事」をする必要はありません。その辺りは自分でも理解しているつもりです。
だけど、私は朝のひとときを少しでも兄さんと一緒に過ごせるのならそれもいいかなと思い、思いついたことを実行に移してみました。

はじめてのお買い物。
知識や情報として知ってはいたことですけど、実際に自分でコンビニに足を運んで自分の目で品物を選んでいると、兄さんがどんな顔して食べてくれるのか自然と考えてしまいました。
貨幣の代価として商品を手に入れる。私が認識していた「お買い物」。
でも実際私が「はじめて」経験したお買い物は、知識以上のものを私に実感させてくれました。

はじめてのお料理。
いきなり難しい料理を作って兄さんを驚かせたかったのですが、通学前の朝ご飯という雰囲気には不向きだと判断して、トーストをメインにして、簡単に卵とウイ ンナーを炒めてみました。
初めてでも問題なくできると思ってフライパンを握ってみましたけど、実は兄さんが目を覚ますまでにちょっと卵を焦がしてしまいました。
ちゃんと兄さんには出来のいいものをお出ししたから、私がお料理失敗したこと、気付いてないと思うんですけど…あ、兄さんにはこのこと、絶対に内緒ですよ!

目を閉じて、そんな今朝の出来事を反芻しながら一歩を踏み出す。
皇路学園の淡いピンクを基調にした制服が、
制服を着る時邪魔にならないよう編み上げて束ねた白銀の髪が、
今日のために用意した真新しい通学鞄が、
私の踏み出す一歩一歩に合わせて軽やかに揺れ動き私の気分も軽くしてくれます。

軽やかついでに、私は兄さんの方に少しだけ視線を向けます。
…まだちょっと恥かしくて、兄さんの顔をちゃんと見ることができないんですけど。
「あ、あの…兄さん?」
「ん? どうしたんだい、遥香?」
今まではずっと高いところにあった兄さんの瞳が、今はほんの少しだけ見上げるくらいの位置に見えます。…こんな近くで目と目が合うなんて思わなかったから、兄さんと何気なくであっても目を合わせ続けてるのが気恥ずかしくて、つい私は兄さんから視線を逸らしてしまいます。
「……遥香?」

どうしよう、兄さんが心配して私の方に向き直ってます。
何か言おうとすると、さっきの兄さんの顔が頭に浮かんで、言葉がうまく返せません。
気分が軽くなったついでにと言おうとしたことが、さっき目線を合わせたせいか頭の中が兄さんのことでいっぱいになってしまって、ちゃんと兄さんの顔を見て言葉を切り出せなくなってしまいました。
とても簡単な言葉なのに、二言三言で伝えられることなのに、うまく切り出せません。
でも兎に角、何かを言わなければ、気まずい雰囲気になってしまいます…

「何か、僕に言いたいことがあるのかい、遥香?」
論理的に各種クラスタから「言うべきだ」と答えは出てるんです。でも、やっぱり恥かしくて…
「あ、えっと、はい…その・……」
でもこのままじゃ、いつまで経っても状況は変わらないし、私から勇気を出さなきゃ(…ロボットがどうやって勇気を出すのか、なんてツッコミは禁止です)兄さんに甘えることなんてできません。
兄さんは私に優しくしてくれますけど、それは飽くまで妹としてマニュアル的な範囲です。
でも、私は兄さんともっと親密な関係でいたいと思ってる部分もあって、兄さんの周りをいつも可愛い(or綺麗な)女性の方が囲んでおられることがちょっと残念というか羨ましいというか…
ああ、いけません。また自分の気持ちばかりが頭の中で先行してしまいました。
落ち着いて…それから、思い切って兄さんに甘えてみます。

私が思い切って兄さんに、腕組みしてもいいですかと言おうとしたその時。
私が勇気を出してそっと兄さんの腕に、自分の腕を絡ませようと準備したその時。
私たちの後ろから、兄さんを呼ぶ奈都美さんの声が聞こえてきました。

…私は兄さんの腕に回しかけた私の腕をそっと下ろして、奈都美さんに朝のご挨拶をしました。
残念ですけど、私の「はじめて」はひとつお預けです。
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