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思無邪〜偽典・鬼哭街〜

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  第一夜 上海雨夜記  

202x年、上海・浦東。暗く垂れ込めた空に覆い尽くされる常夜の街。

2020年に勃発した全世界的サイバーテロ「グローバル・イルミネーション」による大規模災害から急速に復興し、世界最大規模の商業都市の地位を揺ぎ無いものにしたこの街だが、その復興も清廉な人材や資源ばかりで達成されたものではない。
その急速な復興の基盤として、世界規模の犯罪結社・青雲幇が都市活動の表に裏に深く根を下ろしていた。強固な組織連帯と世界でも最高水準と言える電脳娼婦(ガイノイド)の独占的な生産と供給を源泉として、彼らは世界中から覇権を握るに足る資金と人材を獲得した。
「グローバル・イルミネーション」の影響で人間は機械、とりわけロボットに類する存在に対しては恐怖感・嫌悪感を強く遺していた。しかしロボットを人間に服従させ慰み者にしようという発想は世界中の贅沢な好事家たちの好奇心と嗜虐心を大いに刺激したようで、想像以上の規模と速度で電脳娼婦は普及していった。
また、電脳娼婦から発展した技術力を応用して、それまで禁忌とまで言われていた人体の機械化にも着手。大規模災害によって肉体の一部を失った人間の身体機能回復から肉体機能の増強に至るまで幅広く電脳娼婦を礎とした技術が投入され、それらが遍く青雲幇の政治的・経済的 支配力を強固にする一助となった。
しかし実のところ、青雲幇が自らの地位と権力を築き上げた電脳娼婦にはオリジナルとなっている「始祖」が存在する。 そのオリジナルは、かの「グローバル・イルミネーション」の元凶的存在の一員たるロボット少女の遺骸でもあった…


   *   *   *   *   *

急速な発展と復興から取り残され、半ば廃墟と化したまま放置されている旧市街区。
この地域は元々前世紀における都市中心部であったが、前世紀の遺産として建築物等を保護するためネットワーク化が進行しておらず、それが幸いして「グローバル・イルミネーション」による直接的な損壊を免れ、多数の人民・人的資源を保護する役目を果たした。尤も、ネットワーク経由で煽動された人民による間接的な損壊は他の諸都市と同様相当規模で発生しているので、全く無事だったという訳ではない。
だが、大規模災害からの復旧に際してネットワークという最大かつ必須のインフラが根本的なレベルで未整備だったため、結局のところこの地域は復興計画から外されて実質放棄された。
結果、上海の都市部に住むことが出来ない低所得者、外部からの流入者、諸々の事情で 青雲幇に背を向ける羽目になった人間が隠れ住む場所となっている。

そんな旧市街区の一角。降りしきる雨。暗く垂れ込める雨天の雲空の下。
軍服姿の美少女が一人、血濡れの日本刀を右手にずぶ濡れのまま立ち尽くしていた。
開放的に束ねられた白銀の長髪。軍服や日本刀などおよそ似つかわしくない柔らかい美貌。女性特有の魅惑的な曲線を描きつつも所々が赤黒い液体に濡れた漆黒の軍服。右手に収まった鋭利な光を放つ日本刀。超ミニから伸びる挑発的な脚線。少女が脚に纏うには剛健で無骨な黒の軍用長靴。
何れもがこの上海の汚染された雨に晒されて少女を濡らし続けていた。濡れた彼女の足元には鮮血も斬線も生々しいまま転がる骸、骸、骸。皆一様に鋭い刃物で文字通り一刀両断の もと切り捨てられている。骸から鑑みるに、彼等には断末魔を上げる暇も許されなかった模様。
「…私は、」
柔らかい声で少女が呟く。頬に飛び散った血も、刀を濡らす血も、軍服に重く纏わりつく血も、汚染され切った雨がゆっくりと洗い流してゆく。降りしきる雨が水溜りを作り生者も骸も等しく洗い流し、次第に少女の足元で血の池が描かれてゆく。
濁った血の池の上に直立する漆黒の衣の天使。鋭く光る刃を手にした死神。両方の表情が少女に浮かんでは消え、雨に濡れた唇が苦しげに言葉を紡ぐ。
「私は、自分の亡骸ひとつを葬り去るだけのために、これから如何程の血を流さなければならないのでしょうね、兄さん…」
答える兄の姿はない。兄の声も現実には聞こえることがない。それでも少女は問う。
先程目の前で展開された血闘の残像を頭から消し去れずに。死者を弔う言葉が見つからなくて。彼女自身が人の命を直感的に理解する術を有していない。彼女は人間ではなく 機械の体を持つ身。一度死を迎えた筈なのに、機械の死神に運悪く現世に呼び戻された 機械の乙女。
しかし彼女の心は、人智を超える程の頭脳は、人を愛し人に尽くす兄の想いを十分受け継いでいた。故に足元の三途の川にも似た惨状を目にして悩み苦しむ。例え其れが悪 徳の元凶を断つための小さな犠牲であっても、少女の慰めにはならない。
自らが築いたものと知るから。自らが積み上げた罪を彼女自身が自覚できるから。
それでも彼女の手は、刀は、赤い雨に曝される。彼女の脚は肉と機械の屍を踏み越えて行く。青雲幇で「始祖」と呼ばれる人智を超えた危険な「自身の」遺骸を葬り去るため。
現世に再度舞い降りた機械の乙女は、友永遥香と名乗っていた。

   *   *   *   *   *

時は少しばかり遡って同じ場所。同じく降りしきる雨の下。
厚く重苦しい外套と頭巾布を纏った少女、遥香の姿がそこにあった。彼女は独り暗雲の下を歩き、その身をしとどに濡らしながらある人物を探していた。
その意中とする人物は、彼女の協力者として知人から紹介された柴香桃(ツァイ・シャンタオ)なる人物。グローバルネットワーク上の情報網を駆使しても「彼女」の個人情報は まるで確認が取れない。<電覚>により常人の数十倍を超えん程の情報収集能力を持ち、一般に非公開とされる情報網さえ容易に閲覧可能な能力を以て、「彼女」のその名前が本名か偽名か分からない。更に厄介な事に容貌さえも不明。
平たく言えば実在するかどうかも不明な人物を探す羽目になった訳だ。
それでも遥香はこの地に降り立ち戦うことを選んだ。「友永遥香」としての二度目の目覚めの時、束の間<電覚>で結ばれ流れてきた兄の声が未だ彼女の中で響く。

<…かつての遥香の亡骸を濫用している人間がいる。彼らは気づいていないけど、あの亡骸の中には、僕達の予想を超える大きな悪意が篭められている…僕達が経験した以上 の災厄に繋がりかねない程の悪意が…>

何故あの時兄に看取られて最期を迎えた自分が今こうして生を受けているのか、何故兄の声が再生した自分に届いたか。それは未だ分からない。ロボット工学(この呼称は作中のロボット産業・研究の発展から言えば妥当な呼称ではないのだが、ロボットを産み出す技術の広い括りとして、本作では敢えて用いる。ご了承願いたい)の現状から遥香 を再生させることは不可能。現在のロボット工学の権威的存在である久我山姉妹は遥香に断言した。


夥しい数の機械部品が散乱し、雑然と積み重ねられたラボ。
その一角で遥香を含んだ三人の女性が思い思いの場所に腰掛けて暫し会話を交わしていた。遥香が思い返したのは、その会話の要点部分。
「んー…誰がどうやって遥香を作り直したのか、それはボクにも分からないよ。残念だけど今のボクの実力でも、遥香レベルの身体を作れる技術に手が届かないんだ。けど、」
成長しても相変わらず表情に独特の幼さを遺す久我山姉妹の妹・深佳はつなぎ姿でスパナ片手に思案顔を浮かべ遥香を見やる。この若さでどうして、ロボット工学のハード面の第一人者だ。
彼女に匹敵する、或いは勝る人間がいるとするならば、今や伝説でしか存在が確認できない「ロボット工学の神」と呼ばれた人物くらいか。
「また和樹が何かしでかしたって気はするな。あいつはいつだってボクたちを驚かせてたもん。でしょ、若ネェ?」
遥香が知っている以上に大人の女性として成熟した感のある姉・若佳菜が問いに応じる。 この姉妹が一堂に会する。今となってはその出来事自体が世界を騒然とさせるレベルの出来事だが、目の前 の二人はそんな地位や存在感を全く感じさせない。遥香が車椅子に乗って見つめていた 頃の二人の雰囲気そのままを思わせる気のおけないやり取り。
「そうね…和樹君のことを知らない時分には、いろいろ驚かされたわね。ちょっと変わった子だな、とは思ってたけど、まさかロボットだなんてね」
遥香は二人を見て気づいたことがあった。二人はこの状況を喜んでいる。遥香にもその意味は分かる。遥香の中にも少なからず彼女達と想いを同じくする部分があるから。
だが、その想いの先にある兄から受け取った言葉は遥香の中で一抹の不安材料となっていた。
「…それで、遥香ちゃんの話だけど、仮に彼女をハード面で再生することが出来ても、無くなった記憶を戻すなんて不可能よ。やっぱり、何らかの形で遥香ちゃんの記憶が保存、もしくは二重化されていたと考えるのが妥当ね」
「無機頭脳の二重化なんて無茶苦茶だよ! 大体、若ネェでさえ今んとこ無機頭脳いっこの解析でいっぱいいっぱいじゃない?」
「そうね、だから『私たちの技術では』不可能だってことよ。遥香ちゃんが戻ってこれたのは何らかの意図があってのもの、そう考えるしかないでしょうね」
若佳菜は眉を顰めて結論付けた。その顔を見て何故か遥香は申し訳ない気持ちになった。いや、申し訳ない気持ちと言うよりは寧ろ寂しい気持ちだろうか…


雨に濡れた外套の一部が頬に纏わり付く感触。そこでふと我に返り空に視線を向ける。
雨雲は彼女が外に出てから永く空に垂れ込めたままで、今も雨を降らしている。
我に返り数歩歩いたところで遥香の足が止まった。十数人の武人に周囲を囲まれていた。とは言え不覚を取ったわけではない。見えていた対象に重要性が今の今ままでなかっただけだが、ここまで包囲されると彼等に意識を向けざるを得ない。
「最近見慣れない鼠が徘徊してると報せを受けて来てみれば…その背丈、小娘一人か」
武人の一人が口を開く。各人手に手に物騒な得物を構えて包囲の中央、遥香を睨む。
「小娘一人も鼠は鼠。いつも通り捕縛して献上するのが正道か」
「我等に見咎められたを不幸と思え。娘、面を見せろ」
武人達の装束も遥香の外套も、こうして立ち止まっている間に薄汚れた雨に曝され不快な雫を受け続けて重みを帯びている。そのせいか苛立たしげな視線が遥香に対し向けられていた。
しかし遥香は外套を動かす様子を全く見せず応じない。この期に及んでどう対処するか決めかねた様子。傍目にはそう映ったらしい。
「答えなし、か…ならせめて、顔を拝ませて貰おう。処遇はそれで決めれば良かろう」
焦れた武人が呟いて軽く手を動かす。遥香の左頬辺りに鋭い風圧が走った。
次の瞬間頭巾布が左側から綺麗に切れ落ち、遥香の顔と頭が雨天に曝される。中から現 れた遥香の顔に際立った表情は見えない。無関心とも冷淡ともつかぬ面持ち。
半ば緊張した空気の中、水滴を弾いて濡れた唇がゆっくり動く。場を包む重苦しさとは不釣合いな柔和な声が響く。
「…人を探しています。教えて貰えますか?」
数呼吸の間一帯を不穏な静寂が包む。続いて漏れ聞こえ始める小さな笑い声の輪唱。
「我々が質問されて親切に答えるように見えるか、お嬢さん?」
「それとも、お主の故郷では斯様な冗談が流行なのか?」
笑いが高まる。それでも遥香は表情を変えず身動きもしない。やがて笑いが鎮まり始めた途端武人による包囲の一角から鈍色の鎖が輪の中心の遥香へ真っ直ぐ飛び掛る。小刻みな金属音が風を切り音を響かせ遥香に迫る。それでも動揺さえ見せない彼女に対し、違和感、或いは戦慄を覚えた強者はこの中に何人含まれていたろうか。
不意に外套の中から遥香の右腕が迅速に引き出された。軍服の黒い長袖が雨空に曝され 光の白刃が彼女の前で一瞬舞い踊ったのと同時、彼女の足元に鎖が切れ落ちる鈍い音が響く。鎖の先端数尺の消失に気づいた武人が目にしたのは、遥香の右手に握られた逸品。 この薄暗がりの中でも蒼白い輝きを損ねることのない、一振りの日本刀。
「私は、貴方達と争うつもりはありません…それでも、私と戦う理由があるんですか?」
先程より少し低く殺した少女の声が響く。鋭く光る刃先は地面を睨んでいる。
「柴香桃という人を、探しています…教えて下されば、すぐさまこの場から立ち去ります」
彼女の声の裏で発せられた合図数瞬の後、三つの影が包囲の円環から中心点に立つ遥香へと跳びかかる。 常人の視覚で認識していれば、彼等が「跳んだ」事を認識した次の瞬間相手は絶命して いる。それ程彼等の跳躍は完璧で迅速、かつ殺人的だった。包囲網を築いていた武人の誰もが疑いなく少女の亡骸を思い描いていた。 しかし、三人の跳躍の次の瞬間展開された光景はそれとは完全に逆だった。

   *   *   *   *   *

外套から右手と日本刀だけを覗かせた遥香に飛び掛る影、影、影。影と遥香との距離が歩数にして三歩を数えた瞬間。遥香の黒い外套が最初の影に対して思い切り投擲され、武人の上半身と両手の双草鎌が外套に覆われ無力化。外套に続いて踊ったのは右から左へと輝き放ち踊る斬線。一振りの日本刀。一瞬の煌き。
斬線の止まった先に現れたのは踏み込んだ体勢のまま両手持ちで武人を切り捨てた遥香の姿。表情は揺るがず冷淡。開放的に束ねられた白銀の長髪と人造物めいた愛らしい顔立ちが、浮べている冷淡な表情と余りに釣り合わない。何かの冗談か映画撮影と笑いたくなる一幕。
しかし雨に濡れた地面に目をやると、切り離され無様に折り重なった武人の亡骸の上に裂かれた血濡れの外套が弔うかの如く覆い被さっていた。青雲幇を名乗った者が一人絶命している。
奇襲に失敗した二人が静かに着地した時、足元に転がる仲間の亡骸に瞬間戦慄を覚えた。しかし着地体制から立ち上がり構えを取る瞬間二人が浮かべたのは戦士の顔。復讐を目論み敵の本性を見誤らないよう鋭く睨みを利かせる戦士の表情。二人の武人の視線と得物(両者共に右利きの九曲剣)が遥香の背中に鋭く向けられた。周囲で囲む残り十人弱の武人にも二人の殺意と視線が伝染し、俄かに殺気立つ。各々得物を持つ手に力が入る。
「この小娘…外家か?」
「いや、分からん。孔(コン)は内家だったが、斯様な太刀筋を見せたと謂われてる」
「何れにせよ、面持ち通りの生易しい小娘ではないという事か」
九曲剣を持つ二人の密談が終わったのを見計らってか、二人に背を向けていた遥香が次第に向き直り二人を正面に据えた。降り続ける雨により大半は流れ落ちてはいるが、先 程の一撃の残滓である血痕はまだ漆黒の軍服や瑞々しく露出された太腿に滲んで残っている。再び右手一本に渡された日本刀の刀身がゆらりと煌く。澄んだ瞳が真っ直ぐ正面 の二人と二本の九曲剣に向けられる。想外の威圧感、存在感。
遥香と二人の武人が対峙し始めると雨音の中で静謐な緊張感が漂った。しとしと降り続 く雨が緊張と静寂を辛うじて破っている状態。誰も、誰からも動きを見せない睨み合い が数呼吸の間続く。
地面から水を踏む音が奔った。地を踏みしめ駆け出したのは遥香からか、九曲剣の主からか。三つの影が周囲を取り囲む武人の円環の中心で目まぐるしく躍り、重なり、交錯する。
濡れた地面を蹴る足音が激しく響き、影の上で斬線が雨を切り裂く勢いで鋭く踊り輝く。 薄暗がりの下、音もなく迸った斬線が一本、二本…最初の足音から光の太刀筋が迸るま での間ほんの数秒。
再び三つの影が足を止め、再び雨音交じりの静寂が場を支配する。身を低く構えて切り払 ったままの体勢を維持して立ち止まる遥香。九曲剣を突き出したまま立ち尽くす二人の武 人。
最初に動きを見せたのは二人の武人だった。立ち尽くしたまま二人同時に激しく吐血し、 直立状態を維持して力なく斃れる。不吉な水音が地面から響き、泥水と赤い水が屍の周 りで滲んで広がる。
結果雨に濡れた地面に直立しているのは、赤黒く濡れた白刃を握る黒衣の天使。彼女が纏 っていた外套は地面に転がる武人の半身の上で、派手に切り裂かれて武人の遺骸を弔うよ うに纏わり落ちていた。残る二人の武人だった存在も雨に濡れた地面に紅い池を作って斃 れている。三人が三人、悉く一刀両断。
残る十人足らずの武人が手持ちの得物を握り一斉に身構える。それでも遥香は動じる様子 もなく右手に握る鋼鉄の鎌居達を宙で一振り。刀に残った赤黒い血脂が振り落とされ、 威圧的に瞬いた刃の煌きが場を圧倒する。

   *   *   *   *   *

続いて展開された光景は一言で言うならば阿鼻叫喚。一人で戦うには圧倒的な人数が襲来したにも関わらず、遥香は人と人の間を軽やかに舞い、踊り、妖しく輝く白刃を迅雷の技で以て揮わせる。
漆黒の軍服に包まれた瑞々しい鋼鉄の肢体が躍動する度、彼女の掌中にある刃の指揮棒が 斬線と死の旋律を奏でる。次いで彼女を包囲する影がひとつ、またひとつ赤黒い死の華を散らせ、時にはその身を四散させられて斃れる。黒衣の遥香は死の華とまだ存命の武人の間を疾駆し、揺ぎ無い太刀筋を薄闇の雨空の下躍らせ描く。
誰一人として、武人達の持つどの得物でさえ彼女に触れることが出来ず、ましてや疾風迅雷の彼女の刀を制することなど到底敵わなかった。彼女も、彼女が揮う死の指揮棒も、彼らの視認速度を上回っていた。一筋見えた瞬間には既に手遅れ。
ものの数分も経たないうちに、この場所で生きて地に脚を下ろす存在は遥香ただ一人となっていた。彼女の軍服は多量の散血を浴びて赤黒く変色しており、夥しい散血の一部は彼女の整った顔立ちや白銀の髪さえも斑に汚していた。血濡れの汚れた日本刀を片手に屹立 している遥香を絶え間ない雨垂れが濡らす。髪や頬に飛び散った武人の生命の残滓が雨水によって半ば洗われて滲み、半透明の紅が遥香の頬を妖しく染める。


こうして遥香、死屍累々の雨垂れの中立ち竦む黒衣の少女が現出した。
「私は、自分の亡骸を葬り去るだけのために、これから如何程の血を流さなければならないのでしょうね、兄さん…」
誰も答えてはくれない。しかし、それは自分で選んだ道。誤った道を進んだ自分の残骸を自らの手で滅することを選んだ、機械仕掛けの天使の歩む道程。
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