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作:でかい水たまり
ある新兵たちの新年
☆競作SS展示場
(3)the letter
☆競作SS(第二回)
(2)雨宿り
☆競作SS(第一回)
 
競作SS「ある新兵たちの新年」/作:でかい水たまり
 


2003年12月24日(水)


「……今年も残すところあと僅かとなった。オルタネイティヴ5はいよいよ最後の局面を迎えつつある。諸君らも知るとおり、ラグランジュ点での移民船団建造は既に終了し、移民の選定とその通知も完了している。年が明ければ間もなく、徐々に駆逐艦による船団への移民の移動も始められることになる……」
話の枕は、確かそんな感じだったかと思う。この後も長々と続いたので、あまり自信はないが。
司令官の話の内容は、実のところよく覚えていなかった。別に意図的に聞き流そうとしたわけでも、その内容を軽んじようとしていたわけでもないのだが。
「……諸君らの働きに期待すること大である。ひいては……」
それでも、要点さえ聞き逃さなければそれでいい。それだけの話ではある。
そしてその日の話の要点とは―――
「……貴官らに特別休暇を与える。部隊ごとに日付をずらしつつ、順に数日間、基地外への移動を許可する。家族との会合を経て、来たる時に向けて英気を養って欲しい……」
つまりは、そういうことだった。


     ☆         ☆         ☆


「つーわけで、まあ話は聞いてのとおりだったわけだが……」
先ほど受け渡された書類の束を眺めながら、武は適当に話し始めた。
分隊長としては、こんな時はもう少し形式張った方がいいかもしれないと思わなくもない。とはいえ、自分自身堅苦しいのは苦手だったし、そんな態度が似合うとも思わない。更に―――
(ま、こんな場所でんなこと気にしてもなー……)
嘆息しつつ、武は目線を書類から放して、周囲を眺めやった。
昼食後のPX。
七割ほどの席が埋まり、そのほとんどが口を動かしていて、有り体に言って騒がしい。それはいつものことではあるが、今日に限れば雰囲気がどこか浮ついていた。
どこも話題は朝の司令官からの伝達事項についてだろう。かく言う自分たちも、その意味では周囲と大差ない。
武は再び視線を書類の上に落として、告げた。
「もう具体的に休暇の日程も組まれちまってるみたいだな。俺らの隊は年明け挟んで六日間、二十八日から翌年の二日までだ。当然だが基地外への移動に対して交通便宜も図ってくれる。各自希望する行き先を明日の昼までに届け出ること、だってさ」
パラパラと紙をめくり、他に言うべきことがないのを確認して、改めて武は顔を上げた。
「まあそんなわけだから、各々で計画立ててくれ―――ってことだけど、みんなどうする?」
冥夜、千鶴、壬姫、慧、美琴。
いつものように、いつもの席に並んで座っている隊の面々を、武は順番に眺めやった。
全員が全員、同じ表情を浮かべている。なんとなく、試験五分前に暗記した英単語をひたすら再確認している受験生を武は連想した。
(……まあなあ)
彼らの多くは、血縁者に多少の事情を持っている。元207訓練分隊は、その点で特別視されてもいた。
突然家族との再会をお膳立てされても、心境が複雑になるのは分からなくもない。
(お互い、その辺は基本的に不干渉が原則だったしな……)
不干渉というよりは、意識する必要がなかったというのが正確なところだが。
とまれ、そういうわけでこの話は突っ込みにくかった。武が、渋面を作っている面々に対してどう声をかけたものか困っていると―――
ぽつりと声を漏らしたのは、壬姫だった。
「私は……帰るよー。帰って…………パパに会ってくる」
冥夜や千鶴が息をのむ。その音を聞いて、武も気付いた。
「あ……そういやたまの親父さんって……」
「今年、国連内部のテロで―――」
沈痛な面持ちで、千鶴がそう口にする。壬姫は悲しげに笑みを浮かべて、
「お墓参りに、行ってくるよー。……それに、まだ一緒に住んでた場所も残ってるから……それも、見てきたいから」
彼女の父親は、国連事務次官だった。この基地に視察に来たこともあり、隊の全員と面識もあった。
「そっか……じゃあ、俺らの分もよろしく言っておいてくれ。直接、墓の前まで行けないのは申し訳ないけど」
「うん……」
頷いて、壬姫がそのまま続けてくる。
「あのね……みんなもできるだけ、家族には会いに行ったほうがいいと思う。これが最後かもしれないから。それに……家族なんだから」
「…………」
(これが最後、か……まあ、軍もそういうつもりなんだろうな)
ひっそりと、嘆息して。
武が面々を見やると、彼女たちも考えを固めたようだった。
「まあ……折角与えられた機会なんだし。利用しないのもね」
千鶴の言葉に、全員が頷く。
「うむ、そうだな」
「会える時に会っておかないとねー……」
「……うん」
と、冥夜、美琴、慧。
ふと気になって、武は慧の方を向いた。
「彩峰は? 確か親父さん―――」
「……母さんがいる」
「そっか」
彼女の父親も複雑な状況ではあったが。どうやら、全員帰郷の意思はあるらしい。
「じゃあ、みんな基地離れるんだな? それじゃ今から具体的な行き先なんかの予定とか―――」
「タケル」
武が書類の束の中から報告用紙を取り出すと、冥夜が声をかけてきた。どこか気遣わしげな視線をこちらに向けて、聞いてくる。
「そなたは……どうするのだ? 家族は、いないのか」
「……んー」
上手い言いようも思いつかず、武はうめいた。後ろめたいわけでもないが、そのまま話せることでもない。
言葉に困っていると、続けて冥夜が言ってきた。
「家族は……いや、家族に限らずとも、この基地からは離れた所にいる、会いたい者たちも何処かにいるのではないか?」
そう言ってくれるのは、嬉しかったが。
見ると、全員が心配げにこちらを見つめてきていた。思わず苦笑する。気を遣ってもらう必要はどこにもない。
彼女たちに、武は笑って首を横に振ってみせた。
「……俺は基地にいるよ。そういう人たちって、俺はいないからさ」
会いたい人たち。いるにはいるが。
彼らのいる場所は、ここからは少し遠すぎる。




数日後。
「……う〜ん」
深夜。PXは、当然ながら静まりかえっていて暗かった。薄い常夜灯がついてはいるが。
武が部屋を出てきたのは、軽く喉の渇きを覚えたからだった。消灯後の徘徊は禁じられているが、すぐに部屋に戻れば、誰かに見咎められる心配は実のところそれほどない。
はずだったのだが。
「時間外だぞ、タケル」
突然声をかけられて、武はコップを落としかけた。慌てて掴みなおし、振り返る。
PXの入り口、常夜灯の光が作る影の中に、見慣れた人物が立っていた。
「……冥夜」
声をかけると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「驚かすなよ。焦ったじゃねーか」
「それはやましい事があるからだろう」
「んなもんなくても、いきなり声かけられりゃ誰だってビビるって」
「ビビる?」
「そこは気にするな」
適当にぱたぱたと手を振って、武はコップに半分ほど水を注いだ。それを一息で飲み干す。
「んぐっ……ふう。お前、寝なくていいのか? 明日だろ、基地出るの」
「うむ……少し目が冴えてしまってな」
「ふうん? 珍しいな」
言いながらコップを厨房に戻し、また出てくると、冥夜が尋ねてきた。
「タケル……本当に基地を離れないのか?」
「ん? 言ったろ。特に行く場所ないんだよ。大体今からじゃ申請遅すぎるから、駆逐艦はもちろん車も出してもらえるかどうか。ま、元から遠出する必要もないわけだけど」
肩をすくめてみせる。
「だから俺はここで、お前ら帰ってくるのを待ってるよ」
と。
冥夜はもじもじと戸惑ったような仕草で体を動かして、もごもごと口を動かした。なにかつぶやくように話してくる。
「……わ、私が、聞いていいことではないかもしれんが……そもそも、人に触れて欲しくないことというのは、誰にでもあるわけで……だがしかし」
「……は?」
訝って、眉を上げたりしながら、
「なんだよ、らしくねーな。言いたいことがあるならはっきり言えよ。ほれ」
言いながら、手招きしてみせる。
と、冥夜はなおも言いにくそうにしながらも、しかしはっきり口にした。
「そなた……ご両親は?」
「……あ〜……その話か」
半ばしまったと思いつつ、うめく。
「す、すまない……こんなことは聞くべきではないと、よく分かっているのだが。ただ……」
「ただ?」
「……自分が、そなたのことを実はよく知らないような気がしてな。それで……。すまぬ、許すがよい。不躾な好奇心だった」
頭を下げようとする冥夜に、慌てて武は手を振った。
「あ、いやいいんだ。謝られるようなことじゃない。聞かれて困るとか、辛いなんてことは全然ないし。ただちょっと説明が難しくてさ」 「説明が難しい?」
「ああ。……え〜っと」
適当な言葉を探しながら、武は腕を組んで視線を天井へと上げた。特に動作に意味はないが。問題ない範囲で説明できて、嘘ではない言い回しを考える。
「うーんとだな。実は両親は、いるにはいるんだ」
「ご健在であられるということか?」
「ああ、多分元気でやってると思う。なんか色んな意味でタフな親だったし。ただ、ちょっと会うのが不可能なんだよな。死別したわけじゃないんだが……それに近い状況っていうか。でも別に深刻な話じゃなくて……いや深刻ではあるか。うーん」
「……よく分からないが」
「だよなぁ」
他に言いようもなく嘆息すると、しかし冥夜はなにか納得するところがあったのか、ひとりうんうんと頷いて、
「なら……タケルの家族の話を聞いてもいいか?」
「家族の話?」
「ああ、問題ない範囲で構わない」
そんなことを言われて、武は首をひねった。
「別に普通の家族だったぜ? 父親と母親と、あと俺と。親父は普通の会社員だし、母さんも普通の専業主婦だし」
言いながら、ふと以前のことを思い返す。
そうすると、自分でも驚くほどの懐かしさを覚えた。あの世界のことを考えることなど、もうほとんどなくなっていた。そんなことすら意識しないほどに。
「そうだな。ちょうど今みたいな年末年始だって、普通に年越しの準備して、ソバ食って―――」
家族は今頃なにをしているのか。そんなことを想像することはもうなくなっていたのだが。
久しぶりに考えながら、昔のことを思い出す。
「ウチの母親、結構料理はする方でさ。おせちとか全部手作りだったな。どこにだって作り置きのが売ってんのに。で、それはいいんだけど、毎年毎年作りすぎるんだよなぁ。うまいんだけどさ。だから俺は、正月三日も過ぎると隠れてカップ麺啜ってたり菓子食ったりしてたんだけど、いつか俺がこっそり買い置きしといたやつを、親父が俺にも母さんにも内緒で食っちまってた時があった。それまで文句言わずに食えとかなんとか自分は言ってたくせによー」
思い出しながら、思わず武は笑みをこぼした。
そういえば、その後隣の家の幼馴染にその話をしたら、彼女もやたらに笑っていた。
(つってもあいつん家だっていつも正月は―――)
思い出が連鎖しそうになって。
ふと気付く。
「ってこんな話しても仕方ないか。でもなに話せばいいんだ?」
聞くと、冥夜は笑って首を振った。
「いや、もうよい」
「へ?」
冥夜は面白そうに笑っている。どこか嬉しそうにも見えた。
「いい話を聞かせてもらった。感謝する……ではな」
そう言って、背を向ける。こちらが何かを口にする間もなく扉が開いて、すぐに閉まった。暗がりに足音が響き、遠ざかり―――
そして、その音も吸い込まれるように消える。
「………………なんだったんだ?」
ぽつりとつぶやくが。
その声も、暗がりにひっそりと吸い込まれて。
他にどうしようもなく、武もひとつ肩をすくめて部屋へと戻った。
「ま、いいか」

ただ。
その後部屋に戻って、ベッドの中で眠りに落ちるその間際。ふと浮かんできたものがあったのは、この時の会話のせいだったかもしれない。
(家、か……)




それは荒廃した街並みの中に、以前と変わらずにあった。
周囲の風景と多少の損傷を除外すれば、家の外観は記憶の中そのままだった。よく見れば多少傷み方が進んでいるような印象もないではなかったが。二年ばかり、周囲の多くは瓦礫という中で風雨に晒されていたわけだから、これは当然かもしれない。
隣の、幼馴染の家に目を移す―――正確には、その家がかつて存在していた場所に。
そこには何もなかった。
建物の残骸が僅かに積み重なっているだけだった。この世界に来たばかりの時に見た戦術機の一部は、今は倒れて半ば以上を土砂の中に埋もれさせている。
(……別に郷愁感じてここに来たわけじゃないけど)
二年ぶりに目にする我が家を見上げて。
嘆息しつつ、武はかつての家の玄関へと足を踏み入れた。
(もう大晦日だしさ。あいつらが出てって三日経つけど、暇なんだよなー。基地に一人でいても)
そんな言葉を胸中で並べながら。
靴を脱ぎ、家に入った。
廊下を進む。居間も台所も、埃がうっすらたまっていた他はどこも変わりなかった。トイレ、風呂場。しばし意味もなく、家の中を眺めて回る。
一階を見終えて、武は階段を上がった。この家の中でも一番馴染みのある場所―――自室のドアを開ける。
「…………」
そこも、変わりなかった。初めてこの世界に迷い込んでしまった時。いつものように目を覚ましたあの朝のままだった。
「……ふぅ」
とりあえず、ベッドに腰かける。壁に背をあずけてもたれかかり、何も考えず体の力を抜いていく。
「二年ぶり、か」
やはり、懐かしかった。
ほとんど寝転がるような状態で、回想の中に身を置く。両親のこと。彼女のこと。今では生死を共にする同じ部隊の仲間となった人たちのこと。
ぼんやり天井を眺めながら。
ふと空腹を覚えた。それでまた、思い起こせることがある。
(そーいやあいつら全員で集まって料理勝負! なんてこともあったな。今のあいつらは料理なんてできなそうだから、悲惨なことになりそうだ)
ここで寝起きしていた時のことを思い浮かべながら、武はゆっくりと瞼を閉じてみた。調理に熱中した彼女たちの喧騒が、今でも耳に思い出せる。このままぼんやりしていれば、あの時のように、調理途中の彼女が部屋に入ってきてくれるかもしれない。黄色の大きなリボンと、癖のある前髪の一房をぴょこぴょこと揺らしながら。
(……なんてな)
思い出と空想が織り交ざって、浮かんでは消えていく。
やがて、静かで懐かしい部屋の空気を感じること以外は何も意識しなくなり、ただ息を吸い、吐き出して、また吸い込み―――
…………
まどろみの中に身を沈めてしまう直前で、武はうっすら目を開けた。
(そういや……昔はこうやって眠る前は、いつも思ってたっけ。寝て、次に目を覚ました時には元の世界に戻れてるんじゃないか……って)
それをまた試すには、これは絶好の状況かもしれない。ここでこのまま眠りに落ちてしまえば、次に起きる時は彼女が起こしてくれるかもしれない。
基地のベッドよりは、それを信じられる環境の中で。
しかし武は身を起こした。
二年ぶりの、自室。
どうしようもなく懐かしい。が、同時に違和感があった。
ここにあるもの、ここにあったもの。この場所で思い出せる事柄が、もう昔のことに過ぎないと、自身でも驚くほどに割り切れてしまっている。
あるいは。
(なんとなく、足運んでみただけのつもりだったんだけどな)
そんなことを、再確認しておきたかったのかもしれない。
もし、これが最期なら。
「……今ちょっと思ったんだけど」
誰にというわけでもなく、ぽつりとつぶやいてみる。
「みんな今回家族に会いに行ってるのは、別れの挨拶をするためなのかな? ……そのためってことはなくても、少なくともそれを意識はしてるんだろうな。その上で、顔見たり声聞いたりしたくて、会いに行ったんだ。きっと」
誰にというわけでもなく。ただ、部屋の窓の向こうを眺めながら。
「だったら……やっぱり俺は、ここに来る意味なんてないかもな」
武は、ふっと息をついた。
それでも―――と、言葉を続けようとして。
が、それがうまく見付からない。唸って、頭をかく。
「あ〜、やっぱ柄じゃねえな」
窓を開ける。風の動きを感じた。軽く身をのり出させる。
見下ろせば隣家の残骸が目に入り、遠目にはやはり荒涼とした街並みが広がっている。上に視線をあげると、ただ空が薄白く青い。
そこから見える景色は、それだけだったが。
それでも窓を開けて見やることで、見えないものもよりはっきりと思い出せる。ここに彼女はいないが、それでも記憶に触れてくるものがある。
「柄じゃない。けど……」
窓の傍。今は何もないただの空間を見つめながら。
見えない相手に向かって、武は告げた。
「そうだな。いよいよ本当に最期って時が来たら、手紙でも書くよ。それこそ柄じゃねえけどな……考えてみたら、お前に手紙書いたことなんてなかったし」
言葉は窓の外に向かい、風に流され廃墟に消える。だが、おそらく聴いてくれているのだろうと自然に信じられた。
窓枠の上に腕を置き、そこへ顔を乗せて。彼女は見てくれている。
「純夏」
名を告げる。懐かしい響きが、口の中にこだました。
「だから、今はこれだけ言っておくよ―――……じゃあな」
軽い、別れの言葉を終えて。
武は、開けた窓はそのままに部屋を出た。この街の残骸から砂塵や粉塵が吹き込み、いずれはこの家もその一部にしてしまう―――それを早めることになるかもしれない。
が。
恐らくは、それが相応しいのだろう。
玄関を抜け、家を出て、基地へと足を向ける。
かつては登下校の道のりだった、今は基地へ進むこの道が逆に家路とも言える。自分はそこで彼女たちの帰りを待てばいい。
先ほどの空腹感が増してくるのを感じながら、
「……ん〜。帰ったら飯にするかな」
振り返ることはなく。
日が傾きはじめた空に向かって、ひとつ武は伸びをした。




元旦。起きた時には、既に昼過ぎだった。
「……さむ」
毛布が恋しくなるが流石に時間が時間なので、武も断念して服を着込んだ。一応休暇扱いになっているため、ここ数日は起床時間も守らずにすんでいたのだが、それでもこんな時間まで眠り込んでいたのはこの日が初めてだった。
適当に髪をなでながら、部屋を出る。
(正月か。全然実感ねえなあ……)
あくびを噛み殺しながら廊下を進む。
兵舎を出て、表に出た。
と―――
「あ……」
ぽかんと、武は口を開けた。そこから漏れる息も白い。
「雪……降ってたのか。寒いわけだ……」
雪が。
ゆっくりと、舞い落ちてきている。
地面にも、うっすらと既に積もりはじめていた。
しばしその光景に見入っていたが、ふと寒さを思い出し武はその身を震わせた。
「う〜〜。PXでなんかあったかいもんでも貰うかな。腹も減ったし」
手のひらをすり合わせ、息を吹きかけたりしながら小走りにPXへと向かう。基地には最低限の人員しか残っていないため、人とすれ違うこともない。
武がいざPXに着いても、既に昼食時間は終わりかけていることもあってか、ほとんど人はいなかった。
特に気にすることもなく、厨房に向かう。
と。
「……あら? 京塚のおばちゃんは?」
厨房には誰もいなかった。いつもならこの時間帯には常駐している、馴染みの女性の姿がない。
「まいったな、腹減ってるんだけど……」
と。
「……タケル?」
唐突に、呼びかけられて。
振り返る。よく見知った顔が、こちらを向いていた。
「冥夜!? って、委員長も彩峰も……たまに美琴も? みんなこんなとこで何やってんだ!?」
見やれば、全員がPXのいつもの席に着いている。武が来た時にはもういたのだろう。何故か全員、長テーブルに突っ伏して寝入っていた。おそらくはそのせいで、入ってきた時には気付かなかったのだろうが。
冥夜もまた、今まで眠っていたらしい。眠そうに目を細めたまま、それでも顔に笑みのようなものを作って言ってくる。
「やあ……おはよう、タケル。遅かったな」
「いや、そうじゃなくて……何でここにいるんだ? それもみんな。休暇は、俺らの隊は明日までだぜ? 全員、帰ってくるのは明日の予定だっただろ」
彼女たちの傍まで歩みより、武は冥夜に問い詰めた。とりあえず他の者は起こさないよう、声をひそめて。
冥夜は腑に落ちないというように、目を何度かしばたかせた。単に眠かっただけかもしれないが。
そうして言ってくる。
「帰ってきては駄目なのか」
「そうじゃねえって。理由を聞いてるんだよ、理由」
「ふむ。理由……」
はじめて考えに至ったという風で、冥夜はつぶやいた。寝ぼけているようだが、いつも寝起きのいい彼女のこんな姿は記憶にない。
「……おい、起きてるか?」
「ん? 大丈夫だ。問題ない。それで理由だが……」
言葉とは裏腹にひたすら眠そうな表情で、しかしどこか真摯な眼差しを向けて、冥夜は武を見つめてきた。
思わずどきりとしながら、聞く。
「な、なんだ?」
「料理を……しようと思ってな」
「……料理?」
全く想像していない単語を聞かされて、思わず反芻する。
頷いて、冥夜は厨房の方を指差した。
「料理を……作った。私たちみんなで、そなたに食べてもらうために。出発前に約束して、予定をずらして……今朝この基地について、それから京塚曹長に頼んで厨房を借り渡してもらったのだ。ついさきほど、完成したばかりだ」
冥夜の指を追って、武も厨房に目を向けた。もっともここからでは、中にあるという料理までは見えなかったが。
「料理……俺のため?」
「そうだ。ここに帰るのに徹夜だったから、皆完成と共に力尽きてしまったが……」
見直すと、確かに全員起きる気配もなくすやすやと寝息だけをたてている。
「そなた、言っていたであろう」
「? ……何を?」
「お母上が毎年手作りで御節を用意してくれて、正月にはそれを家族で食べていたと」
「あ……それで……?」
「よかったら……食べてみて欲しい」
言われて。
呆然としたまま、武は厨房に向かった。どこか懐かしいにおいがある。カウンターの奥に、重箱がひとつあった。
開けてみる。
「……うわ。凄いじゃん」
煮しめ、黒豆、かまぼこ、なます、栗きんとん、きんぴら、伊達巻き。
大概のメニューは揃っていた。
「よくこれだけ集められたな。ていうか、本当にお前らだけで作ったのか?」
重箱を抱え、席に戻り―――
尋ねてみる。が。
「……冥夜?」
「……すう……すう」
やはり、限界だったのか。彼女は再び顔を腕にうずめて、寝息をたてていた。他の面子も一向に起きる気配は見受けられない。
「やれやれ」
嘆息して椅子に座ると、武は早速箸を構えた。
「ま、折角だし頂くとするか。まずは……と」
特に食べる順序にこだわりはない。正式なものがあるのかもしれないが、武は知らなかった。所詮気分の問題ではある。
とりあえず、一番手近に配置されていた伊達巻きを取って、武は口に運んだ。
齧り、咀嚼して。
「………………」
論評する。
「……うむ。味がないぞ」
ついでに言えば食感も問題だった。やけにパサパサしていて、口内の唾液が吸い取られていく。食材が合成物だとかいう以前の問題で、一言で言えば、不味い。
恨みがましげに、武は眠っている隊の面々に一瞥を送った。
そして。
彼女たちの指に、絆創膏が貼られているのに気付く―――ひとつやふたつでなく。全員が手を傷だらけにしていた。
「………………」
口の中のものを飲み込んで。
「やれやれ」
再び武は嘆息した。昨日、思ったことだった。この世界の彼女たちが、料理上手なはずはない。
「全く―――んな慣れないことするなよな。限りある食糧だから、無駄にもできねえし」
ぼやきつつ、もうひと口、齧る。
「ちゃんとお前らも食えよ。起きるの待ってるから。大体おせちっていうのはだな、家族でわいわいやりながら食べるのが正しい形なんだぞ。知ってたか?」
穏やかに寝息を漏らす仲間たちを見下ろして、武は肩をすくめた。日が沈むまでは目を覚まさないかもしれない。
外は雪が降っている。
「しょーがねえな……」
一旦食事を中断して、武は席を立った。このままでは風邪をひきかねない。兵舎に戻って、部屋から毛布を持っていくことにする。
廊下から覗く空は、灰色がかっていた。軽く小さな粉雪が、静かに舞っている。白と灰のコントラスト。正月らしくはある。おせちと相まって、武はようやく新年を実感した。
(みんなが起きたら……ちゃんとお礼、言わなきゃな)
変わらない新年。
共に過ごす相手は違っても。ここでも同じように、それを迎えることが出来ている。
それを実感できる。
「正月、か」
兵舎へと続く廊下を進みつつ。それだけは変わらない外の景色に向かって、武はぽつりとつぶやいた。
ここが滅びに直面した世界であっても。
たとえこの先、何があるとしても。
この日には、この言葉を。



「今年もいい年でありますよう―――」





(ある新兵たちの新年:終)
(オルタネイティヴまであと―――)


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