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作:静音
籠の中の金糸雀
☆競作SS展示場
(2)雨宿り
☆競作SS(第一回)
 
競作SS「籠の中の金糸雀」/作:静音
 


青く澄み渡る空。邪魔なくらい降り注ぐ陽光。絶え間なく柔らかく流れる雲。
心地良く敷き詰められた草原の中で横たわる僕を包み込むような風景。
広々とした空の青さを見上げながら、いつか「彼女」に貰った砂時計を片手で弄ぶ僕。
開けてた僕の視界に、突然差し込んだ影。日傘を持つ「彼女」の面影。柔和な笑顔。
僕がいちばん愛している人。笑顔の優しい人。心地良い膝枕を惜しまない人。
いつだったか、どこだったか、思い出せないけど、とても幸せだった頃の活写。

でも、おかしいな。僕の知ってる空は、僕のいちばん古い記憶にある空は、薄汚い路地裏から見上げた、コロニーの「透明な天井」が見えたはずなのに…
僕が今見ている空は、天井なんて見えもしない澄み渡る青空だ。今見ているのは、過去?
それとも、僕が忘れてしまってる記憶の中の、優しく綴られた一ページなのだろうか?
分からない。けど、僕が「透明な天井」に意識を回した途端、青空が、草原が、そして何より「彼女」が、僕の目の前から霞んで消えていく。

待ってくれ、これ以上思い出を消さないでくれ…僕は「彼女」に向かって手を伸ばす。
けど、彼女は憂いを含んだ微笑を浮かべながら、闇に溶けていく僕を見守って…

「……っ!」
目覚めと共に宙に向かって手を伸ばす。でも、夢の中の「彼女」の微笑みは夢の中に溶けていく。
それでも僕は、夢に見た風景をもう一度観たくて、伸ばした手を戻せずにいた。
目が醒めてきたところで辺りを見回すと、いつもと変わらない古ぼけた洋室。
変わらない窓の外、変わらない朝、変わらない洋館。何度見てもいつもの朝と同じ。
やがて僕は窓の外の退屈な空を眺めながら、夢で見た空の眺めに思いを馳せる。
青の青さが目に沁みるようで、野の草と「彼女」の膝枕が本当に心地良くて。
この屋敷に拾われる前の事なんてろくすっぽ覚えてない筈なのに、その感覚は鮮明に浮かぶ。
僕は一体、どこの何者だったのだろう。そして上品な笑顔が温かい「彼女」は、一体……?
コン、コン。不意に部屋のドアがノックされた。どこの部屋…僕の、部屋?
「エミール様? お目覚めですか?」
少し冷めた感じのする、だけど何故か耳に心地良い声がドアの外から呼びかける。
「ああ、起きてるよ、マリー。すぐに行く」
「…あまり遅れますと、ヴェールカ様に叱られます。お急ぎ下さい」
ああ、もうそんな時間だったのか。…どうやら僕は、思ったより熟睡したらしい。
ここ暫くあまり眠れたことがなかったんだが、夢見が良かったせいかな、体も随分軽く感じる。今日は「調律」が捗りそうだ。


朝食を終えると、僕の足は自然とサニタリーに向かってた。
それとなく、夢で見た風景のことをマリーに聞き出せたら、そう思って。
会話をしやすいのは同じメイドでもアメリアの方なんだけど、彼女に言ったらまた何時ものように、からかわれるだけで会話が終わりそうな気がしたから。
どう考えても、夢で見た「彼女」が妹のプリエってことはないだろうし、ましてやクルルが僕の夢のことなんて分かる筈ないだろう。
この館の中で唯一生気に満ちた空気の場所、色とりどりの植物が丹念に育てられてる場所、サニタリー。果たしてそこにマリーはいた。マリーが着ているのは普 段から見慣れたメイド服なのに、このサニタリーの中では見違えたように映える。
どうしてか、そう感じる。場所のせいだろうか。
「…どうしたんですか、エミール様?」
植物に水をやりながら愛おしげに花や蕾を見やる彼女の視線が僕に向く。
その視線の優しさに、今朝夢で見た穏やかな風景が重なる。夢の中の彼女の笑顔がマリーのそれと並べられる。嘘か本当かは分からないが浮かんでくる既視感。
「……ール様?」
見たことはないけど、目の前の美しい彫像の様な顔がもし今微笑を浮かべたら、今朝僕が夢に見た柔和で愛おしい笑顔になるだろうか。
何故今僕は、夢で見た風景のレンズを通してマリーを観ているのだろう。
願望? 好意? …分からない、だけど不思議と目新しい感じの気持ちではない。
「…エミール様? どうかなされたんですか?」
ふと、自分の名を呼ばれて我に返る。思ったより長い間放心していたようだ。
これがアメリア相手なら、見惚れてたと冗談の一つでも交わせるんだが。
「あ、ああ……すまない。取り込んでるところ邪魔しちゃって」
「いえ…水遣りは今終わりましたので。それより、この時間にサニタリーに来られたのは、お仕事までの時間潰しですか?」
先程まで瞳の奥に見えていた優しい光は、今では凝らしてみても捕まらない。
「あ、いや…ちょっと、マリーに聞きたいことがあって」
「私に? …どのようなことですか?」
自分の今朝の夢の話をどう切り出すものかまだ頭の中で纏まってはいないんだけど、僕は思いつくまま夢の風景をマリーに伝え、どこかで覚えがないか尋ねてみた。

「…すみません、私も屋敷の外には、あまり出ることがありませんので」
申し訳なさそうな口調で答えるマリー。
「ああ、いや、そんな大したことじゃないから…」
「でも、」
僕を真っ直ぐに見据えてマリーが続ける。何か思い出したことでもあるのかな。
「ん?」
「そんな、温かい風景が記憶にあるなんて、エミール様はきっと素敵な恋をなさっていたのですよ」
そう語りかけるマリーの口元が、微かに綻んでたように見えたのは気のせいか。
それとも、マリーは僕に対して、何か思うところがあるのだろうか。まさか。
それにしても、マリーがこんな風に僕に話し掛けてくれるもんなんだな。
「ん、ああ……そうなのかな。でも、その姿が女性って決まってる訳でもないし、それに何より、澄み渡るような青空なんて、館のどこから見ても見えないし。
きっと、僕が読んだ本か何かの場面だよ」
大真面目に夢の話を切り出したことが今更ながら気恥ずかしくて、とりあえず言葉の上で夢の風景を取り消すことにした。でも、マリーはその話を切り上げようとはしていなかった。
「そういえば…私の部屋に、砂時計があります」
「砂時計? ちょっと、見てみたいな。まさか、僕のってことはないだろうけど」
僕の夢の中のことはともかく、僕は単純に砂時計を手にとってみたくなってた。
シチューの話をしてたらシチューが食べたくなる。答えた時の僕にとっては、その程度の感覚だった。
マリーは、手が空いた時に持って行くと言い残し、落ち着いて次の仕事に向かった。

僕が調律から戻って自室に戻ったら、僕の机の上に古ぼけた硝子細工の砂時計が置かれていた。これがマリーの言ってた砂時計か…
夢で見た砂時計に似てると言えば似てるけど、砂時計の形までは覚えてないな。
ちょっと調律で疲れてたこともあって、僕は朝の夢の場面よろしく砂時計を手に少し乱暴にベッドに寝っ転がった。清潔なシーツの感触に身を委ねながら、天井を眺めつつ手にした砂時計を上に、下に、回して遊んだ。
時間を乗せた砂が流れたり、戻ったり。こんなに綺麗な硝子細工の時計の中に入った砂なのに、砂の色そのままなのは少し変な感じがした。こんなに綺麗に光を取り込んだり反射したりする細工が施されてる時計なのに、中の砂だけはその辺の地面から掬ったようなざらついた砂だった。
(この砂時計、マリーのものなのかな…随分硝子が煤けてきてるけど)
そんなことをぼんやりと考えながら天井を見上げてたら、不意に白い天幕が視界に入り込んできた。体を反り返し天幕の方向を見上げる。白い天幕の主は、日傘を差して部屋に入ってきたプリエだった。
「どうしたんだ、部屋の中で日傘なんか差して?」
「うん…あのね、この傘、お部屋を掃除してたら出てきたの。それで、こんな風に傘を差してたら、わたしもお嬢さんに見えるかな、って思って…」
はにかみながら、差した傘をくるくると回して僕を見下ろすプリエ。その姿が、なぜか今朝夢に見た「彼女」に重なって見えた。だけど、「彼女」の背格好は確か、プリエよりも大きくて大人だった印象があるんだが…

青空の下にある白い日傘は、ゆっくりと頭上を流れていく雲の色に似て白く。
僕が手にしていた砂時計は、翳して回す度刻々と色を変えるビロウドに包まれて。
午睡を貪る僕に、温かく心地良い膝枕をしてくれる「彼女」は、温かい笑顔で。
まだ少女の面影を残すプリエが今見せる笑顔のように、温かい笑顔を浮かべてた。

そして「僕たち」は、永久に離れないとばかりに接吻を交わして…

「……ん、んん…」
目を覚ます。辺りを見回す。古ぼけ半ば朽ち果てた吹き曝しの教会。妙に体が気怠い。
どうやら長い長い「夢」から目覚めたばかりで、僕はまだ半ば寝とぼけてるらしい。
だけど、そんな僕でも今自分が膝枕されていることは分かっている。彼女の膝の温もりと柔らかさが、頭の下から伝わってくるから。
寝覚めの僕に、膝枕の上から愛おしい笑みを向け続けてくれる彼女。
朽ちた屋根の割れ目から差す目障りな日差しを、手にした襤褸の日傘で遮る彼女。
だけど彼女が大切に握っている砂の抜け落ちた硝子細工の砂時計には、僕たち二人だけの時間を一緒に刻んでいく術はもう残されていなくて。

「……お兄ちゃん?」
僕の上から、甘く優しい声が響く。だけどその声が、微かに遠く霞んでるようで。
このまま横たわってると、その声が、僕の中で雲散霧消していってしまいそうで。
「ああ…おはよう、プリエ……今日も、いい天気だな」
「うん…日傘を差してないと、日焼けしちゃうよ」
乾いた風が僕の頬を撫でる。静謐な空気が僕の中に段々と流れ満ちてくる。
だけど、僕はひどく穏やかだ。成長してこんなにも美しくなった「彼女」の膝枕が、笑顔が、優しい声が、僕を包み護ってくれる。
僕の想いを、僕たちの思いを、人間の未来を、宿して護る彼女。
聖母の顔というのは、今見上げて目にしてる彼女のような顔なのだろう。
「あのさ…僕、夢を見たんだ。草原の中で……マ…、お前に膝枕されて、青い蒼い空を、今みたいにお前が差してくれてる日傘の下で見上げてる夢……」
「うん…わたしも、お兄ちゃんとおんなじ夢、いっしょに見てたんだよ?」
なんだ、それなら、僕はわざわざマリーに確認を取ったりしなくてもよかったんじゃないか…僕はただ、こうしてプリエと一緒に空を見上げていればよかったん じゃないか…

コロニーの朽ちた天井の割れ目から覗く、澄み渡る空。邪魔なくらい降り注ぐ、焼け付くような陽光。そんな眩しい空の中、絶え間なく流れる柔らかい雲。その空の下で。

「彼女」の手から襤褸の白い日傘が、風に奪われ気紛れに空へと舞い上がる。
「彼女」の手から砂の漏れた砂時計が零れ落ち、床に時の欠片を散らせた。
そして「彼女」の唇から、純朴な、しかし美しい調べが奏でられた。

この歌こそが、後の世に言う「化石の歌」であった。


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