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作:静音
はなはなくともみはむすぶ
☆競作SS展示場
 
競作SS「はなはなくともみはむすぶ」/作:静音
 


「う〜、久しぶりだと、結構クるな…」
朝日が昇ろうという時間、俺は軽い頭痛を堪えながら駅から家路についてた。
俺のバイトの送別会の三次会、えーと、四次会だっけか…思い出せない、そんな感じで宵の口に始まった送別会。そこから帰ってる途中だ。足取りも気持ち覚束ない状態だが、歩けないわけじゃない。それに家も近いし…

そんな調子でふらふら歩き続けて十数分(いつもなら半分くらいの時間で到着した距離だろう、たぶん)。漸く見慣れたマンションが視界に入った。
俺はそこからもう少しだけ頑張って、マンションの入り口にたどり着く。
そこで、珍しい人影を見つけた。…確か、この女性…管理人さんか?
「あら、お早うございます、鳴海さん。…もしかして、朝帰りですか?」
容姿・物腰ともに随分と母性に満ちた印象のある女性=このマンションの管理人(兼オーナー、だったっけか)が、何かを小脇に抱えてマンションの入り口に立っていた。
こんな美人にお目にかかれたってのに俺ときたら酔っ払っただらしない姿、滅多にない出会いなのに少し勿体無い気分だ。
「あ、どうも、お早うございます…ええ、お恥ずかしながら」
「あら、ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんです。…そうだわ」
管理人さんは小脇に抱えてた籠から、何やら果物を取り出した。
「これ、酔い覚ましにおひとつどうぞ」
「あ、えっと…これは?」
別に俺はその果物が何か分からなかった訳じゃない。ただ、この状況で管理人さんがここまで果物を持って来てた。そのことを認識するのに少し手間取ったため、こんな間抜けな質問が口をついて出た。


「無花果ですけど…お嫌いでしたか?」
「あ、いえ、イチジクは食べます…って、そうじゃなくて…えっと、こんな時間にどこで買ってきたのか、って、思って…」
漸く管理人さんは合点がいったらしく「ああ」と一声、小さく頷いてから、
「これは、うちの庭で生ったものなんです。ここに住んでる方に無花果が好きだって人がいるもんで、うちから摘んで持ってきたんですよ」
マンション管理してるくらいだから、家に庭があっても不思議じゃない。
酔った頭でもそれは分かるが…
「でも、こんな早い時間におすそ分け、ですか?」
「ええ、無花果ってあまり日持ちしないから、早朝に摘んで早めに食べるものなんですよ。おすそ分け先の方も、丁度朝しか家にいらっしゃらないっていうから…それより、これ、いかがです?」
「あ、はい…じゃ、早速」
酔い覚ましに出してくれたイチジクを、俺はその場で剥いて齧る。
食べてみる前までは、酔った時にこんな食感のもの大丈夫か?とか思ったが、食べてみるとイチジクの風味が口の中で心地よく広がってく。なるほど、これなら酔い覚ましって言われても納得だな。


「旨いですね、これ…それにしても、」
「何かありました?」
「あ、いえ…イチジクが植わってる家って、どんなのかなって、思って…」
心なしかイチジクを食べてからもたれた感じが和らいできた。そこでふと、管理人さんの家のことが気になって尋ねてみた。
すると管理人さんは嬉しそうに笑みを浮かべて、
「…無花果って、私の誕生花なの。両親がそれに因んで家に無花果の木を植えたんですよ。縁起物だからって」
「縁起物、ですか…?」
俺にはぴんと来なかった。まあ、元々学のない高卒の俺に分かれって方が無理な話だが、それにしてもそんな風習聞いたことがない。
不思議そうにしてる俺に気づいたのか、管理人さんがすぐに説明してくれた。
「無花果の花言葉には『子宝に恵まれる』『実りある恋』って意味があるから、それを知った両親が『縁起がいい』って言って植えたそうですよ。本当は、どちらかが無花果好きで植えただけで、花言葉は口実って気もしますけど」


子宝…実りある恋…この管理人さんとそういう関係になれるっていうのも、いいかもな…いやいや、俺にはちゃんと恋人がいるんだって。まだ酔ってるのか、俺?いかんいかん。俺はあいつと二人で、って決めたとこなんだ。
我に返って管理人さんの方を見返すと案の定、俺の意味ありげな視線に気づいてた様子。落ち着いた笑みを浮かべながらさらりと、
「駄目ですよ、女性をそういう視線で見ちゃ」
「あ…す、すいません…いや、ほら、管理人さん美人だなって、ねぇ?」
「うふふ、褒めたって無花果もう一つくらいしか、出せませんよ?」
何か余裕で返されちゃってるよ。こんだけ落ち着いてあしらわれてるってことは、彼氏…か旦那さん、いるんだろうなぁ。当然か、こんな美人(で金持ちのはず)だもんなぁ〜。…いかん、何か朝っぱらから色々我慢できないものが。
「い、いや、俺は…そろそろ大人しく部屋に戻って寝ます」
流石にこれ以上管理人さんと一緒にいるのが気恥ずかしくて、俺は少し強引ながらも部屋に戻ることにした。流石にオールナイトで飲み歩いた反動はイチジク一個じゃ収まらないだろうし。
「お疲れのところお引止めしてごめんなさい。私も、失礼しますね」
管理人さんは立ち止まったまま、俺が部屋に入っていくまで見送ってくれた。


「ただいまぁ…」
誰もいない部屋に声をかけ、俺はふらついた体を抑え切れなくて靴を脱いで間もなく部屋までの短い廊下へ倒れこむ。冷んやりしたフローリングの感触が何とも心地いい。面倒だし、このまま寝ちまうかな…少しの間、仕事も休みだしな。…って、ん?何か、頭が柔らかい場所に乗っけられてる、のか?
「……おかえりなさい」
俺がもう眠ったと思ってか、そっと小さな声で囁くのが聞こえた。
柔らかい膝枕、優しい迎えの言葉。顔を上げてせめて礼くらい言おうと思ったけど、今包まれてる心地よさに甘えて俺はそのまま目を閉じ、その体勢のまま膝枕の主に声をかけた。
「なあ、知ってるか?…イチジクに花言葉、あったんだぜ」
「…うふふ……それで、何ていうの、花言葉?」
問い返す声が心なしか穏やかに聞こえる。…もしかしてこいつ、知っててわざと俺に言わせるつもりだな?…まあいいや、膝枕のお礼に、言ってやろう。
「子宝に恵まれる、実りある恋…だったかな」
言い終えた俺の頭を撫でる感触。手の感触が酔った俺には殊更心地良かった。
「そうなんだ……じゃあ、これから毎日、ずっといちじく食べようかな」
何でそういう発想になるかはよく分からんけど、そんなことしなくても、俺はずっとお前と一緒にいるから。俺もちゃんとした仕事に就いてお前と一緒に暮らすって、そう決めただろ…
言ってやろうとしたけど、恥ずかしいから俺はそのまま微睡に身を委ねた。

鳴海孝之は、膝枕をする恋人の幸福な微笑を見ることなく寝息を立て始めた。

(完)


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