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作:でかい水たまり
タケルを待ちながら
☆競作SS展示場
 
競作SS「タケルを待ちながら」/作:でかい水たまり
 


時々ふと思うことがあった。彼は本当に存在しているのだろうか、と。

馬鹿げた考えだ―――そうすぐに思いなおす。
が、その疑問は度々、ごく稀にではあるが心中に浮かんでくるものだった。

彼とは夢の中でしか会えない。自分の記憶の古い部分で眠る存在でしかない。
そんなものは、単なる夢想と大差ないのではないか?

馬鹿げた考えだ。

だから―――いつか、きっと会いに行く。

その時を待っていた。





晴れた日だった。冬の晴天。空が澄んでいた。

覚えているのは、砂場、周りの子供たちの喧騒、そして彼。
覚えている。寸分違わず。それには自信があった。

が……

(このようなところに……滑り台はあったであろうか?)

混濁する記憶。公園内の風景があやふやになる。

彼とのことは何一つ忘れてはいない。
が、周囲の景観はそうでもないようだった。

視界が歪む―――記憶が揺れる。

近所にあった公園……あの日以前にそこで遊んだ記憶は、彼女にはなかった。

いや。

一度、隅から覗いていたような……

遊ぶ子供、微笑む母親、泣く子供。
走り回る子供、笑う子供、黄色い花。

黄色い―――花。





「タケルちゃーんっ! 朝だよ〜〜っ!!」

叫び声が隣から聞こえてきて―――
冥夜は目を覚ました。

視界に入ってきたのは天井だった。
白い、白い天井。





         ☆         ☆         ☆





白い。どこまでも白い。

日が昇りかけの、朝を迎えつつある時間。この時間帯の光は薄く白く、沈む時とはまた違った色で周囲を染めて、世界を確実に「朝」にする。

どこまでも白い―――

が、それは光の具合によるものだけではなかった。単純に、何も無いから白い。
先月までは住宅が立ち並んでいた、今ではただアスファルトの大地が広がるばかりのその白い空間を、武と純夏と冥夜は、三人並んで走っていた。三人とも、これもまた白い白陵のジャージに身を包んでいる。

「ねみい……」

と、言葉を口にするまでもなく眠そうな顔で、武は呟いた。

「ほらほらタケルちゃん元気出してっ!」
「タケル、まだ何キロも走っていないぞ。体調でも悪いのか?」

対照的に、二人は元気そうに武の前を走っている。

その二人に恨みがましげな目線を向けつつ、武は呻いた。

「っていうか、俺はラクロスやらねえんだからさー。こうして付き合う理由なんざないわけで……今から帰って寝直しちゃダメか?」
「ダメ」
「頑張れ、タケル」

「……ハァ……」

流石に秋の早朝の空気は肌寒く、吐き出した溜息も微かに白く染まる。

たったったったっ……

気分とは反対に、世界は爽やかに白く、足音だけが軽薄に響いていた。他に音はない。
周囲には本当に何もないため、スズメの囀りすらしない。

「……で? 今日はどのくらい走るつもりなんだ?」

二人からは数歩ほど遅れたまま、もはやこのまま帰ることは諦めて武は前の二人に聞いた。

「どうするのだ、鑑?」
「いつもと一緒だよ。河原まで行って、あっちの方をぐる〜っと迂回して帰る予定」
ペースは落とさずに、純夏が斜めを向いて手を水平に回す。

「だ、そうだ」

こちらを見やりながら、冥夜。

それを聞いて―――

「……そうか」

軽めのペースは落とさぬまま、武は肺に深く息を吸い込ませた。そして、吐く。
走りながら、深呼吸を繰り返す……

そして。

「じゃあ俺は先にノルマ終わらせて帰って寝る!」

叫び、一気に地面を蹴りつけた。

「ああっ!?」
「タケル!?」

驚く二人の声を後ろに聞きながら―――
武はひたすら手足を振った。










「ゼーハ〜……ゼーハ〜……」

激しい呼吸を繰り返して―――
既に武は歩いていた。

「さ……流石に、ちょっと……とばし過ぎた……」

家はもう近くだった。
なにせ周囲に何もないため目算がつけにくかったが、大体あと二百メートルといったところか。

(あ〜あ……。無駄に体動かしちまったから、目、覚めちまったな)

深く息を吐く。呼吸も整ってきた。

と。

足音が聞こえてきた。
思ったより早かったな―――そう思いながら後ろを振り返る、が。

「ん?」

武は怪訝に思い眉をひそめた。走ってきたのは純夏一人だった。

「ゼーハ〜……ゼーハ〜……」

激しく呼吸を繰り返し、純夏が傍に来て立ち止る。

「つ、疲れた〜〜っ」

がっくりと肩を落として、呻いてくる。

「お疲れさん。冥夜はどうした?」
「ちょ、ちょっと待って……」

先ほどまで武がそうしていたように、純夏は深呼吸を繰り返した。
やがて呼吸が落ち着くと―――それでもまだ、多少苦しそうだったが―――純夏は指を自分が走ってきた方向に向けた。

「途中までは一緒だったんだけどさ……。戻る頃になったら、ちょっと公園に寄っていく……って」

武は純夏が指差す方に目を向けた。
コンクリートの海にぽっかり浮かぶ小島のように、小さく公園が見える。

「公園? なんで」
「さあ……ストレッチとかするのかな。…………あ、ひょっとして、剣の練習とか」
「ああ。剣っつーか、あの刀か」

冥夜がいつも持ち歩いている、なんとかいう真剣を思い浮かべた。
公園で剣の練習。ありそうなことではあった。ランニングの際、冥夜は例の刀を持ってはいなかったが、彼女の場合それくらいどうとでもなることではありそうだ。

「ふうむ」

武は腕を組んで、公園を眺めた。
ここからの距離は、見た目からは割り出しにくくなってしまっているが、そうないことは分かっている。

そうすることに理由があったわけでもない。
ただなんとなく、武は純夏にこう言った。

「んじゃ、俺ちょっと迎えに行ってやるかな」
「へ?」

驚いたように目を丸くさせる純夏に、告げる。

「走ってたら、目、覚めちまったし。ちょっと行ってくる。お前は先に帰って飯食ってればいいぞ。なんだったらウチに来れば、月詠さんがなんか美味いもん用意してくれてるだろうしさ」
「あ、ちょっとタケルちゃーん!」

言い終わらないうちに、武は再び走り始めていた。










「…………ふぅ」

公園に着き、息をついた。

この場所だけは、変わらず今までどおりの形を保っている。小鳥の鳴き声がして、僅かに木々が揺れると葉がざわめいて、音をたてた。
自分の周囲の環境にそれほど頓着していたつもりはないが、こうして今までと変わらないものに触れると、少しほっとした。周囲、コンクリートの地面が広がっているだけという状況は、やはり異常なのだと今更ながらに実感する。

「あれ?」

入り口に足を踏み入れて、公園の中を見回した。
が―――冥夜の姿が見当たらない。

振り返ったが、遠くに家が見えるだけだった。その間には何もない。そもそもこの状況で行き違いはあり得ない。

もう一度公園の中を見回す。

それほど広くもなく、十分入り口から全体を見渡すことができるのだが……

やはり冥夜の姿がない。

「冥夜―?」

声をかけてみる。
と。

「…………タケル?」

返事がした。

「冥夜、いるのか?」

なんとなく声がしたと思われる方向に、武は目を向けた。広場にばかり目をやっていたが、声がしたのは、隅の草木が植えてある方からのようだった。

そこには確かに冥夜がいた。茂みの影の中、公園の隅にしゃがみこんでいる。

「タケル、どうしたのだ?」
「純夏に聞いて迎えに来たんだよ。……そっちこそ何やってんだ?」

そちらに小走りで近づきながら、武は聞いた。

「ん……少し……な」

多少口ごもるように、冥夜。

「少し……なんだ?」

聞きつつ、武も冥夜の隣にしゃがみこんだ。
冥夜はそうして地面を眺めていたように見えたからだったが、そこには何があるというわけでもなく、ただ土と雑草が見えるだけである。

「少し……この公園をゆっくり見て回りたくてな。この辺りにも、どのような草木が生えているのかと、少し興味があったのだ」
「ふ〜ん……? 変なもんに興味持つんだな」

何が珍しい、ということでもないのだろう。真っ平らに広がるコンクリートの平原の中に、この公園だけを残したのにはなにか理由があるのだろうから。

「なあ……なにがあるんだ? この公園に」
「……知りたいか?」

聞いてくる冥夜の眼差しは、真摯なものだった。
多少気圧されて、武の答えが曖昧なものになる。

「……興味あるといえば、あるけど」
「そうか……」

冥夜が笑みを浮かべる。静かに目を閉じて、

「私も……そなたにそれを知ってほしい」

言ってくる。

「だが秘密だ」
「………………は?」
「ふっふふふ……まあ、いずれ分かる。…………きっと」

きっと。

その最後の言葉だけは、少し調子が違っていた。そこに色々な感情が込められているのを感じたが、それがどういうものなのかまでは、想像もできない。

「まあ……それはいいけどさ。雑草見てたって仕方ないだろ?」

しゃがみこんだまま、武は再び視線を地面に向けた。

「そうでもない。雑草と言っても、単に人の手が加えられていないというだけだ。綺麗なものもあるし、なにより生命の力強さが感じられる」
「ふ〜ん……そういうもんかねえ」

あごの下に手を置いて、武は気のなさそうな声を上げた。

秋になり、また誰かが多少は手入れでもしているのか、それほど公園端の地面は荒れておらず、茂みの合間に背丈のない草が幾つか点在しているだけだった。
そういえば、小さい頃ここにあったアリの巣に上からじょうろで水を流し込んで遊んだことがあった。いつ頃のことだったか覚えていないが、なんにせよ、武の記憶にあるのはそのくらいのことだった。花の一つもあったような気がしないでもないが。

「例えば―――これ」

冥夜が指差したのは、細長く、地面に沿うようにしながら上に伸びている茎のようなものだった。周囲の草に対し、とりたてて目立っているわけでもない。

「春になると黄色い花をつける。どこでも見かけるようなものではあるが、綺麗なものだ。それに……」
「……………………ん?」

不自然に言葉が切れる。

冥夜の顔を、訝しげに武が覗きこんだ。

「あ……いや。タケル、そろそろ戻らねばまずいのではないか?」

言われて、空を見上げる。
既に太陽はその姿をはっきりと見せていた。陽光は、薄白いそれから明るくまぶしいものになっている。

それで正確な時間が分かったわけでもなかったが―――

「そうだな。そろそろ戻ったほうがいい」

そう言って、武は立ち上がった。冥夜も続けて立ち上がる。

「急ごう。待たせるのは鑑に悪い」
「遅刻するってほどでもないだろうけど―――あいつもうるさいしな。急ぐか」

武は冥夜と並んで走り出した。軽めのペースで流しつつ、家へと向かう。

「なあ冥夜」
「なんだ?」
「さっきなにか言いかけてなかったか? 何言おうとしたんだ?」
「……なんでもない」
「それも秘密か? 秘密の多い女だなぁ……」
「……そう言うな。私も……そなたに隠し事など……したくないのだ」
「………………」

たったったったっ……

しばし、足音だけが響いた。

少し沈んだ表情を見せている冥夜に、武が言う。

「分かったよ。別に責めてるわけじゃない。話せるようになったら話してくれ。 ―――だからそんな顔するな」
「……分かった」

二人並んで走り続けて、家もそろそろ近くなってきた。

「…………タケル」

不意に。
冥夜が声をかけてきた。

「なんだ?」

聞く。

しばし、冥夜は逡巡していたようだったが―――
少し頬を染めながら、口を開いた。



「さっき……来てくれて、嬉しかった」



武は一瞬きょとんとして。
笑って言った。

「そっか」






























都草(みやこそう、みやこぐさ)

マメ科の多年草。高さ約二十センチ。
春から初夏に、黄色の小さな蝶形花を二個ずつ開く。日本の各地に自生。


花言葉は―――別れ、見送り
       『また逢う日まで』





「……またね」





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